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魔法使いナンジャモンジャと空飛ぶバイオリン 6/7


6.名匠のイニシャル

 それから彼らは仕方なく浜辺まで戻ってくると、…とりあえずめいめい、ふわりふわりと着地した。
「ふうう。…なんかこのへん、カフェとかないかな? ひと休みしたいな」
ぽつりと、ユマ。
「あたしもー」とリオナ。
「ありますよ。どうぞどうぞ」
との声に振り向くと、忽然と小さなカフェが現れた。いや、もとからそこにあったのだろうか。白黒のエプロンをつけた、大きなシロクマが立っている。
「ええっ?」
「いつも皆さまのそばに。時空移動式カフェ<シロクマ>です。シロクマアイス、冷えてますよ。いかがですか? 暑さも吹っ飛びますよ」
「シロクマ? …中に人、入ってる?」
「ああっ、もう、それ言われるのがイヤなんだな!」
とシロクマ。
「あなたたちだって、どうです、『中にシロクマ、入ってる?』って言われたら?」
「いや、入らないだろ、サイズ的に」
ぼそっとユマがつぶやいた。
「シロクマアイスって、どんなの?」とリオナが聞いた。
「ポルトガル名物なの?」
「いや、全然」とシロクマ。
「…」

「疲れたー」
「ふーっ、生き返るー!」
カフェのなかは冷房が効いていて天国のようだった。みんなはシロクマアイスと飲み物を注文してひと休みした。
「もう! 何なの?! こういうのってふつう、師匠を訪ねていったら解決するやつじゃない?」
オレンジエードを飲みながら、リオナがこぼした。
「やつはほんとに優秀な魔法使いだったのね…しかし、やっかいなタイプだな!」
ユマはため息をついて、ザクザクとスプーンでアイスを突き崩した。
「ひょっとしたら、ほんとに魔法じゃないのかも…」
ぽつりと、シーラさんが言い出した。考え考え、
「…バイオリン自身のトラウマとか思い込みっていう可能性はない? ほら、あんなやつにギコギコ弾かれては、トラウマにもなるでしょ… もともとちゃんとした職人さんの作った楽器だったのなら、ゆっくり時間をかけて自分がどうだったか思い出せば正気に戻るのでは… ね、脅されて暗殺者に仕立て上げられた人みたいにさ…」
ユマとリオナは驚いてシーラさんの顔を見た。
「…それ、魔法使いのあなたが言うんだ…」
「うん… ボクは劣等生で、魔法の力では助けてあげられなかったから…」
「…」
「ふむ」
ブラウンさんは、ケースからバイオリンを取り出すと、改めて隅々までじっくりと眺めてみた。と、
「…あれ?」
裏側の部分に、メーカー名だけでなく、うっすら、何か小さなイニシャルのようなものが彫りこまれていることに気がついた。
「何だろうこれ?」
「それバイオリンつくった職人さんのイニシャルじゃない?」
「待って、ちょっと写真撮らせて。画像検索してみよう…」
「…えっ? なんかこれ、すごく有名なバイオリン職人さんみたいなんだけど」
「ヴェッキオ…トスカニーニ? …でももう亡くなってるのね」
「なんかすごい人っぽいよ! この人のつくったバイオリンが時価xxx…ユーロだって!」
「ねえ、聞いてる? ブラウンさんてば!」
ところがブラウンさん、バイオリンを手に、石になったみたいに微動だにしない。
「…知ってる」
ぽつりと呟いた。
「えっ?!」
「知ってるの?!」
「知ってるよ! バイオリニストならみんな知ってる! 断言する! 有名だもん!」
急に叫ぶみたいに、ブラウンさんはすごい勢いでまくしたてた。
「しかしまさか… 響きがいいなとは思っていたが、まさか本物なのか?… しかも今までこれに気づかなかったって…」
それまでただ、ラ・フォンテーヌを空へ飛ばす風変わりなバイオリンと思っていたものが、実はとんでもない名器かもしれない。…そう思うと、四人は急にしーんとした。
ユマはだまってスマホをいじり続けていたが、やがて口を切った。
「あ! でも息子さんはまだ生きてるんだ。あ…指揮者やってる! ローマ市交響楽団の指揮者なんだって!」
それを聞いて、リオナもスマホをまたいじり出した。
「あ…野外コンサートやるんだって… あ、ねえ、今日よ! 今夜!」
声を上げて、跳ね起きた。
「一時間後! 行ったら息子さんに会えるわ! 今から空飛んでいったら間に合うかな?」
「きっと間に合うよ! さあみんな、行くよ! 出発!」
「シーラさん、またナビよろしく!」
「よしきた!」
「えーっ、イヤだ!! もうイヤだー!!」
ブラウンさんにしたら、これ以上空を飛ぶなんて考えただけでも耐えられない。
「無理、無理無理無理ー! 電車で行く! ユーロラインで行く!!」
「それじゃ間に合わないんだってば!!」
「シロクマさん、お勘定お願い!」
「大急ぎ!!」
「おやまあ、忙しい人たちですねえ」
ふたりにせっつかれて、シロクマは慌ててレジを打った。
「はい、ありがとうございました!」
目を白黒させながら引きずられていくブラウンさんもいっしょに、みんなは再び、バタバタとそれぞれの乗り物で飛び立った。

つづく→


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