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魔法使いナンジャモンジャと空飛ぶバイオリン 3/7

3.ナンジャモンジャを探しに 

夏休みになった。
その朝、リオナはプラットフォームの柱に手をかけてくるくる回りながら、改札のほうを一心に見つめていた。
足元にはきのう一日かけて、万端に整った荷物。
空はトルコブルー、眩しい陽射しいっぱい。
鉄柵ごしに、花壇の夏花が鮮やかだ。
あ、来た来た。改札に、ボストンを持ったユマの姿が現れた。
リオナは大きく帽子を振った。
「リオナ! 早かったね」
「おはよう! けさは5時に目が覚めちゃった」
「早っ! でも、私も同じ感じ」
ユマは笑った。
「ブラウンさんはちゃんと起きられたかしら」
「あと10分で、電車来るんだけど。大丈夫かな」
「メッセ送ってみたら」
「うん」

「送った?」
「うん。でも返事来ない…」
「寝てるんかな。困るよー!」
「あと7分… あと5分… ああ、もう! 何してんだろ?」
結局ぎりぎりになって、スーツケースをがらがら引っぱってあたふたとブラウンさんが現れた。
「早く早くー!」
「走ってー!」
二人に急き立てられて、ひいひい言いながら走って、電車のドアが閉まる直前に何とか駆け込んだ。
「もうー! のっけからこれじゃ困るわよ、ブラウンさん」
「メッセ送ったのに、読まなかったの?」
「ごめんごめん、いや参った」
ブラウンさんは汗をふきふき、平謝り。
「急いでいて、スマホ見てる余裕がなかった」
「バイオリン、持ってきた?」
「もちろん、それだけは忘れないよ!」
家並を抜けて、窓の外にはまもなく田園風景が広がった。
ほどなく鉄橋を渡り、大きな河を超える。朝日に水のおもてがきらきらと踊って、楽しい夏の到来を約束するよう。
「さあー、ストラスブールへ出発だ!」


途中でTGVに乗り換えて、到着はお昼少し過ぎ。
「うわっ、見て見て、ノートルダムよ! でっかいなー!」
電車の窓からも際立って目を引くのは、街の中心にそびえる堂々たる大聖堂だ。
広場に面したレストランでアルザス料理を楽しみ、ばら色の大聖堂を見学し、絵本に出てくるようなコロンバージュの街並を見て歩き…3人ともストラスブールは初めてだったので大興奮。
ユマとリオナのタイムラインは、街を背景にしたツーショットで溢れた。
陽射しのきつい、暑い日だったけれども、さいしょの日はそんな具合でテンション高く終わった。
「さあ、明日はいよいよ本題ね」
その晩、シャワーを浴びてさっぱりしたあとホテルのベッドに寝っ転がりながら、ユマとリオナはスマホを検索し、ナンジャモンジャのインスタから割り出したピザ・レストランまでの道のりを調べていた。
「けっこう郊外なのね。ややっこしいな…バスとトラムを3本乗り継いでいく感じよ」
「ええーめんどくさい。まぁしゃあないか…」
「何時くらいに出ようか?」
「あんまり早いとまたブラウンさん寝坊してくるから、10時くらいにしとく?」
「だめだめ、甘やかすとさらに遅くなるわ。9時出発にして、寝坊したら置いてくからねって言っとかないと」
「よし! じゃあそうメッセしておく」
リオナがメッセを打つと、別室のブラウン氏から、泣き顔の絵文字が返ってきた。


次の日、ホテルを出たのは結局9時半過ぎだった。
バスとトラムを乗り継いで、やって来た郊外の住宅地は静かな家並み、中心部の喧騒がうそのよう。
<ナポリ>というそのピザ・レストランは、赤いひさしが目印の、角地のかわいらしく小さな店だ。
まず、ユマとリオナがこっそり偵察に行って、窓の端から中を覗きこんだ。
すると、しずかな店内の片隅に、帽子をかぶり、マントに身を包んだ怪しい男を発見。黒猫まで連れている。
「あれ、どう見ても魔法使いよね?」
「ナンジャモンジャだ!」
「あれ? でもナンジャモンジャ、カラスを連れているって言ってなかったっけ?」
「聞いてみようか」
二人はひそひそ相談した。
それから、突撃して直接聞いてみることに。
「すみません、魔法使いナンジャモンジャさんですか?」
「このバイオリン、覚えてます?」
すると男はびっくりしていたが、言うことには、
「ボクはたしかに魔法使いだが、名前はナンジャモンジャではないよ。それから、そのバイオリンも見たことない! いったい何の話?」
詳しく話を聞いてみると、その人はシーラさんといって、この店の常連だそうだった。しかし、ナンジャモンジャとは面識がない。
「店主に聞いてみたら?」
ということで、主人のニコさんを呼んでくれた。
ニコさんは恰幅のよいイタリア紳士、ボーダーのシャツを着ているさまは映画に出てくる水兵のようだ。
「ナンジャモンジャ? ああ、よく宅配を頼んでくれるよ。うちのピザが気に入ってるらしくてね」
と、ニコさんは気もちよく教えてくれた。
「でも、店に来ることは最近はめったにないかな。出不精なんだろうな」
「何とか、住所を教えていただけません? 私たち、どうしても彼に会わなくちゃならないんです。彼のせいで、ブラウンさんがバイオリンを弾くとラ・フォンテーヌが空を飛んでしまうので、みんなとっても困ってるんです!」
「いや、そう言われても…いちおう個人情報だから…」
ニコさんは困って頭をかいた。
「それに彼、前のアパートの家賃を4か月も滞納してるんです! 大家さんも怒って彼の居場所を探してるんです!」
「ふむ…そうは言っても…」
ニコさんは困って考えていたが、やがてこう言ってくれた。
「じゃあ、こうしたらどう? 次にナンジャモンジャからピザの配達の注文があるまで、うちに張り込んでいたら? それで、うちの配達人に気づかれないよう、こっそり尾行して突き止めたらいいんじゃないの。そしたらうちも、個人情報を漏らしたことにはならないし」
「それは名案ですね!」
「ニコさん頭いい!」
ユマとリオナは大喜び。
お昼はみんなで店のピザを食べた。ナポリスタイルの、耳つきのもちもちのピザだ。レモネードやジンジャーエールとよく合う。
「ここのピザ、ほんと最高ー!」
溶けたチーズをびよーんと伸ばしながら、ユマが賞賛した。
「ナポリのピザと、ローマのピザと、違いを知ってるかい?」
とニコさん。
「ナポリのピザは耳つきのもちもち。耳のところは、コルニチョーネっていうんだよ。これが特徴なんだ」
「耳、いいよねー」
と言いながら、リオナはもう一切れ、ぱくついた。
「これ大好き」
「ローマのピザはどう違うの?」
「ローマのピザは耳なしのカリカリ。焼き上がるのに一日かかる」
「いや、一日はかからないでしょうー」
「いや、かかる!」
ニコさんは言い張った。
「ニコさんはナポリの人?」
「そうとも! 生粋のナポリ人だよ」
「どうしてストラスブールに店を出そうと思ったの?」
「ああ、それはね」
ニコさんは、お昼時になって店に出ていた奥さんを呼んだ。
「シモーヌ!」
「何?」
「シモーヌ! ちょっとこっちへ来て」
金髪のにこやかな奥さんの方に腕を回すと、
「ストラスブール一の美人だよ! これが理由さ」

その日、彼らは常連のシーラさんとも色々話して、仲よくなった。
「ずっとこの街に住んでるの?」
「いや、10歳のときに引っ越してきたんだ。それからこっちで魔法学校に入って」
「えっ、ストラスブールに魔法学校があるの? 私も入りたーい!」
とリオナ。
「代々魔法使いじゃないとだめなんじゃないの?」
とユマ。
「いや、そんなことない。昔は三等親以内が魔法使いの家系じゃないとだめだったんだけど、後継者不足で、ルールが変わったんだ」
とシーラさんが教えてくれた。
「へえー、そうなんだ!」
「ホウキで空飛んでみたい!」
「あれ、けっこうお尻痛くなるよ。ホウキは今はあんまり流行らないよ」
「そうなの?」
「魔法学校ってどんな感じ?」
「ええ、いや、あんまり聞かないでくれ。ボクはあんまり優秀なほうじゃなくて…普通なら7年で卒業するところ14年かかったんだ」
「そ、そうなんだ…」

その日一日、夜まで張り込んだが、ナンジャモンジャからピザの注文は入らなかった。
次の日も3人は午前中から出掛けて、閉店まで頑張っていたが、収穫なし。
シーラさんがチェスのルールを教えてくれて、みんなチェスがうまくなった。
チェスにも飽きると、トランプをやった。
何日か張り込むうちに、店のピザ全種類を制覇してしまった。
「ここのピザ最高だから、毎日でもいいんだけどさー」
3日目になって、ユマが言った。
「でも、目的を達せないのは困るなぁ」…
だが、4日目にして、ついに動きが。
「はい、もしもし! ピザ・レストラン<ナポリ>です」
電話を受けながら、ニコさんが3人の方を見て目配せした。
「はい、マルゲリータひとつに、マリナーラひとつ! いつもありがとうございます!」
焼き上がったピザの包みを配達担当の見習い店員に渡しながら、ニコさんは言った。
「今日は、この人たちが、お前に気づかれないように尾行するからな」
背中をドーンと勢いよく叩いて、
「うまくやるんだぞ!」
店員の若い男の子は、あやふやな顔をして頷いた。
「よし、それじゃ行ってこい!」
男の子は、自転車だったけれども、気を遣ってうんとゆっくり進んでくれたので、ユマたちも物陰に隠れながら、スムーズに尾行することができた。道を曲がるときなど、彼らがちゃんとついてきているかどうか、振り返って確認さえしてくれたのだった。
こうして着いたのは、カラフルに塗られた街並の一画、ひとつ道を入ったところにあるばら色の建物だった。
「ピザのお届けに上がりました!」
ベルを鳴らして声を上げると、ドアが開いて、やり取りしているのが聞こえてきた。
「3階の一番奥の部屋ね!」
階段の陰に隠れて聞き耳を立てながら、ユマが囁いた。
戻ってきた店員の男の子と、彼らはハイタッチした。
「ありがとう!」
「成功を祈るよ!」
小声で言って、彼は親指を立てて見せ、自転車に飛び乗って去っていった。
「よし! さあ、突撃だ!」
血気にはやるリオナを、ユマは押さえた。
「ちょっと待って!」
「え?」
「奴がピザを食べ終わるまで待った方がよくない?」
「そうかな?」
「奴、怒りっぽくてすぐ怒鳴るらしいじゃん。ピザが冷めていく状況で問い詰めたらよけいに話が進まなそうじゃない?」
「それもそうね」
そこで彼らはそのまま、30分ほど待った。長い30分だった。
「そろそろ食べ終わったかな?」
「いいんじゃないかな」
「よし、じゃあ改めて行こうか」

ナンジャモンジャの住むらしい戸口の前まで来て、彼らは呆れた。
枯れた植木鉢に、放置されたごみ袋がいくつも。
ビラやチラシ、ペットボトルなどが散乱して、ごちゃごちゃ。
引っ越して間もないはずなのにゴミ屋敷になりかけだ。
ベルを鳴らしても、しばらく返事がなかった。
「ナンジャモンジャさん!」
「ナンジャモンジャさん、出てきてください!」
代わる代わる呼びかけて、やっとドアが細~く開くと、疑り深い、もじゃもじゃ頭が現れた。
「ナンジャモンジャさん! このバイオリンにかけた魔法を解いていただきたいんです!」
「お願いです、みんな困っているんです!」
「何だ、お前たちは?」
敵意剥き出しだった。
「あなた、このバイオリンに呪いをかけたでしょ? それ以来、弾くたびにラ・フォンテーヌが空を飛んでしまって、大変なんです!」
「ひどい話ですよ、ブラウンさん、何も悪いことしてないのに!」
「何の話だ?」
とナンジャモンジャは言った。
「俺は魔法なんかかけた覚えないぞ!」
「いや、かけたでしょ!」
「かけてなければ、ラ・フォンテーヌが空を飛ぶわけないじゃありませんか!」
「知らんがな。忘れたよそんなの!」
「そんな、無責任でしょ! 魔法、解きなさいよ!」
ふたりはだんだん腹が立ってきた。
「うるさいな。もう帰れ!」
ドアが閉まりそうになった。
ユマはカチンときて、我知らずガッと手で押さえた。
「あなた何なのよその態度! バイオリンに失礼でしょ! それから家賃も滞納してるくせに! ちゃんと払いなさいよ!」
「うるせえ!」
ドアがばたんとすごい勢いで閉められ、ユマは危うく指をはさむところだった。
それから、ガッシャン! ドアに向かって何かが投げつけられた。
「…電気スタンドかな?」
「帰れー!」ドア越しに怒鳴り声が聞こえた。
そして、またガッシャン!
「…こんどは、鍋かな?」
「フライパンかも…」
「二度と来るなー!」ナンジャモンジャが、また吠えた。
ふたりは顔を見合わせて、後ろで小さくなっていたブラウン氏を振り返った。
「ちょっとブラウンさん! あなた大人なんだから、何とか言ったらどう?」
「いやー、ありゃ無理だよ、もう」
とブラウン氏は弁解した。
「どうしようもないだろ」

つづく→


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