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前回④からの続き。

さながら、エドワード・スノーデンのようだ。
彼が、就業先だったCIAが、世界の国々や大企業と結託して個人情報へのアクセスしていることをリークした時のように。
それでも世界は変わらなかった。人々は自らのSNSが国や運営企業に自由に扱われていることを、頭の片隅で知っていながら、それを許容してでも、SNSと共に過ごす生活を選んだのである。
スノーデンが告発した事実は、人々にとっての「SNSでいいねが欲しい」という事実の前では、世界を変えるには至らなかった。
ただスノーデン以降、PCのカメラレンズ部分をシールで覆い隠す人がいた。

それと同じように。今回のリーク騒ぎも、社会は案外大きくは変わらなかったが、人々の行為には多少影響があったようだ。
昨日まで安心のシンボルだったワクチンバッチが、この日を境に、バッチをつけていることが無知のシンボルと化したこと。実際にその動画以降、いつの間にか誰もワクチンバッジを付けなくなった。
そして、あれだけの誹謗中傷旋風を巻き起こしたワクチンを打っていないこと、もしくは打ったことを、公に語ることはタブーになっていったのは、もう少し時間が経った後のことである。


あの元俳優コメンテーターが、1週間前までの自分の発言はなかったことであったかのように、今度はワクチン摂取を大規模キャンペーンで推し進めていた政府批判を、語気を荒くしていた。キー局の大スポンサーでもあるその企業を名指しで批判することはしない。
しかしこれだけの視聴率を稼ぎ出してくれるこのネタを続けるには、新しい仮想敵が必要なのである。
彼がきているスーツの襟には、もうバッジは付いていなかった。

悲しいことに。この月に発生した自殺数は平均値を超えてしまっていた。
まるできっかけを待っていたかのように。
しかし、自殺していった人々が飲み込んだのは、ワクチンではなく、無形物の「情報」だ。


何よりも恐ろしいのは、
ワクチンの開発に関わった企業による陰謀でもなく。
ワクチンを接種済みの人々が、未来生きている間に、自らの体になんらかの作用が起こるかもしれないという不安を抱えること、、でもなく。十分恐ろしいが。
何よりも、
ワクチンの成分や副作用について知識が十分でないまま、一日でも早く安心を手に入れたいその一心のために受け入れたワクチンが、一瞬で得体の知れないモノに成り変わってしまえる代物にした、「情報」だ。
そして、
信じた時も、今となっても、その情報の真意を確認せずに、誰かがこう言っているから、というただそれだけを後ろ盾に、体にワクチンを入れてしまうその判断材料が、
無味無臭で、実態すらない、日々膨大に溢れている中からたまたま耳にしたその「情報」が、我々の感情と論理を形成している。

昨日まで安心のシンボルだったワクチンバッチが、この日を境に、バッチをつけていることが無知のシンボルと化したこと。実際にその動画以降、いつの間にか誰もワクチンバッジを付けなくなった。
そして、あれだけの誹謗中傷旋風を巻き起こしたワクチンを打っていないこと、もしくは打ったことを、公に語ることはタブーになっていったのは、もう少し時間が経った後のことである。

摂取前も、摂取後も、この告発後も。
過半数の人々は実際にはウィルスには感染しなかった。それは紛れもない事実だ。
蔓延のピークだった時から"過剰摂取”していた情報を信じて、ワクチンバッジと共に過ごす生活を選択したが、結果、このニュースによって、終わりのない不安な日々が舞い戻ってきたこと。

この超情報拡散社会による「情報」というものが持つ力は、
人を殺すという役割において言えば。


もはや、蚊など目ではない。


完。


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