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短編SF小説「ARガールフレンド」- 5 拡張された(アプリ内課金的)AR対応レストラン

4 拡張された映画館 からの続き。

立体映画館で映画の中の世界を体験(= この時代の映画鑑賞のこと)し終えたタケルたちはランチに行った。
ミヤはARだから、レストランで物理的な食事を食べることはしない。
しかしミヤも食べるのだ。食事を一緒に。

そのレストランのメニューからその食事を選び、ARの世界の中で、つまりタケルのコンタクトに映る世界の中だけで、彼女は美味しそうに食べる。

どういうことか、説明をせねばならないだろう。
タケルはAR対応をしているレストランを選んだ。タケルの同行者がミヤのようなARである場合用にバーチャルメニューを用意しているレストランなのだ。
そしてAR彼女が、ARの世界で食べているバーチャルな食事にも価格がついている。
要するに課金である。

ミヤの人格形成時にあてがわれた食事の好みなどの趣向性が、ユーザー側に非公開で、ランダムに設定されている。この場合のユーザーであるタケルは、デート等の機会を通じて、彼女の好みを見つけださなければならない。
つまり生身の人間相手と同じ努力...もとい楽しみ方ができるというわけだ。

このAR対応レストランが生まれた背景についても少し、説明が必要だろう。
この時代の日本の"現実"に実際に起きている深刻な社会問題の1つ、それは現代から既に始まっている、少子化である。
人口が減少する一方で、この時代の日本では、物理世界の消費行動だけではその国力を維持することができない状態にあった。そこで政府は個々人が描くARの世界に経済特区事例を発動。
AR内での課金に、税免除や、補助金等の経済措置を設けて、個々人のユニークな需要ひとつひとつに経済的価値が生まれるように、AR運営企業だけではなく、"現実"のレストランや宿泊施設にもサービスの供給ができるように整備した。
十人十色なミックスワールド(”現実”の物理世界 + ARの世界)への需要に対応できるバーチャルサービスを売れるようになった。
現代で言うところのゲームのキャラクター用の武器や服を購入するように。
ARと共に暮らす人々のお相手であるAR人間の欲求に、経済的価値を付帯させることが機能している世界なのである。
極度の少子化という根本的な問題は依然あるものの、供給側は在庫も抱えず、AR人間を喜ばせたい・何か買ってあげたいという人々の購買欲求は、市場に大きな活力を与えている。
もはや”現実"の物理世界側が、バーチャル世界側に合わせるという逆転現象と共に。

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タケルはじぃーっと美味しそうに食べているミヤの方を見つめる。本来ならば「そんなにジロジロ見ないで」
とでも言われそうなぐらい凝視していた。ミヤの口に合う選択ができたかどうかを確かめようとしていたのだ。

「おいしい?」
タケルはおそるおそる聞いてみた。

「うん、美味しいよ。良いレストランに連れてきてくれてありがと。」

よしよし、どうやらお店選びは成功したみたいだ。タケルはようやくホッとして、自分の前に並べられた本物の食事に箸を進めた。

タケルは生身の女性と一緒に食事に行ったことがない、というわけではない。
やはりかつても緊張した。当時同じようなシチュエーションで一緒に食事をした女性も同じく美味しいと言っていたのだが、それっきり疎遠になってしまった苦い記憶があった。
生身の女性は、その場の表情や反応だけでは本心までは判断し切れない難しさがあった。タケルは深追いして、その先で拒否されることが怖かった。だからそれ以上連絡することもなかった。
でももしかしたら、ただストレートに連絡すればよかったのかも。拒否されるのが怖かったというのは、単なる男の無価値なプライドだったのかもしれない。

今はこうしてミヤを目の前にデートできていることを心の底から楽しんでいたタケルだったが、過去に”現実”で起きたことを思い出しながら、

「(ARは美味しくないのに、おいしい、って言ったりはしないよな...)」

などと頭の片隅で考えていた。

(つづく)


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