短編SF小説「ARガールフレンド」- 8 拡張現実はもはや仮想ではなく、”存在”する
7 拡張されたショップ店員のコーディネートスキル からの続き。
世間に星の数ほどある人の好みをプログラムし、AR人間に「澄んだ青が好き」などと発言させることで、人に購買意欲を発火させているのである。
ミックスワールドにおけるトレンドとは、そのマーケティングデータの寄せ集めでできた傾向、という意味合いが強い。
つまりファッション業界が、
例えば『今年はオーバーサイズ』といった『画一的な流行りもの』を広めるのではなく、
多様な人々の好みが、多様なデータとして客とショップ側で共有され続けた結果。人間の発想でしか生み出せないコーディネートスキル/センスで十人十色な個々人のユニークなセンスを細部にいたって満足させなければ買ってもらえない時代になっていた。
「お似合いですよ〜」という黄色い声で購入を促したところで、客はお店側のデータサイエンススキルに期待しているので、その手法にそこまでの効果は期待できない。
こうして、タケルもその時代の恩恵にあやかり、無事ミヤが好んでくれそうなアイテムを手に入れることができたようだ。
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そして、話はミヤとのデートに戻る。
「タケルくん、覚えててくれたんだね」
ミヤは食事をしながら突然そう尋ねた。
「え?覚えてた?何を?」
聞き返しつつ、瞬時に同タケルは気付き、そしてこうも思った。
「(キタッ!!)」
「ふふっ、今日のそのシャツとっても似合ってるよ。前に私が『澄んだ青』が好きって言ってたから着てきてくれたの?」
タケルは心の中でガッツポーズした。
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「(...すごい!店員さんありがとう 涙嬉)」
今日のために新調したシャツを褒めてくれたミヤに、照れながら
「うん。実はそう。こないだこういう色が好きって言ってたから、着てきてみた。」
この素直な返事も、生身の人間相手にできる男性もいれば、照れたままはぐらかす男性もいるのかもしれない。素直な感情をそのまま出せるというのもARを相手にしているならではと言えるかもしれない。
「うれしぃ。ステキだよ。」
こういう時、どういう顔をしたらいいのだろう。タケルは勇気を出した自分を褒めた。何より自分が着ている『澄んだ青色のシャツ』にミヤが喜んでくれていることに、嬉しさがこみ上げる。
このタケルの中で起きている感情の起伏は本物だ。
相手が生身の人間であろうと、ARであろうと。もし相手が言葉の話せる犬や猫だったとしても、きっと同じような感情を抱くだろう。
人にとってコミュニケーションを取る相手というのは、必ずしも生身の人間でなくても成立することの表れだ。相手がアルゴリズムで状況処理判断をしているARであったとしても、この湧き上がる感情は紛れもなく生身の人間であるタケルに、十分その存在を認識させていた。
そしてタケルとミヤは食事を済ませ、レストランを後にした。
お代は自然とタケルが持つ。お会計はレジで、その場で、2人分払う。レジスタッフの目の前にいるのはタケルだけだが、タケルが誰かと一緒にいることをお店側は受け入れている、それがまかり通っている時代なのだ。
それは現代で、テクノロジーの発展と共に、目の前にしているお客と同様に、ネットでの評判に価値が生まれることによって、店側がその時代の変化を受け入れざるを得なくなっていったことと同じだ。
レストランや居酒屋がぐるなびで悪評価を受けないように接客をするようになったり。
電気屋が価格ドットコムの値段ありきで値切りをしてくる客と勝負をしなければならなくなったように。
(つづく)
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