400字掌編「地図にない島」
島は地図になかった。
水色に塗られた地図の海の上に指で丸を描きながら、彼は何度目かの言葉をつぶやいた。
「ここに島があるはずなのに。おかしいな」
お互いの名前を知らないまま、自分たちの居場所がわからない男女が、一冊のガイドブックをのぞきこむ。地図にない島の所在を確かめ合う。
「船で行くの?」
「東の方に海を越えるゴンドラがあるって聞いたから、それで行くつもり」
「私は東から来たけど気づかなかった。島には何があるの?」
「水族館に、バカでかい娯楽タワー。空調ドームに覆われて、偽太陽のおかげで夜も明るい楽園みたいな島って聞いたけど、気づかなかった?」
「夜は出歩かないからわからない」
誰もが持っている有名なガイドブックを開く女性を救いと思って話しかけたのに、彼の探す島は存在していない。
あっ、と声をあげて、女が乱暴に本が閉じた。表紙には誰にでもわかるように大きく十五年前の西暦が書かれていた。少し寂しげな彼の声が二人の間に浮かんだ。
「人工島だからね。このころは海だったのかもしれない」
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