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大阪・天王寺七坂が出てくる小説を紹介する観光ガイド

 2021年の10月に俳句関係の方から依頼を受けて、「天王寺七坂を歩く」をテーマにして講演をしました。当日は俳句の吟行会で、大阪・天王寺周辺を吟行して、選者が選句をしている90分間に写真をまじえて天王寺七坂を紹介してほしい、と声をかけてもらいました。

 私のWeb記事を見て連絡をくださったありがたい話で、Web記事も読み流されるばかりでなくて、いろんな人に読んでもらえてるんだなぁ、と思えたお仕事でした。きっかけになった記事は↓


とにかく楽しんでもらおう、と考えたのが観光ガイド×ブックトーク

天王寺七坂のひとつ・真言坂

 今まで図書館の講習会や研修で90分、人前で話す経験はあったものの、参加人数が150人と初めて3桁。楽しんでもらうにはどうするのがいいか考えた結果、ブックトークに近いかたちで「天王寺七坂の写真を見せながらそれぞれの坂が登場する小説を紹介する」ことにしました。あわせて、観光ガイドレベルで歴史の話も少しだけ。
 ブックトークと言いつつ写真も重要なのでイメージはバスガイドさん。

 終わってみて、それなりに楽しんでもらえたようでしたが、せっかく話したのに何も記録しないまま、いつかまとめようと思いつづけて1年経ってしまいました。当日の内容からはだいぶ手を加えていますが、一応、ブックトークのシナリオとしてこの記事に残しておきます
※司書の人にコレはブックトークじゃない! と言われてもおかしくない内容なので、あくまで私流と思って読んでもらえるとありがたいです。
図書館関係の方はぜひコメントください。

 シナリオは七坂全体・源聖寺坂・逢坂・天神坂にまつわる5冊だけ紹介しています。当日、紹介したすべての作品は最下部にまとめました。

天王寺七坂ブックトークのシナリオ

 真言坂・源聖寺坂・口縄坂・愛染坂・清水坂・天神坂・逢坂のといった七つの坂からなる天王寺七坂は、上町台地に東西に並ぶ、大阪では珍しい古くから変わらない景色をのこす寺町です。景観が変わっていないからこそ、世代を超えて小説の中でも、くり返し描かれてきました。

天王寺七坂が描かれた江戸末期の『浪華名所独案内』@大阪市立中央図書館所蔵

 時代を遡ると、江戸末頃の地図である『浪華名所独案内』に天王寺七坂が描かれています。江戸期の大阪の地図は北が上ではなく、大阪城のある東が上になっています。この地図で北側を見てみると3本の川がありますが、現在の「淀川」はまだありません。淀川は明治になってから今の一本の大きな川になったので、大阪の北側は、江戸期と今ではかなり景観が違うと言えます。一方で南側は今も残る寺社仏閣が多くあります。四天王寺は593年に建立された日本仏法最初の寺院で、大阪に在り続ける変わらない景色の代表です。
 天王寺七坂が舞台になった小説をまじえながら、天王寺七坂の風景を紹介していきたいと思います。

 まずは作品全体を通して天王寺七坂が登場する小説を紹介します。
 遠田潤子さんの『緑陰深きところ』では、旅の出発点が四天王寺になっています。大阪でカレー屋を営む70歳を超えた三宅紘二郎と25歳の蓬莱リュウが四天王寺で出会い、お互いの過去を清算するように大分の日田へと向かうロードノベルです。紘二郎の過去をたどる中で天王寺七坂も重要な思い出がのこる地として所々登場します。

 物語は紘二郎の元に届いた兄からの絵葉書で始まります。50年前、紘二郎は兄の婚約者である睦子と恋仲になりましたが、兄は睦子とその娘を殺す心中事件を起こしました。70歳を過ぎ、人生も残り少なくなったと思う紘二郎は、葉書に書かれていた大分県の日田市の住所を頼りに、兄を殺すための旅に出ると決意します。
 睦子との思い入れがある車・コンテッサを手に入れて旅に出ようしますが、ひょんなことから不良品のコンテッサを手配した中古車店の店長・リュウを運転代行に雇って旅の道連れにすることとなります。物語の冒頭、不良品を売った負い目からリュウが紘二郎を追いかける四天王寺での場面が二人の旅を予兆するように印象的に書かれています。

西大門の太い柱には舵輪のようなものが取り付けてある。転法輪だ。「自浄其意」と唱えて右に回せば、心が清浄になるという。
 転法輪の前に立ち、息を整えた。手を合わせ、眼を閉じる。
「自浄其意」
 小さな声で唱え、紘二郎は軽く輪を回した。金属製の輪はひやりと冷たい。わずかに背筋がぞくりとした。
 あの日、睦子と二人で輪を回した。ここからすべてがはじまった。そして、今でも輪は回り続けている。清浄とは逆の方向へだ。

遠田潤子『緑陰深きところ』2021

 紘二郎とリュウが出会う四天王寺は説教節『信徳丸』や『山椒大夫』で重要な役割を果たす舞台でもあります。年の差のある二人が同じ場所に在り続けている四天王寺から旅立つのは、時間の流れを飛び越えていくような効果があるように私には感じられました。寺町、石畳の坂がある天王寺七坂まわりの景色も紘二郎の回想で語られるのですが、坂道にも空間や時間を飛び越えるように感じさせる不思議さがあると思います。
 昔話や伝承の中でも、坂道は「異界への入口」とされ、坂を越えることが異界へ踏み出すきっかけになると語られることが少なくありません。

  異界への入口となる舞台装置として天王寺七坂が描かれている作品が集まっていると言えるのが有栖川有栖さんの『幻坂』です。天王寺七坂のことを知るならこの一冊があれば充分とも言えるくらい、七坂にまつわる過去の小説・逸話をまじえて各坂を舞台にした怪談作品が収録されています。

  どの作品も異界との繋がりが感じられる物語なのですが、実際にある七坂へ足を運んでみると、周りの景色から切り離されていて、印象が強いのは源聖寺坂ではないかと思います。

坂道の終わりが見えない源聖寺坂

 この坂は途中で折れ曲がっていて、石段の終わりが見えないのが特徴です。どこまで続くのか、どこへつづいているのか、不思議な雰囲気があります。『幻坂』の中の短編では次のように書かれています。

 わたしは、源聖寺坂が怖かった。
 理由はない。
 たまたま通りかかって、大阪市内にこれほど風情のある坂道があったか、と嘆じる人もいるそうだ。松屋町筋から見上げても、その全容を見ることはできない。土塀に狭まれた石畳を敷いた道がまっすぐに延びているのだが、途中から石段になり、その先で右手に折れているためだ。石段が切れると今度は左手に曲がる。そんなクランクのおかげで坂道に変化がつき、よその六坂にはない趣が生まれていた。

有栖川有栖『幻坂』2016

 終わりの見えない坂というのは物語の題材にしやすいようで、司馬遼太郎著の「泥棒名人」でも源聖寺坂は登場します。「泥棒名人」はタイトルの通り、泥棒が主役の短編です。舞台は江戸時代、戸屋音次郎と行者玄達という二人の泥棒名人が意地の張り合い、だまし合いをくり広げます。

  江戸から大阪へやってきたばかりの泥棒、音次郎は盗みがうまくいかずに妻に愚痴ばかり言われる日々をすごしていました。そこへ、長屋の隣人である玄達が音次郎よりも腕のたつ泥棒だと知ります。お互いの腕試しをするようなやりとりをしていたところ、音二郎は玄達から「百両を払うから女を盗んでほしい」と持ちかけられるのですが、その盗みの舞台となる源聖寺坂で思わぬどんでん返しを迎えます。

  源聖寺坂を含め、天王寺七坂のそれぞれの坂は小説の中で登場しますが、少しだけでも物語の中に登場することが多い坂は、江戸期の古典作品にも登場する天神坂・逢坂ではないかと思います。

 謡曲『弱法師』浄瑠璃『摂州合法ヶ辻』といった大阪を舞台にする古典作品とあわせて大阪の古地図を辿るのなら外せないのが後藤明生著の『しんとく問答』です。著者自身ともとれる大阪へ赴任してきた大学教授が、地図を片手に大阪をあちこち調べ歩きます。日記や書簡、講演録など、さまざまな形式で記された8編が収録されていますが、「四天王寺ワッソ」「俊徳道」は、俊徳丸伝説の中で出てくる土地を現代(1990年代)の地図に重ねて俊徳丸が辿る四天王寺までの道を確定させていきます。

 天神坂は安居神社の隣にある坂ですが、天神坂自体と言うよりは、安居神社を含む天神山が物語に登場することが多いです。安居神社は真田幸村が境内で戦死した地であり、明治頃まで天神山は花見の名所としても知られていました。

 落語で天神山と逢坂の坂上にある一心寺が出てくる噺があります。
変わり者の源助は、みんなが天神山へ花見に行く中、“墓見”に行くと言って出かけ、一心寺で知り合いでもなんでもない女の石塔の前で酒盛りを始めます。石塔の主である幽霊が押しかけ女房になり「幽霊の女房は金がかからなくて得だ」と隣人の安兵衛に話すと、安兵衛も同じように出かけていきました。安兵衛は一心寺ではうまくいかず、安居天神で自分のところにも女房が来るよう祈って帰る道すがら、女狐を捕まえている男と出くわします。女狐を買い取って逃がしてやると、この女狐が安兵衛の女房となりましたが・・・。 こちらはサゲの部分を含めて、一度、観てもらえればと思います。上方落語では話されることのある演目で、動画サイトにあがっているものもあります。

 落語の「天神山」が出てくる小説を読むのもおすすめです。田中啓文さんの「笑酔亭梅寿謎解噺」という落語ミステリーシリーズの第二弾「ハナシにならん!」の中に「天神山」が収録されています。「笑酔亭梅寿謎解噺」は、ムリヤリに落語家に弟子入りさせられたリュウジが主人公となっていて、コミカルで読みやすく、登場する落語のあらすじも知ることができて、落語と小説の両方が楽しめるシリーズものです。

 一心寺は1185年の創建で、西に沈む夕陽を心にとめ、極楽浄土を想う「日想観」のご遺跡として知られています。全国でも珍しい「骨佛(こつぶつ)」があることでも有名です。骨佛とは、十年に一度、希望者の遺骨を集めて造立される骨でできた阿弥陀如来像です。明治20年にはじまった供養の方法ですが、特に戦後には多くの遺骨が集まりました。

 作者自身の体験を基にした私小説、宇野浩二著の『思ひ草』の中では、戦後、一心寺へ兄と母の骨を納骨しに行った時の心情が綴られています。戦中・戦後を生きた初老の夫婦の日常生活が描かれた日記のような小説です。

 一心寺は、彼岸やお盆には骨佛に納められた方の遺族がお参りするために長い列ができます。その様子を見ていると、一心寺は大阪で長く暮らしてきた人にとっては、身近に感じる人が多い寺院ではないかと思えます。
 一心寺の目の前を通る逢坂は国道が走る現代的な坂ですが、大阪で夕日を眺めるのに随一の場所なことは今も変わっていません。

逢坂からの夕景

 上町台地の西側が海だった頃には、海へと沈む夕日が眺められましたが、今は夕陽に染まる通天閣が見渡せます。2月中ごろから3月いっぱいは、ちょうど逢坂をくだった先、かつては海だった西の方角に日が沈みます。

 年月を越えて大阪に在り続ける風景を舞台にした物語を片手に歩いてみると、その趣を写真や言葉で残したくなるかもしれません。季節や時間によって表情が変わるので、ぜひその時々の町並みと心情を俳句や小説、その他どんな方法でもいいので、あなた自身の言葉で残してみてください。

講演会の時に紹介したその他の本

大阪の侠客・明石家万吉を主人公に幕末の大阪を描く。「月江寺」の章では下寺町界隈が舞台となる

源聖寺坂にかつて祀られていた源九郎稲荷。大阪のタヌキにまつわる伝承がほっこりと語られる短編・田辺聖子著「コンニャク八兵衛」を収録

源聖寺坂を往く男女をめぐる人情もの「源聖寺坂」が収録されている短篇集

大阪を舞台にする痛快時代小説シリーズ。「三すくみ勢ぞろいの巻」で口縄坂の女侠客・口縄の鬼御前が登場する

生玉町で幼少期を過ごした織田作之助の掌編。口縄坂の坂上には「木の都」の文学碑がある。

原作で作品の舞台はふれられていないが、2020年公開のアニメ映画は上町台地とわかる人にはわかる場所が出てくる。ジョゼと恒夫が愛染坂で出会う。

明治初年の大阪を舞台とする時代推理小説シリーズ。「天神祭の夜」では、大阪の夏祭りに東京の掏摸(チボ)が出稼ぎにやってくるという噂の真相を突き止めようと奔走する。生玉神社と真言坂が出てくる。

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