ショートストーリー「赤坂の理髪店(2)」
定刻通り
予約キャンセルの電話がスムーズに終わり、時間が少し空いたので、伝票の整理をしていると、ちょうど1時間前にスーツ姿のSPが2人やってきた。
座ってもらう席やカットする流れを、いつも通り説明し、使用する器具を全て見せる。ハサミは先の尖っていないもの、剃刀はワイヤーがセットされた長手方向には切れにくい特別のものを用意しているのだ。
何度も来ているSPだったこともあり、チェックはすぐに終わった。
とはいえ、2人はここから1時間店の中に立ち続けることになる。椅子を用意しても絶対に座らない。別にそのつもりはないのだろうが、その鋭い目つきに、いつも監視されているようで、どうもやりにくい。
仕方ないので新聞でも読もうかと思ったが、1面にこれから来る当の本人の頭を下げた姿がデカデカと掲載されているのを見て止めた。そもそもこんなもの見たくないだろうと思い、店の中にあった他の新聞も全て片付け、カウンターの下にしまった。
そうこうしているうちに、45分前にはさらに3名、30分前にはさらに2名と時間が経つにつれどんどんとSPが増えていく。その度に一応挨拶をして、手順の説明をする。
おそらく役割が違うのだろう。最初は不思議であったが、毎回説明が必要であることにももう慣れた。
そして、予定の午後5時4分。総理は定刻通りに到着した。
ここでは、通常店長が行うべき動作は一切必要ない。1時間以上前から待機していたSPが案内役を務め、総理は奥の個室に誘導され、席に着いた。
村田の目には、総理が2ヶ月前にここに来た時と比べ少し痩せて見えたが、もしかしたら最近の報道から来る先入観のせいかもしれない、とも思った。
「どうしましょう」
鏡越しに、いつもの質問を投げかけると、変わらぬ答えが返ってきた。
「伸びた分だけ切ってください」
いつものカット
村田はいつも通り、散髪を進めた。
総理は、静かに目を閉じ、一言も発しない。個室内には、村田がいつ「謀反」を起こしてもすぐに取り押さえられるよう、SPが2名待機しているが、もちろん村田にそんな気はないので、彼らも身動き一つしない。だから部屋には、村田の手元から発せられる心地よいハサミの音だけが響いている。
それからの流れもいつも通りだ。髪を切り、椅子を反対に向け、傾け、髪を洗う。椅子を元に戻して乾かしたら、もう一度傾けシェービングを行う。
ただ、村田がシェービング始めようとした瞬間、左側のSPの体がピクリと動いた。
忘れていた。いつも打ち合わせの時に「シェービングの時は、一度刃を見せてください」と言われているのだ。安全対策がとられた刃が入れ替わっていないことの確認だろう。
「こちらで行います」
村田はSPに刃を見せ、SPの首がわずかに縦に動いたのを確認したら、通常の動作に戻った。
他の人と違うことといえば、このシェービングだけ。
お客さんの中には、一言も喋らない人も多い。だから決して彼が特別なわけではない。そいう意味で、施術自体はなんら他の人とは変わらないのだ。
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