見出し画像

「人はなぜ物を欲しがるのか〜私たちを支配する「所有」という概念|ブルース・フッド|白揚社」を読んでる。

まだ半分くらいだけどね。
なかなかおもしろい!なんていいつつしばらく積んでしまう可能性もあるので、途中までだけど記事にしておこうかななんて思ってて。

コロナで潰され気味だけれども、コロナ前に感じていたシェアリング社会の機運だとか、デジタルなものに対する所有感、暗号資産などのNFTに対する考え方を整理するのに良い本だと思っていて。

これからの社会を見通す上で結構重要な話なので、読める人は読んだ方がいいよね。

最近よくみているというか、日経につぶされたという噂の日経テレ東大学の高橋広樹氏が作った4月にチャンネルができて以来ほぼ全ての動画をチェックしている「ReHacQ−リハック−」で最近面白いなーって思った2つの動画を絡めながらその話をしようかなと思っていて。


所有権と所有感の話

これもみんな見た方がいいと思う。

ひろゆき氏とbitFlyer加納雄三氏の対談動画。
bitFlyerは日本である程度早めに開始した割とちゃんとした暗号通貨取引所で宇佐兎三もそんなにつっこんでないけど一応口座は持ってる。

動画のはじめの方こそは、ひろゆきの物言いに対して「論破王に負けない言い返し」でコレ大丈夫なの?と思ったけれども、最後まで見ると思ったよりまともだぞ?とちょっと見直すレベルだったので。

テーマはブロックチェーンとかNFTについて何だけれども、メインとなる論点は「所有権と所有感」。
NFTを語る上で重要なのは、それを買った場合に私たちが得るのは何なのか?というお話。

というか、この本を読む上でもこの動画をみるとなるほどねぇと思うし、この動画を見る上でもこの本を読むとさらに理解が深まるとおもうので両方みるのが良いと思う。

そして所有権自体は、実物の物質にしか無いというあたりの話で、デジタルモノに関しては所有権がないというめちゃくちゃ重要な概念を再認識できたなと思ってて。(詳しい説明は動画をちゃんと見た方がいいと思う)

所有権などができる前の人類の生活の話

狩猟民族のその日ぐらしの生活の時代には、移動生活をしていたことであったりとか社会的食料の「余剰」自体はなかったので、必要な道具以外の物資もなかったけれども、人間の家畜化といったのがユバル・ノア・ハラリだったかな?(ちがったら申し訳ぬ)それによって人々は土地にしばられるかわりに、もたらされた食料余剰によって、食料生産をする以外の職業が生まれた。

ReHacQ−リハック−」大好きすぎていい加減にしろと言われそうだけれども、高橋氏がAbema向けに作った番組、「世界の果てに、ひろゆき置いてきた」の「#3: 東出参戦!半裸でキレるひろゆきで参戦する俳優・東出昌大氏にテレビみてなくて、日本の映画も見ないので「誰?」っておもってたんだけれども、この東出氏、定住は定住なんだろうけど、山奥で狩猟生活をしているんだそうで。

ひろゆき自体、タレントとか俳優さんに噛み付くことはそもそもないんだけれども、それにしてもツッコミも入れないというか、生活に対する価値観に対してひろゆきの「パリで引きこもり」のある意味での仙人生活の上を行っちゃってるような、「お金がかからないから山奥で狩猟生活」自体は否定すべき部分すら見当たらないんだろうなって思うんだけれども。高橋氏の方がさんざん突っ込んでる通り極端だけどね。

でも「人はなぜ物を欲しがるのか」には狩猟採集民族のやっていることは現代の最富裕層の生活と劣らないと実用的な狩猟採取生活集団を形成することを目指す人のことも書いてあって、富ってなんだろな思っちゃうなって思った。

隣の芝は青く見える

私が選ぶ本がそうなのか、今の社会学的本の行き着くところが結局そこにいっちゃうのかはわからないけれども、仏教で説いているような煩悩を起点とするような苦しみのほとんどが動物的な脳の機能でそうなっているからということになってしまうのかもしれないけれども。

「100ドルでもいいから妻の姉妹の夫より年収が多いこと、それが裕福であるということだ」

H・L・メイケンの揶揄|「人はなぜ物を欲しがるのか」ブルース・フッド

所有しているもの自体が競争になり、本能的にそれによる優劣がつくような感じは、他の本でもさんざん言われているし、なんならばみんなもよく知っているような諺すらある。

「隣の芝は青く見える」

まぁそうなのよ。
でも幸いなことに私の住環境では前に住んでいた低層賃貸マンションではそもそも大家さん以外の他の住人は4年間住んでて片手で数えられる程度にしか見たことなくて引っ越す1カ月くらい前にUber Eatsの誤配で仕方なく届けに行った隣の棟の同じ号室の住人以外の誰の顔も覚えてないし、今の家のご近所さんは若くて親世代、大半が祖母世代。お互いに比べる対象になんてならない。

いままでの職場やゲームに関しては、まぁ多少はあるにしてもいうほどでもなく。

医者の友達とかもお金はもってるかもしれないけど羨ましくもならないというかむしろ対価が足りてるのか逆に疑問に思うくらいに想像を絶する激務だったりするしなぁ。特にコロナ後。

諸行無常

読む前によぎったことを、この本の冒頭で著者も書いてあるんだけれども、結局いっぱいもってても結局その大半は死んだらガラクタなんだよなぁ。みたいなあたりを、母の遺品整理のときに思っていて。(本の冒頭にも遺品の話が出てくる)

どんなに所有権を主張してみたところで、その全てが生きている間だけの”借り物”だったりするんだよなぁって思ったことがあってね。
自分が遊ぶためのPCだったりデジタルガジェットにはお金かけてる自覚はあるんだけれども、それ以外のところは居心地の面のみを考えて必要なものだけを買うみたいな所有の仕方は心がけたいなって思ってる。

本すら物質で持つのをやめていたりするけれど、そのあたりもちょっとあるんだよね。

人生の中での大きい買い物と言われるような家とかだってそうかなって。

だからってある程度選択ができるのであれば、「我慢ならないほどの悪い環境で耐えて生きていく」というのもものすごく馬鹿らしいと思う一方で、誰がみても贅沢な場所に住むのは結局のところ立地によっては他人との比較で自分に劣等感を感じたり、逆に嫉妬されたりでものすごく微妙だと思ったりしていて。

「これくらいのところでいいかの手頃な家」というあたりに、
「我慢できないところはホイホイ改造できるから一応所有」を
しつつその実は終の住処にもしないヤドカリ程度って認識もありだなぁって思ってて。

そして、無用の嫉妬も生まないためにも外側はみすぼらしくていいやみたいに思ってる。

所有することが本能ならば

他に思うことがあるとすれば、MMORPGをやっていてそのログイン時間にクレジットカードの請求額は反比例してるんだよね。
月額料金の1500円があるかわりにガチャがなくて、攻略に有利になるようなアイテムは日本円では買えない(ゲーム内トークンと貯めなければいけない)ような良心的ゲームだからなおさらに。

最近は、ログインあんまりできてないから、請求額多めなのはちょっとあるとおもうけれども。

所有欲とか物欲って案外現世ではなくて、仮想世界でも満たせてしまうというのに気づいてから、現世での物欲がマジで減っているっていうのは確かにあって。

あのバッグが欲しい!じゃなくて、あっちの世界のあの斧が欲しい!ってなったらマジでお金使わなくなるので(笑)
それすら厳密にいえばその全ての所有権的なものは運営している某S社のサーバ内のデータにすぎなくて、私にはないんだけれども、ただそのゲーム内のルールの中で私の持ち物は私の持ち物としてサービスが続く限り、サーバの故障などの事故がない限り、そしてハッキングされない限り保障されているようなもので。

でもそれが、現実とどう違うのかと問われれば、システムの限界の分だけゲームの中の方がまだ強固な気すらしちゃうんだよね。

そんな不確実な現実に住んでいるっていうことをゆめゆめ忘れないようにしたいよね。

読み終わったあとに書いた続き▼


この記事が参加している募集

#スキしてみて

526,895件

#読書感想文

189,685件

投げ銭めちゃくちゃ嬉しいです!が、拡散はもっとうれしいよ✨ということで是非Twitter拡散よろしくお願いします!