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#1. 入門

家に帰るのがユウウツだ・・

こないだ、高校相撲の全国大会で優勝してから、毎日我が家に相撲関係者がやってくる。

俺に会うため・・
スカウトってやつ。

大学の相撲部が6つ。
東京からも関西からも。

プロの相撲部屋からは二桁を超えた。

そりゃこっちは小学校に上がる前から相撲やってるわけだから、相撲好きだよ。
身体も、もう廻し姿がガッチリ似合う体型だけど・・

まぁ相撲だけで大学入れるなんてラッキーだし、プロになって幕内あたりまでいけば金も稼げるだろうし・・

ぶっちゃけ魅力は感じてる。

大学行っても、プロ行っても・・
どっちでもいい。

母ちゃんも喜んでるし、俺だって最初は悪い気はしなかったよ。
最初はね。

でもさ・・

こうも毎日、家に帰れば厳ついオッサン達が俺を待っていて、相撲だ相撲だと言われるとね・・

てか、俺って相撲だけ?なんて思うようにもなってくるわけ。

勉強は・・もちろん出来ないけど・・
でも自力で入れる大学がないわけじゃない。
仕事だって、別に相撲部屋入らなくても他にも色々あるし・・

なんか、相撲だけじゃないじゃん・・みたいな。

そんなふうに思ってくると、だんだん相撲までイヤになってくるっていうか・・
最近、部活もどうも身が入らなくなっちゃって・・

だからもう・・
ユウウツなわけ。

で、昨日母ちゃんに言ったんだ。
しばらく相撲関係者とは会わない!って。

そしたら母ちゃん、なんて言ったと思う?

明日で最後にするから、明日来る人には会ってくれ!だって・・

どういう事?
明日、誰が来んの?

仁王の富士って知ってる?
ニオウだよ!小さな大横綱だよ!

母ちゃん大興奮。
仁王の富士のファンなんだ。

ってか、仁王の富士って・・知ってるよ。
ニオウだろ・・小さな大横綱だろ・・

こないだ見たじゃん。
鷹花山に負けたじゃん。
で、引退したってニュースとかでやってたじゃん。

そのニオウでしょ?
それがどうしたって?

え?ウチに来る?なんで?

あぁ・・オレをスカウトしに・・

スカウト?

ニオウが?オレを?

スカウト?

すげーじゃん!

いやいや

やべーじゃん!

ニオウなんて来ちゃったら・・

やべーじゃん!


田舎ってのはやっぱり狭い。
情報がすぐに広まる。

まぁ、母ちゃんの口が軽いってだけだけど・・

今日、学校行ったら朝からもう大騒ぎ。
ニオウがウチに来るって話で。

校長がわざわざ教室まで来たし、普段は絶対に話した事ない女子達もオレんとこ来て、仁王の富士がスカウトに来るんだって?みたいな。

学校中、大騒ぎ。

部活も出たら、いつもはおっかない鬼監督が、仁王の富士関に会う大事な日に怪我でもしたら大変だから、もう帰れ。だなんて・・

なんだかね・・

オレも一応さ、まだ入門するって決まったわけじゃないし・・とか、仁王の富士だからって別に・・とか、相撲以外にもやりたい事あるし・・とか言ってみたりはしたんだけど・・

誰もちゃんと聞いてくれないっつうか・・

もう、ニオウに弟子入りすんのが決定事項みたいな流れになってる。

だから、ユウウツ。

ちょっとね・・

今日、ニオウに会ったら言ってみようかな・・って考えてる。

相撲はもうやらないって。
相撲以外の事がやりたいって。

そしたらもう・・

ニオウの誘いを断ったら・・

もう誰もオレに相撲やれ!なんて言わなくなるんじゃないか?

そしたらもう・・

相撲だけじゃない、相撲以外の人生がオレにもあるんじゃないか?

なんか、そんな気持ちが強くなってきた。

そうだ!

そうだよな!

断ろう!

ニオウの誘いを断って、相撲はもう終わり!
自分で勉強して大学入ろう!
いや、就職してもいい!

相撲だけじゃないんだ!

オレの人生。
相撲だけじゃなくても、なんか出来る事・・
他にもあるよな!

でも、もしなかったら・・

まあ、そんときゃそんときだ!

よし!決めた。

相撲は高校で終わり。
ニオウに会っても、キッパリお断りいたします!

って決めたら、もう早く帰ってニオウに会いたくなってきた。
たぶん、そろそろ来てる頃だろう。

家帰って、ニオウがいてもキッパリ!
相撲はもうやりません。遠くまでわざわざご苦労様でしたけどお帰りください!ってな!

玄関開けました。ガラガラっとね。
ウチは昔ながらの引き戸です。
はいはい、ありました。デッカい靴。

相撲関係者ってのはどうしてみんな足がデカいのかね?
試しに自分の靴を並べてみる。

あれ?
オレの靴と大して大きさ変わんない。
そうなんだ・・
オレも足がデカいんだ・・

あっ!帰ってきたみたいです!
母ちゃんの声。

バタバタ走んなよ・・
ウチ狭いんだから・・

正ちゃん!親方みえてるわよ!

正ちゃん?初めて言われた!
あっ、ちなみにオレの名前、正。厚井正。紹介遅くなりました。
つーか、母ちゃん袖引っ張んなよ!自分で歩けるし!

いつもは開けっ放しの居間の襖が閉まってる。
いるのね。あの中に・・
いるのね。お仁王様が・・

正、わかってるね・・
って母ちゃん何が?
オレは相撲は・・

母ちゃん、襖開けました。

いた・・

座ってる・・

仁王立ち・・じゃなくて仁王座り?

チョンマゲついてる・・でもスーツって・・おかしくね?私服のセンスおかしくね?

こっち見てるよ・・

オッカネェ・・

初めてだ。

大学の相撲部の監督とか、他の相撲部屋の親方・・現役の幕内力士だってこないだ来たけど・・

初めてだ。

こんなにオッカナイと感じたの・・

それから・・

デッケー!

いやいや、身体がじゃない!
身体の大きさだったら、おととい来た元塩潮の松若親方の方が、ずっと大きかった。だって小さな大横綱だぜ。
だから身体がじゃない!

とにかく!デッケーんだよ!
なんかよくわかんないけど!

そのオッカナくてデッケーニオウが・・
オレを見てこう言ったんだ!

いい身体してるな!って・・

そしたらさ・・オレ・・
もっとわかんない!

オレ・・

泣いてた。

なんでかわかんないけど・・

泣いちゃった!

なんで?
嬉しかった?

いやいや、いい身体してるな!なんて、しょっちゅう言われてる!嬉しくなんて全然ない!

とにかく!
わかんないけど・・泣いちゃった。

そんなオレを見て母ちゃんもニオウまでもビックリしてた。
どうした?なんて・・だから、わかんないんだよ!

そしたらオレもう・・
喋れない。母ちゃんの横でヒックヒクしてるだけ。
ニオウが一人で喋ってんのを母ちゃんが聞いてるだけ。

なんでも、今は陣乃幕親方って名前らしいけど来年、断髪式?チョンマゲ切ったら一重親方に変わって自分で部屋を持つんだって、だから要はそこにオレを入れたいって・・

ダメだ!
泣いてちゃいけない!
断らなきゃ!
母ちゃん、何も言うなよ!

はい!宜しくお願いいたします。

母ちゃん!
だから、何も言うなって!

私達はずっと前から決めていました。
ずっと待っておりました。
仁王の富士さんが来るのを・・

母ちゃん?
何言ってんの?

仁王の富士さんが来る事になって、昨日、お誘いをいただいた全ての大学の監督、部屋の親方、全員にお断りのお電話を差し上げました。

母ちゃん?
どういう事?

正は仁王の富士さんの部屋に預けます。
正の親方は仁王の富士さんしかいません!

母ちゃん?
ちょっと待ってよ!母ちゃん!
ダメだ!泣いてちゃダメだ!
ヒックヒクしてる場合じゃない!
言わないと!断らないと!
このまま決まっちゃう!

ニオウを見る。
目が合った。

正くんはどう思う?

ニオウが聞いてきた。

ここだ!
チャンスだ!
断るチャンスだ!

よし!言うぞ!

はい・・

いやいや母ちゃん!

宜しくお願いします。

だから母ちゃん!・・って・・

母ちゃんの声じゃない?

親方の部屋に入りたいです。

って、誰だよ!
今、喋ってんの!

・・・

オレだった。
オレの声だ。
オレが自分で答えてた。

いや違う!
そうじゃない!
断り・・

私の部屋に来てくれるんだね?

はい。

なんでだよ!

どうしたんだよ!オレ!

高校はどうする?卒業まで待つぞ?

高校辞めて部屋に行きます。

あーぁ・・
言えねー。

自分の気持ちと反対の事しか・・
言えねー。

よし!じゃあ、いつでも来なさい!待ってるよ!

宜しくお願いします。(これは母ちゃん)

ニオウ、帰っちゃった。
入門、決まっちゃった。

母ちゃんまで泣いてた。
あんた、突然泣くから心配したよ・・なんてウソつけ!
話、どんどん進めてたじゃねーか!

そっか・・
決まったか・・


晩飯の前に風呂に入った。
ちょっと落ち着いて、色々考えてみた。

そうなんだ・・

ニオウを見てたら・・
なんかわかってきたんだ。

あれがオーラってヤツなんだ。

相撲の横綱。
しかもついこないだまで現役の。

最初にオッカネェとかデッケーって感じたあれ。
あれがオーラなんだ・・

こっちの思いとか関係なくて、自分の所に引き寄せる力・・
あれがオーラ・・

初めてだ・・

なんか・・

カッコイイ。

考えてみたら、ニオウだって相撲だけじゃん!
しかもオレが生まれる前から・・相撲だけじゃん!

だから、あんなオーラばんばんになれたんだ!

カッコイイ!

オレ・・

なんか・・

燃えてきた。

オレもあんなオーラばんばんになりたい!

だから・・

相撲だけ・・

相撲だけじゃなくちゃダメなんだ!

やってやろう!

相撲だけ・・

相撲だけで十分だ!

ニオウの部屋で・・

強くなるんだ!

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