子育て 今日も新聞をソファーに隠す

息子は新聞が嫌いだ。
厳密には、私が新聞を読んでいるのが嫌みたいだ。
1歳半頃から新聞を踏み、寝転んだり足踏みをするなどの妨害行為をしてくるようになった。

「おまえは、猫か。」

最初は笑って対応していたが、それはどんどん激しくなった。奪われ、ビリビリと破られるようになった所で話は別だ。

「なんでそんなことするん!?お母さん読んでるやんか!」

私は笑えず、低い声で怒るようになった。

『なぜ?』
その答えは聞かずとも分かる。

息子は私に構って欲しい。そのためには新聞が邪魔な存在であり排除するしか手がないと、彼は考えてしまったのだろう。

「やめて!」

そう言いつつも、(寂しい思いをさせてしまってごめん。)と母は反省していた。

そういえば昔、私は電話が嫌いだった。
厳密には、母が電話で話しているのが嫌だった。

そしてそれは今も続いている。

家族や友人と一緒に過ごしている時、目の前で電話に出られると腹が立つ。通話の時間が長いほど私の不機嫌は増大していく。

心に張った根は深い。


「帰る」

気持ちに収拾がつけられず、相手を残して帰ったことがこれまでに2回あった。

1度目は、高校生の頃。

母と2人でファミレスに行った時のこと。店内は混み合っており、店先で待っていた時、携帯が鳴った。母は私との会話の途中、迷わず電話をとった。店内に誘導されても、席に着いてもメニューを渡されても、目の前の私には一切構わず楽しそうに話し続けていた。

(もう無理)

何も言わずに店から出た。

(こんな人とご飯なんて食べられない)

泣きながら帰った。

「仕事の電話やってんから仕方ないやん」
後に母が不機嫌に言った。その態度にもまた腹が立った。

「もしかして、あんた私と話したかったん?」

「もういいわ!」

幼少期から、私は電話より価値が低い。
いくつになっても母の一番で在りたい。幼い時に満たされなかった欲求は、いつまでも満たされることを望んでしまうのだと思った。

2度目は、大人になってから。
当時付き合っていた彼とご飯を食べに行ったとき。

お店の入り口の前で携帯が鳴った。彼は私に構うことなく電話に出た。先に店内に入っても、彼は入って来なかった。メニューをジッと見て待ったが、彼は外で話し続けていた。

呆れて、悲しくなった。帰りたくなった。

先に注文をした。

私の前にラーメンが出てきた時、彼も帰ってきた。

怒りで何も話せなかった。

カウンターに2人並び、無言で麺をすすった。

厨房の大将も、気まずそうだった。

私は当時の彼に、母親に貰えなかった欲求を埋めてもらっていた。
だから彼に対して想像以上に絶望してしまったのだと、今となっては分かる。

息子は新聞が嫌いだ。

そして私は電話が嫌い。

『なぜ?』
そんな意地悪なこと聞かないで。

将来、息子が新聞を嫌いなままの大人になりませんように。
私は郵便受けの新聞を、そっとソファーの下に隠した。

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