アルタイルの行間④

「あの人、あれ以来店に来てなかったよな?」
冬二郎の淹れてくれたコーヒーを飲みながら、春輔は尋ねる。
「いいえ、もう一度来てくださいましたよ。春輔がちょうど“里帰り”して居なかった時です」
ああ、“あの時期”ね、と春輔はカップから立ちのぼる湯気を見つめた。
「あの手紙、ちゃんと清書して出したのかな」
「そうだと思いますよ?」
小包に書かれていた住所と名前を改めて確かめると、冬二郎は微笑む。

「…何か知ってるな、お前」
自分に向けられた春輔のじとっとした眼差しに、冬二郎は肩をすくめた。
「知ってると言えば知ってますかね、最初から」
「最初から?!」
「彼女が初めて店に来た時から…、いや、その前からかな」
「…説明してくれるんだろうな」
貴秋が冬二郎と春輔のために作っておいた今日のランチメニューの、からりと揚がった唐揚げを頬張りながら、春輔はじとっとした眼差しを冬二郎に向け続ける。どうして貴秋はあんなにムカつくのに今日もメシはこんなに最高なんだろうな、と悪態をつくことも忘れない。

「私はね、ずっと前から彼女のファンだったんですよ。彼女が自分のサイトに載せていた小説を見つけた時からね」
春輔と向かい合って座った冬二郎は、いただきます、と唐揚げランチの前で手を合わせた。
「何であの人がそのサイトの主だってわかったんだよ」
「“見えた”んですよ、彼女が店に現れた時に」
そう言って、冬二郎は付け合わせのスープを口に運ぶ。
そう言えばこいつ霊感が強いんだっけ、と春輔はまじまじと冬二郎を見つめる。そうだ、「それ」が無ければ、自分はそもそも「ここ」には居ない。

「彼女が、サイトの主がこの街の住人であることは何となく勘づいていました。作者が時にどうしようもない心の内を物語に託していたその舞台は、この街の風景にとてもよく似ていましたから」
春輔がテーブルの上に置いたままの、表紙に青や黄色の星を散りばめた本に目をやって、冬二郎は微笑む。
「いつの頃からか、その物語にある場所が加わるようになった。細部まで克明に、深い愛情をもって描写されたその場所は、私もよく知っている場所を彷彿とさせた」
「何処なんだよ」
「去年閉館したシネマ・アルタイル、春輔は行ったことありましたっけ?」
「ああ、何度か。古いけど雰囲気のいい映画館だったよな。まあ、ちょっと老朽化し過ぎてたけど」
「彼女が手紙を書いた相手はね、そのアルタイルの窓口の人ですよ」


⑤へ続く

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