アルタイルの行間②

「これ、お客さんのだろ?」
春輔が差し出してきたノートの切れ端を目にした女性の顔が、みるみる真っ赤になった。
「どこに、どこに落としたのかと思ったら…。あの、あの、わたしのです、わたしのですから、早くその…」
ぶるぶると声が震えている。やっぱりお客さんのか、じゃあ、と春輔が最後まで言い終わらないうちに、引ったくるように切れ端を掴んだ女性は、真っ赤な顔をしたままうつむいてしまった。

「ごめんな、そんなつもりはなかったんだけど、俺、うっかり読んじまったんだ、それ」
この世の終わりのような表情を浮かべた女性に、まあ最後まで聞いてよ、と珍しく真面目な顔をして春輔は続ける。
「もしそれが俺宛だったら、俺、100%落ちる」
「ち、違います!これはそういう意味の手紙じゃなくて、ただの、ただのお礼の手紙で…」
「わかってるよ。それでも、だよ」
鳩が豆鉄砲を食ったような、とはこういった時に使う表現なのだろう。ぽかんとして春輔を見上げる女性は、春輔の言葉がよく飲み込めていないようだった。

「俺、こんな心のこもった綺麗な手紙、初めて読んだ。本当に好きなんだな、この人のこと」
「違います!違いますってば!」
これ以上真っ赤になりようがないくらい真っ赤になって、彼女はかぶりを振る。
「違ってもいいけどさ、んで余計なお世話かもしれないけどさ、その手紙ちゃんと渡した方がいいぜ。下書きだろ、それ」

彼女は二週間に一度程度のペースで店にやって来る、そこそこの常連だった。紅茶が美味しいと評判のこの店の、貴秋が用意する日替わりランチに冬二郎が淹れる絶品の紅茶を添えて、デザートにチーズケーキを付けるのが、彼女の定番だった。
店のテーブルに、彼女はいつも手のひらサイズの小さなノートを広げていた。時々頭を抱えながら、そのノートに何かを書き込んでいるのを、春輔は度々目にしていた。給仕をしながらふと目に入ったその文面から推測するに、小説のアイディアらしかった。

テーブルを片付けていた春輔が、皿の下敷きになっていたその切れ端を見つけたのは、先週のことだった。捨ててしまってもいいものなのだろうかと、少しだけのつもりで目をやったその文章に、春輔は釘付けになってしまった。昼間の喫茶店に、星が降ってくるような、気がした。

「これは、これは小説の感想を頂いたから、そのお礼で…。決して、決してそんな深い意味は無いんです、そんな意味は無いんですホントに」
恥ずかしさのあまりに虚ろな目をして必死にかぶりを振り続ける彼女を、少し申し訳ないような気持ちで春輔は見つめた。
「やっぱり小説書いてるんだ、お客さん」
いつも持参しているノートのことだと勘づくと、ええ、とまだ赤い顔をしたまま彼女は小さく頷く。

「どこかで買えるの?お客さんの小説」
「いえ、デビューとかしてませんから、わたし…」
「でも、感想貰ったって」
「それは、ちょっとだけ自費出版した冊子のことで…。おばあちゃんが、祖母がどうしてもお前の書いた作品を読みたいって言ったもので、祖母のために少しだけ作ったんです。祖母はそんなこと言ってない、ってとぼけてたけど…。そうしたら、じゃあついでに趣味の集まりで売ってみないかって誘われて、その時に…」

よく映画館に来てくださる方ですよね?
麦穂さん、とおっしゃるんですね。

爽やかな笑顔で2冊分の冊子の代金を払う青年の、耳に心地好い低音を思い出して、彼女は、麦穂はまた真っ赤になる。
まさか、あの人が自分の小説に感想の手紙をくれた最初の人物になるなんて。

「感想の手紙なんて、初めて貰ったんです。だから、その、嬉しくて…」
「うん、その気持ちがめちゃくちゃ伝わってきた。感想書いてくれた人もさ、こんな返事が来たら、出して良かったって絶対思うぜ。だから、ちゃんと返事書きなよ。絶対、うまくいくからさ」
だから違いますってば、と麦穂はとうとう涙目になる。


③へ続く

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