アルタイルの行間①

「冬二郎、小包だってよ」
店の奥でパソコンのキーボードを叩いている眼鏡の男に、薄い色の目をした青年が声をかける。

ランチの提供時間を終えた喫茶店に客の姿はない。エサを貰えるのかと勘違いした店の飼い猫が、飛び起きて青年の足元にまとわりついた。
「ごめんな朱夏、これはたぶんお前には食べられないぜ。あとでおやつやるからな」
眼鏡の男に小包を渡すと、青年は少々太めの猫を抱き上げる。朱夏は嬉しそうに喉を鳴らした。

「ああ、ありがとう、春輔」
冬二郎と呼ばれた、銀色の縁の眼鏡をかけた男が、春輔の少年のような横顔に微笑みかけた。
「冬二郎も隅に置けないな、チョコ郵送してもらえるなんてさ」
「残念ながら君の予想は外れですよ」
ニヤニヤしている春輔に、包みを解き終わった冬二郎がくすくすと笑う。

体型の割には大きな手で冬二郎が差し出してきたものを、春輔は意外そうに眺めた。
それは本だった。どうやら、同じものが3冊入っていたらしい。
「私たちひとりひとりに送ってくださったようですね。貴秋が戻ってきたら忘れずに渡しましょうね」
買い物に出ている料理担当の青年の名前を呟きながら、冬二郎は添えられていた手紙に目を落とす。

「俺、本なんか読まないぞ」
そう言いながらも春輔は、美しい装丁の施された表紙をじっと見つめた。青や黄色や緑がきらきらと光るそれは、まるで星空のようだった。

「とてもいい本ですよ。春輔もきっと気に入りますよ」
手紙を読み終わったらしい冬二郎が、自分宛の1冊を店内の書棚に収める。
「何だよ、お前は読まないのかよ」
「私はもうこの本を持っているんですよ。発売日にちゃんと本屋さんで買いました。もちろん全部読みましたよ。だからこの1冊は、お客さんのためにお店に置いておきましょうね」
冬二郎のどこか嬉しそうな様子を、春輔は怪訝な顔をして眺める。

「そもそもこの本、誰からなんだ?何で店に?」
「春輔は覚えてないですか?去年のこれくらいの時期に、春輔が忘れ物を渡してあげた女性のこと」
朱夏を膝にのせて、テーブルの上に置いた本をめくりながら春輔が唸る。必死で思い出そうとしているらしい。

ふと開いたページの一節に目を留めた春輔は、あっと声を上げた。
「あの常連の女の人か!よく、店で何かを書いてた、いつも必ずチーズケーキを頼む、あの…」
そうですよ、あの人ですよ、と冬二郎が頷く。
「あの人、やっぱり作家になったんだ」
本など読まないと言っていた春輔が真剣にページをめくり始めたのを眺めている冬二郎は、やはりどこか嬉しそうだ。
「これが最初で最後の1冊かもしれません、なんて謙遜してましたけどね」
そんなことないだろ、と呟くと春輔は、偶然開いて見つけたあの一節に、再び目を落とした。


②へ続く

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