【脚本練習】魅力ある男 「いつかの音」
人 物
島津洋雄(52) ライブハウス「OTOオト」従業員
福島光太郎(21) 学生
前田康二(59) ライブハウス「OTOオト」経営者
秋山このみ(28) ライブハウス「OTO」アルバイト
山下伸介(36) バンド「ドギー」メンバー
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○ライブハウス「OTO」店内
地方都市の繁華街の雑居ビル内。ドラムセットとマイク数本、ギタスタンド、キーボードが並ぶ三メートル四方程度のステージがある。カウンターとテーブルに椅子が上げられている。島津洋雄(52)がテーブルを解体して脚を丁寧にチェックし、ヤスリをかけるなどの作業をしている。福島光太郎(21)が外側からドアを少しだけ開けて、島津の様子をしばらく見つめているが、体を動かした拍子にドアについていた鈴が音を立てる。手を止めて顔を上げる島津。動揺する様子でドアを開けて立ち尽くす福島。
福島「…あ、あの、すみません」
島津は道具を置いて、立ち上がる。
島津「オープンは七時なんですよ。今日のバンドはドギー。彼らなかなかいいよ
ね」
福島「いや、そうではなくて」
島津「ああ、そっか、ごめんなさい。マスターに用事?えっと、厨房でタバコ吸ってんだと思う。ちょっと待っててください。呼んでくる」
福島「あ、あの、ZIGSジグズのヒロさんですよね?」
島津は立ち止まってゆっくり振り返る。
島津「…うーんと、若そうなのにえらく昔のバンドの名前知ってんだねえ、君」
福島「ドラムのヒロさんですよね。僕は福島光太郎と言います。弟子にしていた
だこうと思ってきました」
島津「えっと…君、福島くん?なんか勘違いしてないかな」
福島「勘違いなんかしていません。ずっと探していたんです。島津洋雄さん、見つ
けました。僕を弟子にしてください」
島津は床に座り椅子の脚の修理に戻る。
島津「ZIGSジグズっていうバンドは知ってる。随分前に解散しちゃってるよ
ね。まあ、それにはそれなりの理由があるんだろうから、忘れてやるのが親切じ
ゃないのかなあ」
福島「ヒロさん、すみません。だけど僕ずっと探して、やっと見つけたんです。弟子にしてください」
島津「だいたい弟子って…今どき?」
福島「…じゃあ、すみませんが、ここで働かせてくれませんか。掃除でも皿洗いでもなんでもやりますから」
島津「いやいや、この店はオレのもんじゃないんだ。掃除も皿洗いもここではオレの仕事なんで横取りされたら迷惑なんだけどな」
福島「オーナーさん、厨房ですか」
福島は入って探そうとする。
島津「おいおい」
島津は福島の手を掴み顔を寄せ脅す。
島津「福島くん。申し訳ないけど帰ってもらえないか。ここには君の探している男はいないよ」
島津がドアを開けて福島を追い出す。(ドアベルの音)奥から前田康二(59)が
戻ってくる。
前田「あれ?誰か来てた?」
島津「いや、ちょっと埃が立ったから空気を入れ替えただけ」
テーブル脚のやすり掛けを丁寧に始める島津。
○雑居ビル・一階外(夜)
繁華街の雑踏。ライブハウス「OTO」の文字が点灯する。
○ライブハウス「OTO」店内
中程度の客の入り。ステージではドギーが演奏している。フロアを行き来する秋山このみ(28)。カウンター内に前田。ドアが開いて福島が入ってくる。このみが気づいてめくばせをして、開いた席をしめす。
このみ「いらっしゃいませ。メニューです」
福島「えっと…クラフトビールOTOお願いします。それで、できたらオーナーさんにお会いしたいんですけど」
このみ「オーナーさん?あ、マスターのことか。あれですよ」
このみはカウンター内の前田を指差す。福島は立ち上がりカウンターに向かう。前田は福島にビールを渡し、話し合う二人。ドギーの演奏が続く。
○ライブハウス「OTO」店内
営業終了後、客がいないフロア。山下伸介(36)たちドギーのメンバーが楽器を片付けている。前田はレジをいじり、このみはカウンターで皿を拭いている。島津が厨房から出てくる。
山下「島津さん、カタカタいう音、取ってくれたんすね」
島津「ああ、あれね、気になってたよな」
山下「なんだったんすか」
島津「あのテーブルの脚が犯人だった。うまいこと削って安定させた」
山下「さすが、なんでもできる人だなあ…助かりました。じゃ、僕らはこれで。あ
りがとうございました」
前田「ああ、お疲れさん」
山下たちは出ていく。
このみ「あれ?マスター、あの若者どうしました。帰ったの気づかなかったな」
島津「若者?」
前田「えーとね、福島光太郎君21歳ですよ。なかなかの好青年だけど住むとこない
んだっていうからさ。上の部屋いっこ貸してやった」
島津「ちょっと!オレの隣の部屋?」
前田「なんでもZIGSジグズっていうバンドのドラムの男を探してうちを出てき
たんだってさあ。ばかだよなあ?」
島津「…ここに住ませるのか」
前田「今どき珍しいだろ。おもしろそうだから。うちでバイトもするっていうし」
島津「もう一人雇う余裕なんてあんですか?この店」
前田「そうそう、よく気づいてくれました。申し訳ないんですけどね、島津さん。
あなたの今の仕事半分光太郎くんに譲ってあげてくださいよ」
島津「はあ?」
前田「だからさ、厨房の作業はすぐにはむりでも、他の雑用は彼にやらせればいい
よ。お前さんの仕事が減った分を彼の時給に回す」
島津「そんな勝手な…」
前田「師匠なんだからそのくらいしてやれよ。このみちゃん、ビール缶三本」
このみはカウンターにビール缶を並べる。前田が二本取って一つを島津に渡す。前田は缶を開けて一口飲む。
前田「ヒロよお。こりゃなんかのお告げみてえなもんかもよ。ライブハウスOTO専属用務員の島津さんは料理もできるけど太鼓叩きも上手かったんだーってことそろそろ思い出せよ」
島津「いや、オレは」
前田「ヒロさんに弟子入りするって言ってるからさ、まずはOTOの専属用務員仕
事を教えてやるんでどうなのよ」
島津はビールを開けて一気に飲み干す
島津「…じゃ、今日はこれで」
島津は飲み終えた缶を片付けてから店を出ていく。
このみ「島津さんってほんとにドラマーだったんだ」
前田「十代の終わりに一人でニューヨークに行っていろいろ修行して帰ってきて、
日本でもちょっとした人気バンドにいたんだ」
このみ「解散しちゃった、って?」
前田「メンバーが不祥事を起こしてね。ちょっとかわいそうだったよ。あいつが世の中から姿を消すのにオレが少し手伝った」
このみ「田舎のライブハウスの用務員さんにしちゃ、結構イケてるおじさんだなと思ってました」
前田「空気を斬るんだよ、あいつの音は。も一回聴きてえな」
暗くなった店内のステージ上のドラムセット。
○雑居ビル・外階段(早朝)
OTOの店の鍵を開ける島津。
○雑居ビル・外階段(早朝)
OTOの店の鍵を開ける島津。
○ライブハウス「OTO」店内
ステージ上のドラムセットを整える島津。各ドラム、ペダルの角度や位置を
念入りに調整する。ケースに入ったスティックを取り出してそれぞれの楽器
の響きをチューニングしていく。カウンターから水をとって飲むと、ドラム
セットに座りイントロを演奏し始めるが中断。
島津「…クソ」
スティックを置く。
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