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【小説】『さえない私の復讐』

友達と信じていた人の突然の心変わりは納得がいかない。そして、人の心を弄んだ後に、何事もなく日常に戻る無神経さにも。

ふつり、どぷりと、心の中でマグマがはねる。

いつも通りのいつもの部室。

早い時間から、オレンジに焼ける教室が、もう秋なんだなと感じさせる。

校門が閉まる予鈴が鳴り、それぞれが出していた楽器を片づけ始めた。

クラリネットをケースにしまう前にスワブで管内の湿気をとりながら、私は隣にいたさくらに声をかけた。

「ねえねえ、この課題曲やたら難しくない?」

さくらは、私の言葉が聞こえなかったのか、返事もなく黙々と片付けを続ける。

「拍のとりかたが分かりにくいし、合奏の時のテンポ早すぎて、ますます分からないよ。ついていけない」

さくらは何も言わず、手荒にパチンとケースを閉じると、立ち上がって、楽器室に行ってしまった。

「あれ? さくら?」

何も言わないさくらの後ろ姿を見て、私は分解したクラリネットを両手にぽかんとした。

なんか私したかな?

合奏の時、何度も同じミスをして、クラリネット隊全員が叱られたから?

いやいや、さくらだって昨日までこの曲の難しさを愚痴っていたし。

私の練習量が足りないって呆れてるのかな。

とはいえ、そんなに指が回ってないわけでもないし。

なんだなんだ。

首を傾げつつ、私もクラリネットをケースにしまって、楽器室に向かった。

楽器室は楽器をしまおうとする部員で混みあっていて、部屋に入ることも順番待ちだった。

他愛のないお喋りがあちこちで咲く。

「ねえ、この課題曲難しいよね」

楽器室に入る列の最後にいた、フルートを吹いているともこに話しかける。ともこはちゃんと頷いたふうに見えたのに、次の瞬間、ぎこちなく私から視線を逸らして、首を曖昧に振る。

「どうかしたの?」

なんか、変。さくらも、ともこも。

「あ、ねえ、さくら!」

ともこは明らかに私を無視して、部屋の中にいたさくらに声をかける。

何この不自然な仕草は。

不穏なマグマがお腹の中で、ぐつりと揺れる。

部員がそれぞれ楽器をしまい、「おつかれ」と言いながら、三々五々帰っていく。

最後の方だった私が部室に戻ると、いつも遅くまで残って喋っているさくらたちがいなかった。

「これは、あれか。外されてるというやつか」

がらんとした部室を見渡し、小さく呟いたはずの声が大きく響いた。

私、なんかした?

さくらたちの機嫌を損ねるようなことを、なんかした? 記憶にない。

どこかの大臣じゃないけど、本当に「記憶にございません」だ。

突然わけもわからず、こんな目にあうのは納得がいかない。

むかむかと腹が立ち、苛立ちのまま鞄を取り上げて、昇降口でローファーに履き替えた。

学校から駅へ、薄暗くなりつつある通学路を一人とぼとぼと歩いた。

考えることは、ずっとさくらたちになにをしてしまったのかと記憶を辿るようなことばかり。でも、何も思いつかない。

さくらとは、中学は違ったけど、お互い中学も吹奏楽部で、何度か大会で顔を見たことがあった。高校に入っても同じクラリネットを吹いているからと、すぐに仲良くなれたのに。

駅は賑やかに帰宅する高校生ばかりで、なんだか余計に疎外感があって憂鬱だった。

この理由の分からない仲間はずれは、1ヶ月ほど続いた。

その日は呆気なく、そしてまた何の前触れもなく訪れた。

「えみ、この課題曲の拍のとり方教えてよ。今もまだ分からないって、私やばすぎ」

さくらが合奏前の個人練習で、いきなり話しかけてきたのだ。

さくらは笑っていた。

この1ヶ月はなんだったのか。

この状態に何を思えばいいのか分からず、私は頭がぼうっとして、クラリネットを構えたまま、すぐに返事ができなかった。

「えみ?」

「え? ああ、うん……。えっと、どこのとこ?」

さくらは笑みを深くして、「ここなんだけど」とさらに距離を縮めてきて、私の楽譜を勝手にめくって、指をさした。

どぷり、とお腹の中で不穏なマグマが揺れる。

なんなの、これは。調子よすぎない?

さくらと口をきいてもらえない1ヶ月中の部活は、針のむしろだった。みんなどういうわけかさくらの味方で、誰も必要以上に私とは口をきかない。

さくらがこの部活の影の部長のようだった。実際そうなのかも。それに気づけなかった私は、かなりの鈍感なのかも。

さくらが私と話をした日を境に、我もわれもとみんな私に話しかけるようになった。

ぐつり、ぐつり。どぷん、どぷん。

曖昧な笑顔を貼り付けて、私はみんなの話に向き合う。

バカみたい。私も、みんなも、さくらも。

さくらの嘘くさい笑顔と仲良しごっこも。

話しかけられる度に笑ってこたえると、「もう、私を外さないで」と自分が周りに懇願している哀れな人間に見えるようで腹が立つ。そんな私をさくらたちが陰で笑っている気がして、さらにやるせない気分になった。

私はなにもしてないのに。

おさまらないお腹のマグマが、どぷんどぷんとさらに温度と、粘度を増していく。

日々は何事もなかったかのように過ぎていくけど、私のお腹のマグマは沸騰し続けた。

どうしたら、このマグマを一番効果的に、致命的に、さくらにぶちまけられるのか私は思考をめぐらせる。

このまま引き下がって、陰で笑いものにだけなって終わるなんて絶対嫌だった。

なんとかしなきゃ。

合奏の途中で、さくらが主旋律を吹くのを邪魔する?

自己顕示欲が強いさくらは、合奏中に主旋律をソロで吹くのをかなり自慢に思っているようだ。

そこを知らん顔して、私が代わりに吹いてしまう、とか?

バカバカしい。

そんなの、すぐにみんな私の意図に気づいて、逆に私がバカをみるだけ。

拍が分からないというなら、わざと違う拍の取り方を教えて恥をかかせるという手もある。でも分からないにしても、いつか絶対違うって分かる。

アホらしい。合奏が上手く進まなくて顰蹙をかうのは、クラリネット隊全員だ。

もし、さくらがわざと私に拍の取り方を聞いているのだとしたら、今度外されるのは1ヶ月では済まないかも。

くよくよ悩んでいるうちに、1ヶ月はあっという間に過ぎた。

復讐を誓ったものの、何をしたらいいのかまるで分からない。

私の頭つかえない……。

ただの人のいいバカ、そのものだ。

内心で地団駄を踏みながら、さくらやともこたちと何事もなかったかのようにへらへらと笑う日々。

お腹の中のマグマはさくらやその周りへというより、情けない自分への怒りとなって渦巻くようになった。

面白くもないのに、話しかけられれば愛想笑いする自分。

くだらない復讐しか思いつけない、情けない自分。

また外されたらどうしようと不安がるだけの臆病な自分。

「いい子」な自分、「あいつ、あんなことされたのに、いつまでもへらへらしてアホだね」という周りからの視線を、曖昧な態度でしのぐばかりで、はね返せない自分。

自分がここまで無能で、平和ボケしたバカだと思わなかった。

もういいやとは絶対思いたくないし、思えないのに、有効な手段が思いつけない。

なんだか、私の中で正当に怒り狂っていたマグマがかわいそう。

「えみ先輩っていい人ですね」

さくらが病院に行くとかで、部活を欠席をしていたある日、後輩のかなが、話しかけてきた。

「え? そう?」

「だって、さくら先輩のあれ、もう許してあげてるんでしょ?」

「え。え?」

「あんなの絶対嫌だし。私だったら、部活やめてるかも。みんな言ってますよ、えみ先輩の方が強かったねって」

「はあ、そう、なの?」

「さくら先輩の完敗ですね」

かなは「えみ先輩、尊敬です」と笑って、「個人練習行ってきます」と離れていった。

さくらの負け。

私が強かった……?

ただ悩んで時間が経っただけなんだけどな。

まあ、そういうことでいいのか。

拳はわざわざ振り上げなくて良かったのかもしれない。

分からないけど。

私は個人練習と言って、一人屋上に上がった。

こういう時は、もう無心で練習するしかない。

それだけは確かだ。

復讐をまだ終わらせるつもりはないけど、あとから思いついても今のところはいいのかもしれない。

【今日の英作文】
「来る日も来る日も泣いていた。でももう終わり、雨は上がりました。」
I had been crying day after day. But it had been over and the rain had let up.

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