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昔、酔っぱらい嫌いだった私へ。

表題イラスト/©宇佐江みつこ

こちらのnoteで不定期連載している『美大時代の日記帳』は、そのものずばり、私自身が美大生当時に夜な夜な書いていた日記をもとに書かれた文章である。記事化できそうなネタを探す一方、読み返していると、当時の自分の思考回路が克明に描かれていて、非常に興味深い。

たとえば20歳の日記に、酔っぱらいについて書かれたこのような記述がある。

お酒というものを少しずつ呑むようになってみると、自分は意外と呑んでも何も変わらないのでお酒に弱くないのかも、と思うと同時に、呑み会での認識が変化した。
この人たちは、こんなにべろべろになるくらいいったい何故呑むのだろう?たとえば先日のバイトの呑み会。美大の呑み会に比べたらずいぶんおとなしく、悪ノリして暴れている人もいない。でも確実に、皆酔っている。
私に話しかけてくれたYさんも意識はちゃんと保っているようだが陽気になりすぎているし、どこまで会話に集中しているのかわかりかねて、話しづらかった。せっかく同じ中日ファンとわかり盛り上がれそうだったのに。
酔っている人間は中身のある会話が出来ない。

by小娘の頃の私

Yさん、ごめんなさい…。

短期間のバイトだったので今はもう顔も名前も思い出せないけれど、おそらく、呑みの席でぽつんとつまらなさそうに鍋底をつついていた私を見て、親切に話しかけてくれたというのに、おいお前(←自分)。酔っぱらい批判しとる場合じゃなく先輩の気遣いにちゃんと感謝せんかい!

お酒が好きになるか否かって、もちろん体質がいちばん関わるけれど環境も、すごく大きいと思う。私の場合、同居していた祖父や父が毎晩呑むタイプ(ただし家ではちゃんと1本で終わりにする)で、いっぽう母はまったく呑めない人。人それぞれだなあと思いながら美大生になり、浪人生(=新入生でもすでに成人)と酒豪がひしめく世界で派手めの酔っぱらいたちを目にすることが多かった反動で、自分がお酒を呑める年齢になって以降も、どこか斜に構えて酒好きな人たちを遠目で見ている感じだった。

それが一変したのは会社員になってから。
良くも悪くも昭和の価値観丸出しな、おじさんだらけの会社に就職した私はお酒を呑む機会がぐっと増えた。別段強要という感じでもなく、注がれれば呑む私を見て上司が喜んで注ぎ足してくれるからさらに呑んだ。ジョッキと違って瓶ビールだと、自分がいったい今どれくらいの量呑んでいるのかわからないことも気づかずに。
そうして私は新入社員歓迎会の翌日、人生初の壮絶な二日酔いを経験した。

以来すっかり懲りたかと思えばまったく逆で、学生時代のあの潔癖さは何処へやら、なぜか私は「お酒大好き、ハイ行きます!」という思考回路へと、劇的に生まれ変わった。
当時直属の上司だった人がこれまた度が過ぎた酒好きで、仕事が早めに終わりそうな日はしょっちゅう呑みに連れて行ってもらった。制服のまま会社を飛び出し、パチンコ屋でトイレだけ借りてジーパンに着替えて思う存分呑みに繰り出すという、背伸びしたい女子高生みたいなことを20歳をとうに過ぎてから恥ずかしげもなく行っていた。

同期たちともたまに呑んだが、大学時代と違い社会人になると「今日このまま呑みに行こうぜ!」というノリが、お互いの仕事の進捗具合や勤務地の距離によって簡単にはできなくなる。もし、人生でいちばんお酒を呑む頻度が多かったこの20代前半の頃、始終つるんでいたのが件の上司じゃなくて別の誰かだったら、その後の私のお酒の呑み方はきっとまた違っていただろう。ビールを注いでもらうとき、コップの中身を呑み干してから相手に差し出すなどという真似も、おそらく身につきはしなかっただろうし…。(※無理してまでは呑み干す必要ありません。)

「こんなにべろべろになるくらい、いったい何故呑むのだろう」と、かつての私は日記で彼らに問うた。


その十数年後、呑み会帰りにリバースしそうになり、おろしたてオニュウのトートバッグのなかにそれをぶちまけて帰宅後の玄関でかばんの中身をひとつひとつ並べ、処分するものと生存者とを仕分けするという世にも悲しい品評会を真夜中に繰り広げたりしているとき、ふと、こんな滑稽な姿を晒している自分をあの頃の私がみたら軽蔑するだろうかと考える。財布、愛用のデジカメ、腕時計、新品の図録、ペンケース、買ってまだ数回しか袖を通していないコートとワンピース―それらをまとめて処分せざるおえない大失敗をやらかした愚かな私を「もう二度と呑むなっ!」とあの小娘は叱るだろうか。
しかし私は懲りない。

陽気になっていいじゃないか。
会話が意味なくたっていいじゃないか。


学生時代は努力すればそれなりのものが手に入った。けれど社会人になると自分の価値観、他人の価値観、社会のルール、組織のルール。それぞれが複雑に絡み合いにっちもさっちもいかなくなって、今日スムーズだったことが明日以降もずっとスムーズに行くなんて保証はどこにもない。ひとまず皆、今現在を滞りなく進めて行くことに必死である。

それだけ毎日気を張っているんだから、多少の失敗談は酒の肴にして、無意味なことでげらげら笑うくらいが酒の席ではちょうど良いのだと今は思う。もちろん、そこにアルコールもノンアルコールも関係ない。


ビールがおいしい季節。
最後にお約束で締めましょう。さん、はい。

「お酒は楽しく、適量に。」





今週もお読みいただきありがとうございました。
実は今日も、非番だったので呑兵衛たちと午後3時から呑んでいました。昼酒は解放感があって時間もたっぷりあるし楽しいけれど、私は情けない程すぐ顔が赤くなるタイプなので、量は控えめに。
皆さんは、どんなお酒の思い出がありますか?

◆次回予告◆
『ArtとTalk㉙』入るの怖い?画廊・ギャラリーのおはなし

それではまた、次の月曜に。


*おすすめ本*
「のだめカンタービレ」の二ノ宮知子先生が贈る最強・酔っぱらい列伝!↓


*冒頭ご紹介した「美大日記」のまとめはこちら↓


*宇佐江みつこの四方八方。その他のエッセイはこちら↓


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