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広島城へ

広島県広島市広島城へ。

カープのお膝もと、平和記念公園、原爆ドーム、厳島神社と宮島、お好み焼きと紅葉焼き、そして広島城。
広島行くと決めて、思い浮かぶこと、こんなにあった、そうだ、厳島神社のちかくには豊国神社もある。
さぁ巡っていこう。

まずは広島城へ。
広島城は、別名鯉城(りじょう)ともいわれる、お城のある付近一体を、己の浦(こいのうら)の音が鯉に通じることから呼ばれるように。広島カープと同じ由来だそう。

広島合同庁舎や裁判所がならぶ都会的な街の中に、お堀が現れ、その堀に浮かぶように二の丸跡が見える。
江戸時代の広島城は、今も残るこの内堀と、ひと回り外に中堀、原爆ドーム近くまでを囲む外堀、ここまでは石垣が築かれていた。さらに、西側には天然のお堀大田川がある、ここまでお城の敷地が西に広く取られていたそうだ。

三の丸跡から入り、二の丸を通って、本丸へ。
本丸が今も水が張られている内堀、内堀の内側の石垣に囲まれているので、中に入るという感じになる。
本丸は、本丸下段・本丸上段と、段々と高くなっていく。上段へ上がると、さらに北の端に高く黒く荘厳な天守が見えてくる。近づいてみると、天守の外壁が木造で、その部分が黒くみえたもの。当時は松材が使われていたそう。

広島城、天守跡の正面から

訪れた日が、3連休の中日、外国の観光客と見える方たちも多く、9時からの天守の開門には行列ができていた。
中は5階層作り、階段で上がり1番上の展望室に向かう、天守の1番上、展望室から外にも出られて、広島の街を一望できた。
華頭窓も外側から眺められる。

お城を訪れ、天守に登っていつも思うのだが、本当に見晴らしがいい、そういう場所に築城されているからだろうけども、この景色を見て、昔のお殿さまは何を考えていたのかなと。
そして、高さにもおどろく。
今は、建築法に基づき安全が確保されているだろうから安心して、時折り吹く強い風に飛ばされそうになることが少し怖いだけだけども、江戸時代、地上約40メートルのこの天守の窓からの景色、どんな心持ちだったのだろう、何を見ていたのかな。
初代城主、毛利輝元は、豊臣秀吉が築いた大阪城と城下が一体化する様をみて、政治、経済の中心となる城郭の必要性を感じ築城を決めたとのこと。
高い天守から、天気が良ければ見える瀬戸内の海と、足元の城下の町の民、その生活も見守っていたのかしら。

広島城は内堀が、12メートルほど、天守自体が27メートルほどの造り、
入り口から導かれるままに上がってくると感じない高さは、ビル10階建ほどの高さ。

天守を見た後は、内堀の石垣の上に復元されている櫓たち。中に入り見学も可能(しかも無料)。長廊下のような櫓の中も丁寧に復元されていて、三角の狭間から覗くお堀が面白い。

狭間と、狭間の蓋が置かれています

広島城から、南に向かい、原爆ドームと平和記念公園へ。
宮島に向かい、厳島神社へも、この辺りはまた次回に記載してみたい。

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