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愛と正義の赤ちゃんごっこ【5ーB】

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「なにやってんだ! はりつけ! とめろ!」

 グラウンド中に響きわたるギュンちゃんのどなり声。男の子たちが一生懸命ボールを追いかけていく。あーあ、また入れられちゃった。これでもう、3点目だ。

「意外と熱血なんだね」

 私がそう言うと、ギュンちゃんはにやっと笑った。

「きょうはせっかく愛ちゃんが来てくれたからさ、コーチとしてカッコいいとこを見せようと思って。どう?」

「うん、カッコいい」

 ふたりで声を上げて笑った。

「楽しそうだな、うちが負けてるってのに」

 石黒さんがそう言って、ベンチにドカっと腰を下ろした。

「すみません」

「いや、愛ちゃんに言ったわけじゃなくて」

「気にしなくていいよ愛ちゃん。こいつオレたちに嫉妬してんだよ」

 石黒さんも来るなんて、ギュンちゃんからはひと言も聞いていなかった。来るなら来るって言っておいてくれればよかったのに。おべんとう、ふたりぶんしかつくってない。

 そんなことを考えている間に、やっとうちのチームにもチャンスがめぐってきた。

「がんばれー!」

 ベンチにひかえている子たちといっしょに声を上げる。ギュンちゃんのチームだから、というのもあるけど、ひさしぶりのスポーツ観戦はやっぱり楽しい。

 ギュンちゃんと石黒さんは、三田塾大学の経済学部で同じサッカーサークルに入っている。石黒さんは付属校から、ギュンちゃんは違う高校から進学したらしい。サークルで知りあって、いまはこうして付属の小学校でサッカー部のコーチをしている。ふたりと違ってサッカーのことはよくわからないけど、中学時代は私だってバレー部でそれなりにがんばっていた。とにかく声を出そう。気合だけはだれにも負けないように。

 相手チームのゴールポストにあたったボールがグラウンドの上をころがっていく。そこで試合終了のホイッスル。午前の試合は0―3で負けてしまった。

「うまそう」

 ベンチの上にひろげたおべんとうを見てギュンちゃんが言った。

「ありがと愛ちゃん。いただきます」

「あっ、おにぎりだけじゃなくてパンもあるよ。フランクフルトが食べたいって言ってたから」

 バスケットいっぱいにつめこんだおべんとうは、見た目はちょっと悪いけど、全部ギュンちゃんのリクエストどおり。おかかのおにぎりはもちろん、ジャガイモはサラダに入っているし、フランクフルトはチーズといっしょにパンではさんで、サンドウィッチにしてある。

「いいね、これ。日独の共演って感じで」

 パンからはみ出たソーセージをかじりながら、ギュンちゃんはにこっとほほえんでくれた。ごはんを食べている好きな人をながめるのって、なんでこんなに楽しいんだろう。ちょっと大変だったけど、早起きしてよかった。

「いいなあ」

 となりのベンチで石黒さんが、コンビニのおにぎりを食べながらそうつぶやいた。

「よかったらどうぞ。あたしダイエット中なんで」

 しかたなく自分のぶんのサンドウィッチをさし出す。

「え、いいの? ありがとう」

「よかったな」

 ギュンちゃんを無視して、石黒さんはもくもくとサンドウィッチをかじっている。

 ふとグラウンドのほうを向くと、何人かの男の子たちがにやにや笑いながらこっちを見ている。そのうちのひとりがまわりの子にうながされ、声をかけてきた。

「あの、灰塚コーチの彼女ですか?」

「えっ? えっと……」

 どう答えればいいのかわからなくて、私は思わず苦笑いした。助けてもらおうと思ってふり向くと、ギュンちゃんまでいっしょになってにやにやしている。顔が熱い。私は恥ずかしくなるとすぐに顔が赤くなってしまう。たぶんいま、まっ赤になってるだろうな。

「余計なこと考えてないで午後の試合に集中しろ」

 ギュンちゃんはそう言って、男の子の頭をこづいた。

「オレも、サッカーがんばればコーチみたいにモテますか?」

「どうかな?」

 チラッとこっちを見るギュンちゃん。ますます顔が熱くなっていく。

 グラウンドを照らす夕日がギュンちゃんと私の影を映す。ふたつの影が寄りそって伸びていく。

「ごめんね愛ちゃん、せっかく応援してくれたのに……」

 私が見上げると、ギュンちゃんはちょっと疲れた顔でほほえんだ。

「ううん、試合は負けちゃったけどたのしかったよ」

「みんな愛ちゃんに元気をもらったよ。ありがとう」

「あたしのほうこそありがと」

 ふいに石黒さんが私たちの後ろから口をはさんだ。

「ギュンタ、おまえバイクで来たんだろ? 愛ちゃんはオレが電車で送ってくよ。ね? 愛ちゃん」

「はあ」

 思わずため息みたいな返事をしてしまった。

 広尾の駅前でギュンちゃんと別れ、石黒さんとふたりで構内に入った。なんとなく、空気が重い。

「行きはどうやって来たの?」

 石黒さんの質問にスマホをいじりながら答える。

「中央線で新宿に出て山手線で恵比寿まで」

「じゃあ、帰りもそのルートで行こっか」

「はい」

「愛ちゃん?」

「はい?」

「もうバレてると思うけど、オレ、前から愛ちゃんのこと好きだったんだ」

「はあ」

「そんなに不安そうな顔しないで。いまさらどうこうしようってつもりはないし。わかってるからさ、愛ちゃんの気持ちは」

「すみません」

「いいんだ。ただ、なんていうか……もし困ったことがあったら、オレになんでも相談してね」

「困ったこと?」

「うん、まあ、とにかくオレは、これからも愛ちゃんの味方だから」

 家に帰ってメッセージを送ると、すぐにギュンちゃんから電話がかかってきた。

「だいじょぶだった?」

「なにが?」

「石黒のやつ、なんかヘンなことしてこなかった?」

「そんなあ。石黒さんはいい人だよ」

「いまだから言うけどさ、先週飲み会あったじゃん? あのときオレ、石黒から愛ちゃんとの仲をとり持ってくれってたのまれてたんだ。でも、本人を見たらオレのほうがひとめぼれしちゃった」

 また顔が熱くなってきた。

「あれから毎日、愛ちゃんのことばっか考えてる」

「あたしも、毎日ギュンちゃんのことばっか考えてるよ」

「好きだよ、愛ちゃん」

「あ、あたしも、あたしもギュンちゃんのこと大好き。あはは」

 声がふるえてしまったのがはずかしくて、笑ってごまかした。

「あしたまた会わない?」

「あした? あしたはちょっと……」

 来週は木曜日から期末テストがある。まあまあ得意な英語や世界史はそんなにがんばらなくてもなんとかなるとして、苦手な理数科目はそうとう必死に勉強しないとやばい。

「来週からテストがあるんだ」

「だったらいっしょに勉強しようよ」

「えっ、ほんとに?」

「日本屈指の名門、三田塾大の学生がただで家庭教師してくれる機会なんて、そうそうないと思うよ」

「わああ、たのもしすぎる」

「愛ちゃんの学校、目黒だよね? オレんち三田だから、20分もかからないと思う」

「ギュンちゃんちでやるの?」

「うん。目黒で待ちあわせよう。駅につく30分くらい前にメールして。それじゃ」

「うん、バイバイ」

 電話を切って、スマホに保存してある写真をながめる。そういえばまだ、ギュンちゃんとのツーショットはとってなかった。あしたお願いしようっと。

 でも、これじゃ勉強なんて手につかないかも……。

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