楽譜の買いかた、世界のひらきかた
およそ20年前、パソコンがようやく一般にも普及してきた頃、親の寝室に置いてあったデスクトップを使って私がアクセスしていたのは、残念ながら音楽のコンテンツではなかった。その頃はまだYoutubeもニコニコ動画も無く、部活のためにインターネットを活用しようなんて、思いもつかなかった。当時はもっぱら虹小説などを読むのにだけ使っていた。
やがて音大生になったわたしは、地元の小売店でレッスンに持っていきたい曲の譜面が手に入らないことにやきもきする。わたしの師匠は「あれをやりなさい、これにしなさい」とは言わない人で、はじめはおっかなびっくりだったが、すぐにわたしはいろいろな曲を聴いたり楽譜を集めたりするのに夢中になった。だけど図書館所蔵の数々の楽譜も、残念ながら試験でつかうことはできない。管楽器のソロ曲は、CDならまだしも、楽譜を入手するのは地方民には至難の業であった。東京に行けば楽譜が買えるのかな。でも練習にバイトにと寸暇を惜しむ身、そんなに頻繁に上京などできない。
業を煮やしたわたしが取った手段がネット通販だった。インターネットで検索して一番目に開いたページが「ザ・クラリネット・ショップ」で、以来曲探しのためには欠かせない存在となった。店長さんの挨拶文などからクラリネット吹きのことを一生懸命考えているのが伝わってきて、ここに懸けよう！と決めたのだ。（まだまだネット通販には怪しいものも多く、無知な女子大生は「へんなページにひっかかって親に怒られたらどうしよう…！」と、びくつきながら検索していたのを思い出す）
先生がレッスンで遊びがてら吹いてくれたマイナーな曲も、検索するとちゃんとヒットする。これはすごいぞ、と、何時間もパソコンの前に座った。バイトに精を出して、高い輸入譜をすこしづつ買い集めていった。フランスの楽譜は薄いのにびっくりするような値段で、間違いも多かったけど、自分で自分の吹く曲を選んでいく楽しみは、いま思い返すとかけがえのないものだった。
いろいろあって上京し、2周目の大学生活を始めるにあたって、まず調達したのもパソコンだった。選んでくれた方の方針により、ノートパソコンではなく、でっかいデスクトップのWinが狭い1Kの部屋にやってきた。そこでようやく（当時人気が出つつあった）ニコニコ動画などの動画サイトを知り、のめり込んでいくことになる。
楽譜やCDはというと、実際の店舗で買えてしまうのが嬉しすぎたのか、ネット経由で購入することは一旦減った。だが、仕事で東京の西の果てへ引っ越すと、Amazonなどにお世話になる機会が激増した。同棲しはじめた相手（いまの夫）が海外から譜面やらCDやら機材やらをばかばかと買い漁るのを見て唖然とし、わたしはまだまだネット活用できていないぞと対抗心を燃やしては失敗してみたりもした。
仕事でもネットは必須だった。田舎づとめで周りに業務のことを質問できる環境がないわたしにとって、インターネットからいかに有益な情報を探し出せるか、それが生命線だった。かつて掲示板で知ったオフ会には怖くて行けなかったけど、Facebookで知り合った、顔の見える同業界のひとには会いに行けた。地元のおやじバンドで演奏する曲が懐メロばかりで、覚えるために必死で聴き漁ったのも懐かしい。
いまやインターネットではなんでも検索できる。今度取り上げるあの作曲家の曲についてのWikipediaから、全国大会金賞の吹奏楽部の演奏、楽器のコツを教える動画、吹いてみた、演奏してみたの動画。あなたのお役に立ちますよと言わんばかりに、毎日のようにコンテンツが増えていく。親の寝ている横で毛布にくるまり、キーの音をなるべく立てないようにパソコンを使っていた20年前。あの頃、ベッドに寝転んだままぬくぬくと手のひらサイズのスマートフォンから服を物色できる日が来るなんて、考えもつかなかった。
世界はどんどんひらかれていく。広大なインターネットの海は果てなく続き、ともすると深みにはまって溺れそうになったり、知っている浅瀬だけでばちゃばちゃと遊ぶのに終始しがちだ。最近はとくに、お気に入りに登録しているサイトやSNSだけをめぐるのみになっている気がするけど、ほんとうは、わたしの知っているインターネットは、泳ぎ方さえ知っていれば、見たこともないような宝を探し出せる魔法の海ではなかったか。
最近はわずかな手間で精度のいい翻訳もできるようになったのだし、今度こどもが寝たらおもいきりインターネット・サーフィンをしに行こう。現実はかけがえないし、生音はパソコンのスピーカー越しの何十倍も楽しい。でも一瞬で広大な世界にアクセスできるインターネットだって、まだまだ遊び尽くせてなんかいない。
ぬくぬくと知っている場所だけを回遊しているだけでは、あまりにもったいない。まだひらいていないドアを開けにいかなくては。
（追記）
#はじめてのインターネット というタグを見かけて、ザ・クラリネット・ショップの思い出をたぐりよせ、久しぶりにサイトにお邪魔して愕然とした。7月末で楽譜の取扱いをやめていらしたことを知らなかった。楽器から遠ざかるにつれ、アクセスする頻度は減っていたが、まさかと思った。
在庫一掃セールは、ちょうどわたしが子をうむために入院していた頃に開催されていた。ますます悔しい。リペアや楽器販売の業態にしぼってお店は続いているので、ちょっとでもお店の宣伝になればいいのだけど。
実店舗は錦糸町北口から徒歩２分のところです。下記参照↓
Facebookページはこちら↓
（FBページあるのも知らなかった。いつもお気に入りから飛んでたから。Twitterは見つからなかった。やってないのかな、、、）
もっぱら通販ばかりでリペアも他に行っていたため店長さんとはお話したことすらないけど、あの頃ほんとうにお世話になりました。ありがとうございました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか？