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クック諸島滞在記 No.9 「私たちの名前」

 ラロトンガ島は、果てを意味する「ラロ」と、南を意味する「トンガ」からなる。なので、ラロトンガとは「南の果て」を意味する。


 ラロトンガ島はポリネシアを構成する群島のなかでは最も南に位置する。この島に住む人々はかつて他の島々からカヌーに乗って来たと考えられており、この島は彼らが南へと航海を続け、その果てで見つけた島なのだろう。(余談だが、ポリネシア海域の北側には、北を意味するトケラウ群島、南側には南を意味するトンガがある。)

 ラロトンガ島は、かつてヌクテレとも呼ばれていた。それは浮いている島という意味で、何もない外洋にぽつんと浮かぶ小さな島は、見つけにくかったのだと思う。そのため、いつも場所が移動する浮いている島だと考えられていたのだ。
 それとは別に、トゥム・テ・バロバロ(音が生まれる島)とも呼ばれることもあった。僕はこの表現が好きである。確かに、この島で生活していると、島のどこにいても波の音が響き、ヤシの葉が風に揺れる音が聞こえる。人々の陽気な笑い声、早朝に鳴く鶏の声。この島は自然の音に溢れている。それはこの島がいかに豊かであるかを表していると思っている。なので、この島で様々な音を聞くとき、僕は幸せを感じことが多い。


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 クック諸島は15の島々で構成されているが、マンガイア島は「アウアウ・エヌア」、アイツタキは「アラウラ・エヌア」といった具合に、それぞれ昔からの呼び方が存在している。

 では国の名前であるクック諸島はというと、実はこの名前には他の呼び方はない。英語ではCook Islands、マオリ語ではKuki Airaniと言うが、どちらも意味はクック諸島である。島の呼び方はいろいろあるのに、なぜ国の呼び方にはないかというと、もともとクック諸島という国は存在しなかったからである。15からなる島々は、それぞれの酋長が治めており、言うなれば島ごとに国が違っていたということになるかもしれない。それを一括してひとくくりにしたのは西洋人である。

 クック諸島の島々が歴史上に登場するのは、1595年のこと。スペイン人によってプカプカ島が確認されている。その後、1777年にポリネシアの島々の多くをいわゆる「発見」したクック船長がアチウ島に上陸したと言われている。しかし、そのときにはまだ、クック諸島という名でこれらの島々が呼ばれることはなかった。

 実際に「クック諸島」という名が現れるのは1824年のこと。ロシアの製図者が地図を作る際にこの海域に浮かぶ15の島々を総称してクック船長の名を取って名付けたのである。それがそのまま現在に至り、国名として使われている。


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そもそもジェームス・クック船長は島の人ではないし、その名を取って島々を名付けたのも島の人間ではない。なので、民族意識の高まりを見せる現在において、当然、自分たちで自分たちの国の名前をつけようといった運動が起こる。

実際、数十年前にも同じ運動が起こり、そのときは国民投票で否決となったが、いままたしても国名問題が再燃している。それもかなり具体的に。

 ラロトンガを含め、クック諸島の島々にはアリキ(酋長)がいまも存在している。彼らは文化と伝統と民族の象徴であり、主導者でもある。この数年、彼らが集まり様々な協議を繰り返し、さらにはニュージーランドにいるマオリの指導者たちにも伺いをたてながら、自分たちの国名に対する117の案の中から一つを選定し、先日発表した。

 発表されたその名は「Atea」。

  マオリ語で神を意味する言葉である。例えばRangiを意味する空と組み合わせたRangiatea(空の神)となり、Maungaateは山の神となる。それは神と訳するより、大いなる存在と言ったほうがもしかしたら感覚的に近いのかもしれない。大いなる空、偉大なる山といった感じだろうか。Mother Earthのようなものだと言えばいいだろうか。


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 当然、賛否両論が出てくる。クック諸島で世界的に認知されているのでそれでいいではないかという人(認知されているかどうかは微妙だが)、印刷物やウェブなどで国名の書き換えなどで多大な作業とコストがかかるという人、ラグビーの応援をするときにこの国名なら「Atea! Atea! Atea!」と叫びやすいので良いという人、自分たちの国は自分たちで決めるべきだという人。


 アリキたちのなかでも実は全員が合意しているわけではなく、発表後、国名を変えるべきではないというアリキまで出てきて、混沌としている。それでも「Atea」という新たな国名案は、先日アリキから大臣に手渡され、それが国会で審議されることになるかもしれないという。

 果たして、この国名問題、どうなるのか。正直、見通しは半々ぐらいかなと思っているけど、どちらになるにせよ、こういう問題が提起されること自体に興味がある。自分たちの伝統的な名前か、それとも西洋人が付けた名前か。

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 個人的にクック諸島で僕が最も興味を持って見ているのは、ローカルとグローバルのバランスにある。

 この国にはアリキに象徴されるような伝統があり、かつニュージーランドなどから入ってくるグローバル的な要素も多い。その両者がいまのところいいバランスの上で成り立っており(最近ラロトンガ島では少しずつ崩れ始めているが)、だからこそ住んでいて居心地がいいのである。

 ローカルを大切にしながら、グローバルに侵食されることがない。主導権を持っているのである。それはこれまで150カ国近くの国々を見てきて、この国ほどその絶妙なバランスを保っている場所はないのではないかと感じている部分である。

 このことについて書き始めるときりがないので、またの機会にするとして、個人的には国名が変わってもいいのではないかと思っている。

 でも「Atea」という名は、なんだか親しみがわかないので、Moana_atea(母なる大洋)をおすすめしたいところであるが、外国人である僕には何の発言力も権利もないので、ここになんだかんだ文章を綴るのみである。

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