「良き自粛ライフを。」

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"Isolation" Day 11
@神奈川県鎌倉市極楽寺 

 
 さて、どこから話をしようか。
とりあえず、まずはじめに、僕はいま鎌倉にいる。

 昨日の朝、奈良県の吉野で凍える朝を迎えたあと、大阪の実家に立ち寄り、夜、鎌倉へを車を走らせた。途中、眠すぎてサービスエリアで眠り、今日の早朝に鎌倉に到着した。朝の鎌倉は穏やかで、海は凪ぎ、空は澄んでいた。

 なぜ鎌倉に戻ってきたのか。
それは僕が住む鎌倉極楽寺の桜を撮りに来たからである。

 "Isolation"の旅に出たとき、テーマも特になく、あるのはなんとなく桜を撮ってみようか、それぐらいだった。山梨に行き、三重に行き、和歌山、奈良とそれぞれ良い桜との出会いがあったし、もっと活発に動いていれば、もっといい出会いは会っただろうとは思う。

 しかし、先日、雨が降りしきるなか、那智の滝を訪れたとき、先に書いたように、僕は何かが洗い流されるような感覚を得た。降り注ぐ飛沫は体を通り越し、心の中にある余分なものを流し去ったような気がした。

 そして、滝の前でふと思ったのである。自分は桜に何を求めているのかと。おそらく僕は、自身の鬱屈したいまの状態や、苦悩、葛藤、そして希望や未来といったものを桜の花びらの中に見出そうとしていたのだと思う。

 要は、桜を見ているのではなく、そこに投影される自身の心の内を見ているのである。となれば、自身の心が最も投影される桜はどこにあるのか。答えは簡単である。自身が住む鎌倉極楽寺の桜である。

 
 いまはこうやって、最もらしく書いているけれど、実際は滝を前にしながら、極楽寺の桜のことが何故か思い浮かんだだけの話である。以降、極楽寺の桜が気になり始めた。

 そんな状態で、奈良の吉野山を訪れたとき、千本桜を前にして、感動もなにもなかった。写真写りは良いし、きれいである。でもそれだけ。そこに数千本も桜があるというのに、自分と関係のある桜は一本もなかった。
 そして、急遽、考えを変えて、鎌倉に一度、戻ることにした。そして、この一枚の写真を撮った。

 うぐいすが鳴き、江ノ電ががたごとと走り、リスが木々を揺らし、海からの風が桜の花びらを散らす。それを感じながら写真を撮った。ファインダーの中に映る桜の若葉は青々しく、前に向かう意思を感じた。
 いつも慣れ親しんでいるはずの景色が、今日はとても印象的で、心の奥底に届いたような気がした。そんな新鮮な時間を、過ごした今日の朝だった。


 ということで、区切りが良いので、これで"Isolation"の配信は一旦ここで終えようかと思う。 このシリーズは個人的にとても気に入ったので、これからも続けていくつもりです。世の中が穏やかになったら、またお届けできるようになると思います。そのときを楽しみにしていただければと。

 そして、代わりにと言ってはなんだけど、みなさんに心豊かに日々を過ごしていただくようにと、新しいコンテンツをいま準備しています。それは数日内にはスタートすると思うので、ご期待ください。

 久しぶりに家に帰って安心したのか、疲れがどっとでたので、昼寝しようかと思います。では、良き自粛ライフを。

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