故きを温ねて新しきを知る(きょうの本)

 なんだか懐かしいもんだな、という思いをいだかせる本をたて続けに2冊読みました。

 まずは近藤文恵『歌舞伎座の怪紳士』。
 いわゆる新本格ミステリというものに親しんで育ったこどもだったので、中学校くらいのときには東京創元社の背表紙が白くて赤い線のはいってるあのシリーズを図書館で借りてかたっぱしから読んだものでした。
 そのなかにあったひとつが近藤史恵さんの作品。
 『ねむりねずみ』とか、近藤史恵さんの歌舞伎ものをちらちらと齧って、そこから中村雅楽ものとか栗本薫さんの歌舞伎ものとか、杉本苑子『傾く滝』とか、そういえば読んでいったのだなあということをおもいだしてなんとはなし懐かしくなりながら読んでいました『歌舞伎座の怪紳士』。
 といってもこの作品はいわゆる梨園とかそのあたりが舞台ではなく、会社でいろいろなことがあっていまは自宅警備員をやっている28歳の女性が、観劇を趣味にする祖母から持ちかけられた「アルバイト」のため歌舞伎座やそのほかオペラやらストレートプレイやら観劇に通うようになるというお話です。
 そこで出会ったふしぎな紳士。
 日常にまつわるような事件がいくつかあり、ヒロインがそれらにあるいはきちんと向き合い、あるいはみつめているうちにいったんの結末がつき、といったはてに、やがてたどりついた紳士の正体とは。
 ミステリ連作短編集、そしてヒロインの成長とくればいかにも創元ミステリ倶楽部とかあのあたりの、むかし読みふけったミステリの王道パターンじゃないかーと、わくわくしました。いえ版元はちがうのですけど、すきです、『ななつのこ』。『空飛ぶ馬』。『ぼくのミステリな日常』。
 ヒロインや彼女ををとりまくまわりのひとびとのかかえるものがだんだんにときほぐれたりほぐれなかったりするというのもなんだかいまの時代らしいというか、ほんとうにみんないろいろあるんだなあというきもちになるというか、ほんとうにいまどきらしいからこそなかなか描きにくいだろうようなことがきちんと丁寧に描かれていて、なんというか読んでいて安心できるというか、ひとを傷めない物語、けれどひとをネガティブにもおとしいれない物語だなあというか、うまく言えないけれど、ただ優しいというのともちがうような、全体的にヒロインの目線で語られる言葉がわりとたどたどしいところがあったりそれでいて妙にはっきりと言い切ってしまったりするところとかがなんていうか、近藤史恵さんのほかの作品の流暢な感じの地の文(て言い方もへんかな、どうかな)とはちょっとちがうというか、ヒロインの性格設定に沿っていて妙にリアリティがあるというか、さらっと読めるけどじつはとってもむずかしいことを描かれているような気がするなあとかそんなことをおもいました。
 ヒロインの子とおんなじような境遇になったひとを、この作品を読みながら実際に何人もおもいだして、いまどうしているかわからないひともいまべつの道をみつけているひともいろいろいるけれど、これは全然ひとごとじゃなくて絵空事でもないから、ほんといまのよのなかってなんなんだろう、むかしわたしが新本格ミステリを読みふけったようにいつかたとえば二十年先にでもこの物語を中学生のミステリ好きの子が読んだとして、このヒロインが遭遇したような(そしていまの時代を生きる人間の多くにとってはわりとひとごとではないような)出来事をどうとらえるんだろうなとちらっとおもいました。
 できればこの作品に描かれたようなことが次の時代にひきつがれませんように。
 でもこの作品に描かれた、ひとがひとをおもうきもちや、ひとがひとのつらさやかなしみに気づき尊重しようとする意志はあり続けますように。
 ひとごとではなく、自分もそういう目線をもってられますように。
 そんなことをおもわせる作品でした。
 ヒロインは28歳だけど、中高生のための物語としてとてもいいんではないかなともおもった次第。

 それからもう一冊、最東対地『寝屋川アビゲイル』。
 こちらははじめて読む作家さん。
 ふだんホラーをろくろく読まないわたし。だってこわいやん。ミッドサマーなんて予告だけでむりでしたしりんぐは永遠のトラウマです。映像系がとくにむりだよ。
でも読まないわりにむかし『幽』さんの投稿怪談にいくつか載せてもらったことがあったのでしたなつかしい。そんでちょっとだけ、一時期その界隈にちょっとだけいた……ていうのかどうかはわからないけれどちょっとだけ、足の小指の爪のさきくらいは浸かっていたジャパンホラー。いや、うん、やっぱりべつにいたとかそんなものでもないけれど、自分のいきもち的にはちょっとだけ、ちょっとだけね。あらためて書くとお恥ずかしいわ。
だいぶむかしに『幽』さんの投稿怪談のサイトもなくなっちゃったし自分の手元にもデータ残ってないのでわたしがなにを書いたかは『幽』さんの2ちゃんスレにだけまだあがっている、らしいけどいやいま2ちゃんって言わないんだっけ、それすらよく知らないていたらくですけど、そのときちょっとあれこれかじったりサイトにいっしょに掲載されたりされて一方的におなまえを存じあげてた方が後年書かれたホラーをちょっと読んでたりしてた、ので、だいじょうぶ、ライトノベル系ホラー小説はちょっとだけ、ちょっとだけ雰囲気わかるというか耐性あるよ……といいつついまFGOのイベントで出てきたビデオは音消してムービーも終わるまで画面見なかったけど……
って感じのホラー向いてない人間ですが、なぜこちらの本を読んだのかというとそれはずばりタイトルです。
寝屋川アビゲイル。寝屋川。寝屋川よ。
不肖わたくし人生ずっと大阪府民、そりゃ読みますがなって感じです。
舞台が寝屋川なんて、むしろ北河内北摂に広げたって小説になったとこってあんまりおもいうかばない、椹野道流『鬼籍通覧』シリーズがたしか高槻かなあ、中井英夫は枚方にいたし江戸川乱歩だって守口にいたのにどういうこっちゃ、芥川賞作家も直木賞作家もばんばん出てるのにどういうこっちゃ北河内てくらいのイメージだったので寝屋川が舞台なのほんとにうれしい。
そして読んでみたらほんとに寝屋川だったのでとってもうれしい。
アイドルグループのセンターを獲得する直前で原因不明のシミが顔にでき、そのうえ謎の黒い影が見えるようになり、恐怖におびえるヒロイン。
藁にもすがる思いでやってきた寝屋川で彼女を迎えたのはアビーとゲイルの霊能力者コンビ。
年齢不詳、中性な美貌、お約束なんかいっていうよしもと的なスーツに身をつつむパチンコ好きのAVソムリエ・アビーと、北欧からやってきた金髪碧眼美形上下スウェット口悪いネット民ゲイル、が寝屋川市駅そばのバーの二階に住んでるってとっても盛り込みすぎてて最初から笑ってしまった。アドバンスねやがわにも笑ってしまったしおおとし商店街の自転車疾走にも笑ってしまった。
まえに長崎が舞台の井上光晴『明日』を読んで、長崎弁も長崎の土地のこともなにひとつわからない、アウェイ感がすごい(作品としてはすごく良かったよ)とおもってたんですがこちらはホーム感がすごい。
あといくつか事件が起こるうち、舞台のひとつが茨木の住宅街で、そこで起きる怪奇現象をアビーとゲイルのアビゲイルコンビが調査……ていうんかな、乗り込んでいくわけですが、その原因になるものが、い、茨木だけにな……? てなるというか、大阪の北側の人間だったらきっと「それネタにしてええんかい」ってつっこむこと必至だなあっておもいました。
 と、大阪の地元感ばかりにウェイトを置いて書いてきましたが、お話ももちろんとてもおもしろかったです。
 ヒロインがわりとというかかなりいつでも暴走気味で、おいおい君どこいくねんときもちとしてはアビゲイルといっしょに彼女を追いかけてゆくような感じでした。
 全員ふりきれててとってもおもしろい。
 設定も、なかなかダークだけどそれはそれでそういうものなんだよな、と納得できるもので、キラキラとしたわかりやすい、だれのことも救っちゃう系ヒーローではないけれど気は優しくてお節介(そしてクセは強い)(クセは強い)っていうところも土地にあってるのかもしれないなとおもうとちょっとこれだけ大阪いいよねとか言ってるわが身にもひっついてくるので気恥ずかしい話になるんですけど、いやそうじゃなくてね、なんていうかね。
 よかったです。
 シリーズにならないかなー。
 
 という、いろいろとあっちもこっちもなつかしさに浸れそうな、プラスで新しく見えてくるものもあるような、そんな本を2冊読みましたよ、というお話でした。

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