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珍しく怒った話



「○日なんだけど、お留守番頼めない?」


母から頼み事をされるとは珍しい。
台所と風呂場のクリーニングを業者に頼んだそうだ。年末年始は注文が殺到しているらしく、元々母に予定が入っている日しか予約が取れなかったので、私が実家で留守番をすることになった。


母は11時半に家を出るが、11時に清掃業者が来て清掃が終わるまでは家の者が同席する必要がある。
数時間どうやって暇を潰そうかしらお茶なんか出した方がいいのかしらと気楽に構えていた。


11時を少し過ぎた。まだ来ない。渋滞に巻き込まれでもしたのかと母が電話をかけた。

「あっもしもし…11時にお願いした××ですけど、今どちらにいらっしゃいます?ご到着は何時ごろになるのかしら」

「××さんね?行きましたけどお宅インターホン壊れて鳴らなかったよ!今日はもう無理ですんで〜」



受話音量が最大なのか向こうの声がバカでかいのか、ダラダラと面倒くさそうに喋る男性の声が私にもハッキリ聞こえてきた。

確かにインターホンの電池が切れていたのはこちらの落ち度だ。しかし11時より少し前に着いたとして、まだ5分も経っていない。
そもそも私も母も10時15分あたりから1階で茶を飲んでいたので、家の前に人か車が来たら必ず気付く。
実家は謎の増築により少し変わった造りになっている。我々親子は庭と門が見える大きな窓の前にいたし、門からでも確実に窓の向こうに人がいることがわかるはずなのだ。


「そんな…11時にいらっしゃったの?戻ったって今どちらなの?今からでも来ていただくことはできないのかしら」


「もう会社だから戻るのは無理だよ!こっちは何度も何度も電話したのに奥さん出ないからさ〜それじゃしょうがないですわ〜こっちも仕事でやってるんで電話出てもらえないんじゃ困るんですよ〜次の予約もあるんでね〜」


ニヤニヤと人を馬鹿にしたような喋り方だ。くだを巻く酔っ払いに近い。こちらにも落ち度はあるが、いくらなんでも態度が悪過ぎやしないか。

「ねえ全部聞こえてるけどちょっとこの業者おかしくない?電話代わって」と母に詰め寄るも、事を荒立てたくないのか電話を離さない。


「あとね〜奥さん、門の前にゴミがね〜?散らかってましたよぉ?アレ片しといた方がいいんじゃない?」


時間通りに来ていないことを確信した。
家の前に置いた燃えるゴミがカラスに荒らされていたのは10時より前だ。
9時45分ごろ実家に到着した私が発見して「うわぁ生ゴミが…カゴかぶせてあるのに隙間つつかれてあらあら…ゲー最悪」とブツクサ言いながら片付けたのだから間違いない。


「ハァ?それ一時間以上前じゃん!時間通りに来なかったのに何言ってんの?会社〇〇市でしょ?ほんとに11時に来てたら5分で戻れるわけないじゃん!いいとこ△△街道出たくらいでしょ?そもそもうちの予約は何時になってたの?大体さっきからなにその態度?私が話すから代わって!」

向こうにも私の声が筒抜けだったと思う。
ちなみに〇〇市まではいくら道が空いていたとしても車で30分近くかかる。

「いいですよ〜キャンセル料はいただきませんのでこっちは別にキャンセルしてもらっても〜」

「当たり前だろこれで当日キャンセル100%取られてたまるかッ!こんなとこ断れッ!私が断る!電話!貸して!」と激怒する私をよそに、母は次いつなら来れるんですかとか細い声で訪ねている。
予約できるのは2週間以上先と聞いて、気弱な母もさすがに「じゃあもう結構です」と電話を切った。




母の携帯電話に着信履歴が2件残っていた。
2回かけただけで何度も何度もって言うか?ハァ?とイライラしながらよく見てみると、9時と10時に一度ずつの着信だった。


母が時間を勘違いしていたのかとも考えた。しかし最初から何度も「11時からお願いした」とこちらが言っているのだから、そこで否定が一切入らないのはおかしい。
何時に電話して何時に家に来て何時にインターホンを押したのか、はっきり言わなかったのも妙だ。向こうが予約どおり動いているつもりなら、まず時間の確認をするはずではないか。

そして娘としては「うちの母ちゃんはまだボケとらんぞ!だいぶ年寄りだからってバカにするな!」と欲目から来る苛立ちも感じてしまう。
それにしても態度が悪すぎる。私が口を挟む前から横柄で、吐き捨てるような喋り方だった。


こちらが予約した時刻が11時だったと仮定すると、予約時間帯が被ったお宅があったのではないかと思った。うちは風呂場と台所(レンジフード除く)で24200円支払う予定だったが、それよりも高い売り上げになる予約があってそちらを優先させたのではないか?
早くに到着して仕事が開始できたら我が家からも、その後予約したお宅に時間通り行って作業をすればそちらからもお金が取れる。
集合住宅の大家さんから何部屋かまとめて頼まれ「こっちの方が金になるし一人暮らしの婆さんなら言いくるめられるだろう。向こうから断ってきても別にいいもんね」とナメた態度をとったのでは?被害妄想が止まらない。


頼むきっかけになった新聞の折り込み広告を眺めつつキーキー怒っていたら「あなたそこにクレームの電話入れたりしないでね…私揉めたくない…多分あのおじさん少し頭がおかしい人だと思うの…ああいうおかしい人を集めた会社なのかもしれないし、しょうがないわよ」と怯えた母親に釘を刺された。怯えながらもちょっと失礼だ。


「わかった電話はしない!でも数週間後にボロクソのクチコミ書いたるからなッ!業種をハウスクリーニングから猿山に変更するんじゃいッ!」


数日前に外でめちゃくちゃ怒ってる人を目撃し「怒ってる人ってみっともなく見えるな…気をつけよ」とかなんとかツイートしたばかりなのに、声を荒らげキレ散らかし、おまけにネット弁慶御用達のとんでもなく陰湿な報復を企ててしまった。


「お母さんお金ちょっともらっていい!?業者に払う予定だったやつ!」

「いいけどどうするの?」

「元からクチコミ2.4で『素人と変わらない仕上がり』とか書かれてるしもう私がやるわ そこのダイエーで掃除用具買ってくる」

「ありがとう ダイエーじゃなくてイオンよ」


実家に住んでた頃そこはダイエーだったので私はずっとダイエーと呼んでおり、毎回母に「そこイオンよ」と訂正されている。おそらく私は一生ダイエーと呼ぶのだろう。


母が社交ダンスのパーティーとやらに出かけた後、キレながらダイエーに向かいキレながらよく効きそうな洗剤やスポンジをたくさんカゴに入れ、キレながらもインターホン用の電池が必要なことを思い出し、レジ横に置いてあった8本パックになっている電池を引っ掴み会計をした。


帰宅後まずはインターホンの電池を交換せねばと、買ってきた電池を開封するため手に取った。盛大に液漏れしていた。新品なのにこんなことがあるのか。
デカデカと「10年保証!」と書かれた、おそらく製造されてから2年も経っていない東京オリンピックのロゴ入り電池とレシートを握りしめ、再びダイエーに向かった。泣きっ面に蜂だ。


(あ〜私今この店で一番イライラしてる自信ある…これでもしダイエーの店員の態度まで悪かったらどうしよう。怒っちゃいそう。いやさすがにそんなんは八つ当たりの域だわ…店員に怒鳴ってる人って大体元の機嫌が悪くてああなってるのかもな…)

ムニャムニャ考え怒りで鼻息をフンスフンスと鳴らし、寄るな触れるな爆発するぜと目をギラつかせた中年女がのしのしと店内を歩いている。自分が第三者だったら絶対に近寄りたくない類の人間だ。今私はそんな人間になってしまっている。



「液漏れですか!?…アラッ!申し訳ありません!申し訳ありません!」

幸いダイエーの店員さんは普通だった。
私もさすがに普通の店員さんに感じの悪い対応をするほど人間性は終わっていない。

「アッそんなそんな!いいんですよ!こっち(液漏れしていない電池)と交換していただけますか?エヘヘ…あるんですね〜こんなこと…」

態度の悪い業者→新品電池の液漏れという踏んだり蹴ったりコンボによりささくれ立った心は、普通の店員さんと普通のやりとりをしたおかげで少し落ち着いた。


帰宅して電池を交換し、掃除をしていたらまたイライラしてきた。

「なんで私が祝日潰してこんなことを」
「ちくしょうやったるわいこれも親孝行じゃい」

そんな独り言を交互に呟きつつ、コゲや水垢と数時間格闘していた。

16時頃まではキレにキレ散らかしていたが、さすがにキレ疲れ「ハァ…お母様がダンスパーティーを楽しんでらっしゃるときに私はお掃除…」と呟きながら風呂場のタイルを擦ってシンデレラ気分を味わったり、「こりゃ高いだけあるわ!自宅用にも買おうかしら」と大袈裟に茂木和哉(ちょっと高い洗剤)の威力を讃えたりした。本当に独り言が多い。

テンションがおかしくなっていたのか頼まれてもいないリビングの床まで激落ち君でチマチマ磨き上げ、おかしなテンションのまま帰路に着いた。



非常に疲れた。掃除も疲れたが普段あまり怒らないので「怒る」ということに疲れた。怒り慣れていないので加減がわからず怒りすぎたのかもしれない。もしかしたら大したことではないのかもしれない。


ここまでくどくど怒りを文字に起こしておいて説得力皆無だが、保身のための言い訳をさせていただきたい。

基本的に怒りの瞬発力がないためカッとならないのだ。
道端でいきなり暴言を吐かれても、20m歩いてやっと「あっ今の悪口!?」と気付き、怒りをぶつけるタイミングを失う。おつむの回転がわりとゆっくりなので怒るに怒れないのだ。

店員に対して強く出ることもない。接客業を経験した人間は大体そうだと思う。
レストランでとんでもなく待たされ、確認した結果注文が忘れられていたことが判明しても「向こうも忙しくて大変よね」となり、怒ることはない。異物が混入していても驚きはするが別に怒りはしない。

先日久々の外食で、頼んだクラフトビールの賞味期限が思いっきり切れていたときは怒るどころか「普通に美味い美味い言って飲んでた我々の舌バカすぎる 自分の味覚信用ならねえ」と大笑いしてしまった。気にする人に出したら笑い事じゃ済まないだろうから、お店側には小声で伝えておいた。

そんな私でも今回は怒った。目の前で母親がナメた態度を取られているというのは、かなり腹立たしい。

今回の業者ほど酷い態度ではなくとも、年寄りを子供扱いするような口調の店員や業者は少なくない。
親しみが湧きやすいように友達口調を用いているのかもしれないが、娘の私からすると見ていてあまりいい気はしない。
もしかしたら、私が年齢や立場関係なく初対面の相手に友達口調で喋りかけることを絶対にしないので余計に気になるだけなのかもしれない。
我儘かもしれないが、ボケているわけでも足腰が立たないわけでもないのだから、大人として対応してもらいたい。
子供扱いされたり軽んじられたり、そんな親を見るのは悲しい。


話が逸れてしまった。
世間一般では大したことじゃなかったとしてもやっぱり私はあのジジイを許さないし、所在地やカテゴリを「幼稚園」や「猿山」に書き換えるまではしなくとも、低評価のクチコミは絶対に投稿するつもりだ。

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