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普通になりたい

世の中、自分は普通の人ですと言える人はどのくらい居るのだろうか。
あたしは自分のことを、普通だと思っている。
よく変わってるとか、変人とかは言われるけど、至って普通だと思っている。
…と、言い切りたいが、思い込みたいというのもあるかもしれない。

あたしはノンバイナリーで、AroAceで、精神障害者だ。
やっぱり、幼い頃から精神障害を持っていたから学校には行けてないし、非正規雇用でしか働いたことがない。
ノンバイナリーだから、世の中の女らしく生きなさいっていうのがピンとこない。
AroAceだから、性愛のことも恋愛のことも、あまりピンとこない。

結婚した友人の女性には、さんざん結婚しなよと言われて、イヤになったから一時期距離を置いたりもした。
べつにあたしがマイノリティでなければ、そやね〜とか適当に言って流せたかもしれない。
でも、AroAceのあたしがパートナーを見つけるのは至難の技だと思っていたし、それに加えてノンバイナリーであり、精神障害を持っているとなると、そも付き合えるかどうかすら謎。未知の世界だ。
彼女がそれを知っていたかどうかはわからないけれど、もしかしたら知らなかったから、結婚しなよと言った可能性のが高いんじゃないかと希望的観測をもちたい。
でもよくよく考えたら、あたしは結婚しないよ(できないよ)って言ったはずだから、もろくも希望は消し飛ぶのだが。

もちろん結婚だけではない。
世間からの不理解には毎回心がすり減る。
実際そうではあるんだけど、精神障害があるから仕方ないよね、その話をするのは酷よ…みたいな感じで、祖父母からは異性絡みの話をされたことはほとんどない。
話が矛盾しているが、それはそれで精神障害者は普通の人じゃないって言われているようで、腫れ物扱いされるのがショックだった。
だったらまだ、LGBTQだから話を避けるのほうが良かったな…とは思ったけど、それはそれでLGBTQが禁忌みたいで悲しい。

仕事に限って言えば、治らない精神障害を持っているがゆえに、いつになれば人並みに働けるのだろうという不安は毎日のようにおそってくる。
もう30代もなかばになるけれども、非正規雇用で短時間勤務するのさえハードだ。
この病気になって20年ちかくなるが、良くはなっても、社会生活からは程遠い。
まわりと比べるなとはしょっちゅう言われるが、普通の人間になれと耳が痛くなるくらい言われてきたから、こんなダメ人間、生きてる価値なしと簡単にジャッジできる。
あたしはあたし、と言えればそれだけ楽になるのはわかりきっているものの、世間がそれを許してはくれない。
正社員で働け、生活保護&精神疾患は甘え、精神障害者は社会のお荷物、LGBTQは種の保存に背く、混乱を招くからLGBTQは認められないなどなどなどなど、あげたらきりがないが、もういいだろ、うんざりだよ、聞き飽きたよ、そんなにあたしを蹴飛ばして楽しいか。

そういう日常で生きていたら、普通の人間と比べちまうのも仕方ないことだと思うんよ。
どうせできない、どうせ認められない、どうせ居場所なんかない、そう思わざるをえない。
この社会で生活するには、なにかしら対価を払わねば生きていけない。
社会の歯車の中で、なにかしら役立たないと、社会での居場所はない。
これが、あたしの生きてきた、この世界だ。

父に他人と比べない、承認欲求を他人に求めない、そこから抜け出すと楽になる、とは腐る程言われたし、マイノリティとマジョリティで線引しないとも言われたが…
正味圧倒的マジョリティの父にそれを言われても、特権の無自覚なんだろうなと白けてしまった。
もちろん言っていることは間違ってないと思うんです。
でも障害者&健常者、セクシャルマイノリティ&マジョリティで線引するの、こちらがわの人だけじゃなくて、むこうがわの人もガンガン引くよね。
自分は偏見無いけど、と言いながら、わかった顔でガッツリ線を引いてくる。

父の話で言えば、もちろん父なりの苦労やあれこれあっただろうけど、日常的に社会から隔絶されるような、迫害や偏見、差別にはあったことないと思う。
だから、なにか社会に提供できるものがなくても、仲間として認めてもらえる。
なにも頑張らなくても、犯罪さえおかさなければ、社会から隔絶されることはない。
仕事頑張るとかはあるけどね。
でもそれはみんな一緒だとおもうのでここでは言及しない。

それに比べて、あたしはまずこの社会で存在を認めてもらうことから始めなきゃいけない。
社会的なハンディをこえる、何か、をこの社会に提供することで、居場所を得なければならない。
それが、マイノリティとして生まれた宿命だ。
本来はそんなことをせず、当たり前のようになにも提供しなくても、社会で人並みに生きられる権利は保証されているにもかかわらず、差別や偏見や迫害が起きているから、まずは戦わなくてはいけない。
戦う過程で、ひどく傷付くし、理不尽な目にも合うし、ボロボロになって、居場所を見つけなければいけない。
父親、つまりマジョリティはそんな労力を割くことなく、自然に社会の一員として、居場所をもらえている。
ここに大きな隔たりがあるんだから、誰だって線引はしてしまうし、どうせ…と卑屈にだってなるよ。
普通だったら、当たり前のように享受できることが、マイノリティではそうはいかない。
そりゃ、比べるさ。なんて理不尽なんだろうって。

一生変わるわけでもない、LGBTQであることや、精神障害者であることは、あたしに呪いのようにくっついている。
それでもなんとか擬態して、普通を装っている。
だから、あたしはあたしのことを普通の人だよ、と言い張る。
こんな無益なこと、もうやめにしたいけど。

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