見出し画像

己の本質を証明する~英雄伝説 創の軌跡~

「……君の眼には、一体人間はどのように映っているのかね?」
「何をしても何をしなくても……その人はその人だよ」
「それが人間でしょう?」


 ゼムリア大陸という架空の世界を舞台に、若者が仲間たちと共に強大な敵・思想・事件に立ち向かう姿が描かれる《軌跡シリーズ》10作目、大陸西部の物語の終わりと次なる軌跡への転換点となる創(はじまり)の軌跡。発売日より2週間ほどでEDを迎えました。
 シリーズのファンとしての感想はたくさんありますが、一番に印象に残っているのは上の台詞を中心として、作品を通して描かれる『存在証明』の様相です。

 本稿は英雄伝説~創の軌跡~をはじめ軌跡シリーズをプレイした自分が、本作の心理表現について、勝手に深読み考察したものになります。


 ★作品のネタバレを多大に含みます。謎の人物の正体や終盤の展開もさらりと語るので、未プレイの人は要注意です★


1.終わりと創まりを告げる物語

画像1

 全世界を飲み込む世界大戦とその裏で起きた大災厄《巨イナル黄昏》の終結から約半年。帝国と共和国間の最前線となった帝国領クロスベル州は、特務支援課と関係者の手によって占領者から解放された。復興とともに二大国との協議を経て、クロスベル州は悲願であった独立を果たすことになる。
 そして、再独立の日。独立式典を見守る特務支援課リーダー、ロイド・バニングスの前に現れたのは。
「君は間違いなく英雄だよ──だが、もはや必要ない。舞台から降りたまえ」
 大戦の首謀者として逮捕されたルーファス・アルバレア元クロスベル総督が独立式典の場を乗っ取り、告げたのである。「クロスベルを首領とする『クロスベル統一国』を創り、大陸全土を統一する」のだと。
 同時刻、大戦を終わらせた功労者であるリィン・シュバルツァーとトールズ士官学院Ⅶ組は帝国北部ユミルで知る。クロスベル再占領と、連動するように起きた帝国皇子夫妻の失踪事件、《新生帝国解放戦線》の存在を。
 そしてその日の夜。西ゼムリアのどこかで、運命の邂逅が果たされる。元殺し屋の少年少女スウィンとナーディア。《新生帝国解放戦線》リーダーを名乗る、仮面をつけた男《C》。
「そう、私は誇り高きローゼンベルク人形!」
 ラピス・ローゼンベルク。トランクの中から現れた、少女の容姿の機械人形が、高飛車に、可憐に告げたのだ。

画像2

 《解放者》ロイド・バニングスは立ち上がる。もう一度壁を乗り越え、クロスベルに真の独立をもたらすために。
 《英雄》リィン・シュバルツァーも決意する。クロスベル再占領と帝国皇子夫妻の失踪、大戦後に生じた歪みを正すために。
 《隠者》である《C》もまた、闇に紛れて動き出す。その仮面の中の相貌に、誰にも理解されない目的をもって。鋼の意志に突き動かされて、その身に宿る命題を果たすために。

 3つの物語が交差するクロスストーリーは、群像劇である軌跡シリーズの特色を前面に出し、《西ゼムリア編》ともいえる過去9作で登場した人物の関係性を遺憾なく発揮できるものでした。
 前々からのインタビューで言われている通り、次回以降はシリーズ後半の《東ゼムリア編》になると思われます。「ここに終わり、ここに始まる──」の通り、本作にはこんな印象を受けたのです。
 現存の舞台・ゲームシステム・《英雄観》が終わり、そして新たな舞台・時代・《英雄観》が始まる、という強烈な印象です。
 舞台の転換は最近言われている通りです。そして現存のゲームシステムの終わりは、確定ではないですが既存のATシステムから変わるかもしれない。新たな時代の始まりは、二大国のパワーバランスが変化したことによる共和国一強・技術特異点の存在による技術力の変化など、文字通りの時代の変化。
 そして、現存の《英雄観》の終わりと新たな《英雄観》の始まりについてです。

 既存の軌跡シリーズの主人公はエステル、ロイド、リィン、そして外伝主人公のケビンでした。中心人物である彼らは間違いなく英雄でしょう。クーデターと国際テロ(結社)から国を守ったエステル。宗教テロと独立紛争を戦ったロイド。帝国内戦・世界大戦という悲劇から帝国と世界を救ったリィン。暗い過去を持つケビンとそしてリィンは大戦の引き金を引きもしましたが、大筋はまっすぐな《英雄》像といっていいのではないかと思います。

画像3

ですが《C》を筆頭に、今作におけるリィンもロイドも、今までの英雄像とは少し違うものを感じたのです。
 ・解放者として、自身の功績ゆえに生まれた、《英雄ロイド》という自身の幻想=偽物と向き合うロイド。
 ・英雄として、自分が成し遂げてきたことを否定する勢力や自分の影ともいえる存在から揺り返されるリィン。
 ・隠者として、自身の偽物を通して旅立ちを強要され、見いだせなかった『自分は何者か』を問うていく《C》──ルーファス。

 善悪を抜きにして、それぞれ自分の行動が原因で生まれた歪みに対して向き合っているのではないか。つまり勧善懲悪に立ち向かう英雄ではなく、ケビンのような《贖罪》的な意味が多分に含まれているのです。
 過去9作を通して、結社もただの悪者と言っていいのか判らなくなってきました。反対に味方が多くいたはずの星杯騎士たち(正確にはそれを擁する七曜教会)も、黒いものが見え始めてきました。英雄がただ正しく導くだけの時代は終わり、これからの主人公もまた、今作の三人のような後ろめたさを湛えた英雄となるのかもしれません。

2.ロイド編~背負わされた幻想に立ち向かう~

画像4

 ここからは、それぞれの主人公に対する心理考察に移ります。
 ロイド編はクロスベルの再独立。支援課の仲間たちと再起を図り、最終的には他ルートの仲間たちも巻き込み、事件の真実とクロスベルを《解放》していきます。
 その過程で描かれたロイドの心の葛藤は、本編で明確に表されています。つまり『元々の理念だった支え合うことから逸脱し、クロスベルの英雄であろうとしてしまった』ということ。
 彼らは間違いなく英雄ですが、確かに特務支援課が特務支援課たる本質とは違っていました。支援課はあくまで自治州警察の一部署で、零編・碧編ともに己の職務を全うしたに過ぎません。矢面に立つ英雄ではなく関係者と同じ立ち位置のクロスベル市民だからこそ、その中での役割を発揮できたのです。
 いつしか市民の理想と己の重圧が生んだ《英雄ロイド・バニングス》を背負うことになったロイド。作中表されたのは幻想という言葉でしたが、己の認知が歪んだことにより現れる自分の理想は、自身の《影》《偽物》と言っても過言ではないでしょう。

3.リィン編~自身の『影』を受け入れる~

画像5

 リィン編では統一国騒動を発端とする事件により帝国各所で調査をはじめ、最終的には宿業の地クロスベルに赴くことになります。その渦中、リィンは否応なく今の自分の影や自分の行動のツケ(彼が悪いことをしたわけではないですが)を払わされることになります。
 帝都では「お前が大戦を終わらせたせいで帝国は敗戦国となったのだ」と罵られ、ノルドでは(後々明かされる)ノーマルエンドでの感情がシンクロして涙を流し、クロスベルではついにIFの自分と同化しかけ、そんな過去の悪意であるイシュメルガがもたらした災厄を終わらせるために奮起する。
 《黄昏》の前後、閃シリーズと本作のリィンの絶対的な違いといえば、『自分が幸せになることを諦めないこと』ではないでしょうか。閃Ⅰのアリサとのラッキースケベから閃Ⅳのノーマルエンドまで、リィンは仲間を救うために何度も自分を殺しています。その根底には身に宿る《鬼の力》への恐れがあった。自己否定が自己嫌悪に繋がり、自己破壊に至る。そのプロセスを打ち破ったのは《大地の檻》という一つの可能性と、仲間たちが伝え続けた「リィンがいてこそ自分は幸せでいられる」という想い。さらには実父オズボーンの「己も他も活かすのを最後まで諦めるな」という意志。そう言った助言もあり、リィンは『仲間の幸せのために自分が幸せにならなければならない』と、数年前のリィンでは絶対に言わない言葉を叫べるようにまで成長しています。

画像6

 そんな成長したリィンにとって自らを犠牲にする価値観や、ノーマルエンド後の自分というのは、間違いなく容易には受け入れがたい、現在の自分の自我に対する《影》のような存在だったのではないでしょうか。
 無意識に、無自覚に、自分の中のもう一つの価値観(この場合はイシュメルガ=リィン)が「お前はこうすべきだ」と囁きかけて同化してくる。リィンの自我にとって、これほど恐ろしいことはありません。世界を破壊されることも充分な恐怖ですが、一人の人間にとってその人を《その人》たらしめる自我を侵食されるのは、自分の世界を破壊することに他ならないのですから。

画像7

4.《C》編~人が『人』たるために~

 謎の仮面男《C》の正体は、逮捕された《本物のルーファス・アルバレア》でした。《ルーファス・アルバレア新総統》は本物にとっての偽物であり、偽物の刺客に命を狙われた本物は、真実の究明と問題解決を成し遂げるために行動を起こします。
 このルーファス編は、各所で聞くように今までの軌跡シリーズとは違うテイストとなっています。メタ的には若いライターさんが書いたようですし、このルーファスは多くのファンから嫌われていると言っても過言ではない。そんな彼を主人公に据えること。蓋を開けてみれば彼のルートを表す《惨めな罪人》とはまさにその通りだったわけですが、事前に《C》の正体を予想できたとしても、こんな心の軌跡を扱うことになるとは考えにくかったのではないかと思います。
 本物のルーファスは目的のために動いて自我を持つが記憶のないローゼンベルク人形ラピスと邂逅を果たし、人員確保のため元殺し屋のスウィンとナーディアを雇う。そのまま《新生帝国解放戦線》を名乗って遠くにいるリィンたちⅦ組を焚き付け、ある程度の問題を押し付けてクロスベルに向かい、ラピスを中心とした事件の真実を得て、最終的にはロイドの下へ集っていく……。

 いや、そういったストーリーの流れよりも、何よりも彼のルートは『己の本質を問い、自分が自分であることを自分自身に証明する』という心の軌跡だったことを考えたいのです。

画像8

 詳細は省きますが、ルーファスは閃シリーズで非道なことをしています。不意打ちなど当たり前。利用できるものは利用しつくし、主役は搦め手で一切表舞台に出させず、目的のためには手段を選ばないで美味しいとこだけかっさらってくゲス野郎。まあ現実であれば有用な手段ではあるのですが、閃主人公リィンたちにしてみれば血も涙もない男に他なりません。
 ただ、彼の出自は前作で明かされており、よく考えれば彼の人間性は充分理解できるものでした。

 自分は帝国の大貴族に生まれた。ある時、自分は父親の実子でなく叔父と実母との不義の息子であると知る。一方、その後生まれた弟は父との血の繋がりがあるというのに遠ざけられる。その違いは、兄である自分は肉親が共に貴族であり、弟には母親の平民の血が混じっていたこと。
 作中ルーファス自身が回想で語っています。不義の息子である自分は迎えられ、実子である弟は平民の血が流れているだけで遠ざけられる。何と愚かなことか。私は《私》ではなくただの記号でしかないのだと。私はいったい何のためにここにいるのか、と。

 聡明なルーファスといえど、多感な子供時代であったことに違いはない。自我を形成し己が何者であるか、主体と客体の違いとは何かを理解するべき時に、そんな自分の存在規定を脅かす出来事があれば、自分が判らなくなるのはおかしくありません。それでもルーファスが聡明であれたのは、善悪の基準を抜きにして彼が凄まじい強さを持つ人間だったからでしょう。このあたり、彼ならゼムリア大陸の頂点に立てると機械知性が判断して偽物を置いたのも納得です。

画像9

 そんな彼に、本物の父として越えるべき存在が現れます。強大な自我を持ち存在感を放つギリアス・オズボーン……彼を越えることで、何者かも判らない自分は本物以上の存在だと規定できる。どんな心理的葛藤を経てその結論が導かれたのかは判りません。ただ、間違いなくルーファスはこれを己の存在証明、生きるための手段としたのでしょう。上述したリィンのように、自分の心の世界が壊されることは、時として現実世界が壊されることと同義、いやそれ以上です。そりゃルーファスも手段を選ばんわけです。文字どおり命と存在と実在をかけた戦いだったんだから。
 が、ルーファスは主人公であるリィン、弟であるユーシスたちに負けました。二人はルーファスに関係する『父』たちと血縁で結ばれており、ルーファスからすれば《本物》でした。
 「結局、本物には勝てない――」というルーファスの言葉。世界大戦を経たルーファスとの面談で、弟ユーシスは『憑き物が落ちたようだ』と語っていましたが、これは鋼の意志で仮面を被れる男が全て出し尽くした先の本心であり同時に燃え尽きた姿でもあり、すべてが空虚に感じる現実感の無さでもあったのかなと思います。

 そういった経緯を経てルーファスは本作のクロスベル統一国事件に臨みます。彼が掲げたのは『父の宿題』を片付けること。鉄血の子供たち筆頭として、ある意味父が成し遂げた世界をあるべき形へ戻すこと。
 しかし燃え尽きた後のルーファスがよくぞ動けたなと、EDを迎えた後で思いました。そして(オズボーンへの義理もあるとはいえ)そんな今まで目的のために冷徹に徹してきた彼が、そんな甘っちょろい大義を掲げるものなのか? 《隠者》に徹するとはいえ、その役目はリィンやユーシスや、ロイドたち、他の沢山の英雄たちが担えるのに?

画像10

 彼が再起した一番の理由は、『自分の偽物がいたから』だと思うのです。純粋に名前を乗っ取られることや偽物の刺客に殺されることへの防衛手段として。そして何より、『何者でもない自分の偽物が現れたのだから、そいつをなんとかすれば自分は本物の資質を備えていると言える』から。逆に何もしなければ、今度こそ自分は犯罪者ですらいられず、存在すらなくなるから。何者でもなくなるから。
 そしてそんな動機で始めた旅路である以上、表の目的とは別に、本心や無意識で『自分の存在を証明する』ことを挙げる。だからルーファスは無意識にか意識的にか、今までの彼には似合わなかった価値観を説いていたのではないでしょうか。
 相克でのリィンたちへの敗北を味わった彼だからこそ、『自分は何者なんだろう』と改めて問うと共に、今まで受け入れられなかったリィンやユーシス、そしてラピスの価値観を認められる下地を持てたのです。

5.ラピスと《C》の共時性(シンクロニシティ)

 共時性(シンクロニシティ)という言葉があります。
 科学が発達した現在、あらゆるものが因果関係で表せるようになりました。「嵐が起こるのは○○だから」「この人が亡くなったのは○○病による」……それは便利なんですが、人の心の機敏という因果関係だけでは説明しきれないものもあります。
 科学的な因果関係の説明には、対象物と検査者が無関係であることが欠かせません。そうあって初めて、因果関係は説得力を持つ。逆に言えば、対象物と検査者が何らかの形で関係する以上、そこに完全な因果関係は敷くことができないのです。人を観察するとき、そこには必ず観察者の主観が入り込むから(全てを数値で表すなら判りませんが)。
 だから、この世の中には因果や科学で説明できない何かが起こり得ます。「新たな仕事を得ようと行動したら、たまたまその仕事の募集要項を見つけた」みたいに。そんな『理屈で説明できないけど偶然起きた、あきらかな関係性を持つ複数の事象』を《共時性》と言えるのです。

画像11

 ルーファスに生じた共時性はこうではないでしょうか。「無意識に己の存在を証明しようと行動したら、同じく自分が何者なのかを知ろうとするラピスと出会った」。
 実際には記憶をなくす前のラピスが歪みを正すために仕掛けた一手ですが、その時のルーファスの心理状態にとって、これ以上ないほどお似合いの相棒ができたのです。まさかエリュシオンも、ここまでは予想してないでしょう……してないよね?
 そんな二人は、たかが数日でも恐ろしい密度の旅路を培っていきます。
「何をしても何をしなくても、その人はその人だよ。それが人間でしょう?」
「人間にも魂は証明できないのだから人形に魂がないと何故言える? 君だけが、ラピス・ローゼンベルクだ」

 これはお互い似た者同士だから言えて、互いに互いを投影して自分自身に伝えたかった言葉なのだと思います。すなわち、
「記憶があってもなくても、ラピスはラピスだよ。それが本質でしょう?」
「本物の人間も実在や本質は証明できないのだから、私が何者でもないと何故言える? お前がルーファスだ。お前だけが、《ルーファス・アルバレア》だ」

 人を救うことができるのは、ある意味では本人だけです。時として数多くの出来事が人の認知を歪ませ、他者の言葉や自身の決意を無味乾燥なものにします。だから、他者に物を言っているつもりが自分に返ってくる、そんな相棒が必要だったのだと思います。

 そしてルーファスは、『本物や偽物という概念を度外視した《ルーファス》その人になれた』から、ルーファス新総統に勝てた。そしてEDで表向き自分が死亡扱いの名無し男になっても、死場所を失っても自分を保てたのではないでしょうか。
 ゼムリア世界において、ルーファスは間違いなく惨めな罪人ですが、EDを迎えてやっと贖罪を果たせる下地ができたとも言えます。自分の存在を見つけた彼が、存在の指向性を定めるのはこれからでしょう。
 そして軌跡シリーズの転換点として今までとは違う英雄像を展開した創の軌跡において、人知れず世界を救い存在証明を果たしたルーファスは、間違いなく自分自身とラピスにとっての英雄だったのではないでしょうか。

画像12

6.自身を救う、現代に求められる軌跡たち

 3主人公の行く末を、ルーファス成分多めで深読みで妄想考察してきました。
 それぞれ敵対する存在を通して、自分自身の偽物・可能性・影・虚栄と戦ってきた3人と仲間たち。その果てに証明した『自分自身は何者であるか』という存在証明。
 自分たちは市民と支え合う特務支援課である、というロイド。
 自分は自分を犠牲にせず、仲間たちと共に幸せになると決めたリィン。
 自分はルーファス・アルバレアである、という根本を得たルーファス。
 過去作同様にちゃんと世界を救っていますが、それ以上に己自身を救う英雄の物語。それ自体も特別目新しいわけではありませんが、ルーファスによって引っ張られたこの英雄像は、科学を信じるあまり自分の心を見失いがちな現代人にも、参考となる物語ではないかと思うのです。
 最後に、憎まれる悪役から大陸中の人々に理解されずとも、それでも大きな成長を遂げた西ゼムリア最後の主人公に、盛大な拍手を送りたいと思います。

画像13

お付き合いいただきありがとうございました。


良ければ、下のマガジンもお読みいただけると嬉しいです。


この記事が参加している募集

#自己紹介をゲームで語る

2,967件

#全力で推したいゲーム

13,777件

記事を最後までお読みいただきありがとうございます。 創作分析や経験談を問わず、何か誰かの糧とできるような「生きた物語」を話せればと思います。これからも、読んでいただけると嬉しいです。