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真冬の大冒険 結 '前進'

万事休す。
限られた選択肢は尽きた。

かくなる上はガラス扉を蹴破るか。
そうすればせめて警察で時間はつぶせるかもしれない。

手を伸ばせば届く距離にある自動ドアの向こう側が、
数分もかからずにたどり着けるはずの自分の部屋が、
国境を越えるより遠く思えたことはない。
まさに、危機は今ここにある。

ただ一つ確かなのは、
どうしても中に入れないということだけ。

家に帰りたい、家に帰りたい、家に帰りたい。

そのとき降りてきたのだ。
さっき敷地の周りを歩いたとき
マンションをぐるりと囲む塀の
一部低くなっている残像が。

半信半疑で現場に戻ってみると
果たして幻想ではなかった。
坂道に面した角部屋の横の塀が
建物と土地の形状に沿って一段下がっている。
さっきはこれを乗り越えて入ろうなんていう頭がまだなかったから
目には入っていたのにスルーしていたのだ。

塀の外側にはフェンスも張り巡らされているのだが
これはそこまで高さがない。
フェンスを足場にして、雨樋のパイプにつかまれば、
塀をよじ登れそうな気がする。

そう思ったときにはもうフェンスに飛びついていた。
両手で縦の柵をつかみ、中間を走っている横の柵に片足を乗せて上がると
股下ギリセーフでもう片方の足がフェンスの上部に届きそうだった。
右手で縦柵の上を握り直し、片足をてっぺんの横柵にかけて踏み込むと同時に
その状態から左腕をめいっぱい伸ばして斜め前のパイプに体重をかけ
えいっと両足を細いフェンスの上部に揃えた。

一瞬ぐらついてヒヤッとしたものの
なんとか持ち堪えた。
パイプについた両手で注意深く体を支えながら、
平均台のようにフェンス上に立った姿勢から
さらに目線の少し上にある塀を目指す。

塀そのものはフェンスよりも高いが、
今はフェンスの上に立っているので
塀の縁に触れようとすると
腕はやや下に伸ばす形になる。
フェンスと塀の隙間は歩幅を少しオーバーするぐらい。

右手を慎重にパイプから離し、塀の縁につかまる。
パイプに回した左手は引っ張るようにして、
同時に右手のひらを塀に押しつけて突っ張り
全体重とともに両足を塀の上に移動させた。

ふー。
ここまでは成功した。
動物園から逃げ出してブロック塀に避難している猿の気分だ。
誰かに見られたら一発アウトの状態だが
すでに後戻りは不可能な体勢だ。

残された道は前進しかなかった。

次回、「夜明け」へ続く。



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