取り付けは、もう走らない。銀行を瞬殺するデジタル・バンク・ラン。
取り付けの恐怖~信用金庫を潰しかけた女子高生の一言
取り付けは、銀行経営者が最も恐れるもののひとつだ。噂やデマ、小さなニュースなどが突如として不安心理の連鎖を生み、預金の大量流出を引き起こして、銀行を倒産の縁に追い詰める。
その一例として広く知られているのが、「豊川信用金庫事件」だ。
1973年12月、愛知県の豊川信用金庫に、「倒産する」という噂が流れ、大量の預金が流出する事態に陥った。
「5000人、デマに踊る」(朝日新聞)
「デマに踊らされ信金、取り付け騒ぎ」(読売新聞)
信金の経営には問題がなく、完全なデマが拡散されたことから、警察が捜査に乗り出した。その結果、意外な事実が明らかになる。
最初に登場するのは3人の女子高生。
豊川信用金庫に就職が決まっていたA子に対して、残りの2人が「信用金庫は危ないよ・・・」とからかった。
2人に信用金庫の経営情報などあるはずもなく、「強盗とかに入られるから・・・」という意味のジョークだったのだ。
ところが、これを真に受けたA子は、親戚の1人に「信金は危ないのか?」と尋ねる。A子は信用金庫の具体名を出さなかったが、この親戚は豊川信用金庫だと判断し、その本店近くに住む別の親戚に「豊川信金は危ないのか?」と尋ねる。その親戚は知り合いの美容院の店長に、「豊川信金は危ないらしい」と話して・・・と、伝言ゲームが始まったのだ。
豊川信用金庫を巡っての噂は、「危ないのか?」は「危ないらしい」となり、やがて「潰れる」となり、「明日はシャッターが上がらないだろう」となってゆく。ついには、「5億円を職員が持ち逃げした」、「倒産整理の説明会が開かれている」、「理事長が自殺した」と、デマは変化しながら拡散していったのだ。
その結果、信金には預金を引き出す人が殺到し、大混乱となってしまった。慌てた信金側は、経営にまったく問題がないと声明を出す一方、日銀から取り寄せた大量の現金を、外からも見えるようにと、窓口に積み上げた。その大きさは高さ1メートル、幅5メートルに及んだという。
当該の信金のみならず、上部組織である全国信用金庫連合会や日銀、して警察などが総力をあげて収拾を図った結果、事態はようやく収束へと向かう。
2週間弱で約14億円もの預金が流出した豊川信用金庫だったが、破綻の縁からなんとか抜け出すことができた。そして、現在も地域経済を支える金融機関として、経営を続けているのである。
現代の取り付け~デジタル・バンク・ランの恐怖
取り付けは、現代の金融界でも起こっている。そして、その危険性はより高まっているのだ。
3月、アメリカのシリコンバレー銀行(SVB)が破綻した。
2022年12月末時点の総資産は約2090億ドル(約28兆円)、総預金が1754億ドルのSVBはアメリカで16番目。銀行の破綻としては2008年の金融危機時に破綻した、ワシントン・ミューチュアル以来の規模となった。
破綻へのプロセスは、極めて短かった。
3月8日、SVBは債券取引で損失が発生したと発表した。これを契機に預金の流出が始まる。翌日の9日、420億ドル(約5兆円)の預金が引き出され、10日には1000億ドルの預金が流出する見込みとなり、損失発表からわずか2日後の3月10日に、破綻してしまったのだ。噂やデマではなく、損失は事実だったが、破綻に直結するほどのものではなかったと考えられている。
SVBを破綻させた大きな要因となった取り付け、そのスピードは極めて速かった。その背景にあるのが、SNSなどのコミュニケーションツールの発達だ。銀行経営への懸念に関する書き込みが拡散し、「ベンチャーキャピタルが、顧客企業に預金引き出しをアドバイスしている」、「とにかく預金を引き出せ!」、「質問なんかしている余裕はない!」などといった書き込みが、SNS上に溢れたのだ。
また、現在はネットで簡単に預金を引き出すことが可能だ。「危ないかもしれない・・・と思ったら、パソコンやスマホで、ポチッするだけで済んでしまう。これが預金流出をさらに拡大させることになる。
今回の取り付けは、「デジタル・バンク・ラン」と呼ばれている。取り付けは英語で「Bank run」、銀行に走って行って、お金を引き出す。しかし、現代ではわざわざ銀行の窓口に駆け込み、引き留める行員を振り切って、預金を引き出す必要などないのである。
SNSを利用することで、瞬時かつ音もなく情報が拡散、窓口が預金者の怒号で溢れることもないことから、「サイレント・バング・ラン」とも呼ばれている今回の破綻劇。銀行のカウンターに大量の現金を積み上げたとしても、預金者の目に止まることはなかっただろう。
豊川信用金庫の取り付けが、2週間近くかけて広がっていった事とは対照的に、わずか2日間で潰れたSVB。その取り付けは異次元の速さだったといえるのである。
2008年のリーマンショック以降、アメリカでは大きな銀行の経営危機はほとんど起こっていなかった。したがって、どの銀行経営者にも、デジタル・バンク・ランの経験がないのだ。
SBVに次いで、シグネチャー銀行、ファースト・リパブリック銀行と破綻が続いたアメリカ。しかし、これで終わる気配はなく、経営不安が取り沙汰される銀行が後を絶たない。
アメリカの金融当局が、超法規的手段ながらも、預金の全額保護を行っていることから、新たな取り付けに発展する事態は回避されてはいる。
しかし、預金の全額保護は、富裕層を税金で保護するという側面を持つ。自由競争原理を歪めた金融行政が、どこまで許容されるかは予断を許さない。
音もなく突然襲いかかり、銀行を瞬殺するデジタル・バンク・ラン。その恐怖に、銀行経営者は怯えているのである。
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