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2023年のうた 第一期 冬・春

2023年のうた


第一期 冬・春


新年も代わり映えのせぬ朝なれど御慶御慶とだけ言っておく

Eテレの年の初めは短歌雅楽体操はさみ能狂言

雁鍋の二階の窓からぶっ放すそんな威勢のよい一年に

茶碗割れ数増えたのはめでたいが附子をあむあむ死んでお詫びを

阿弥陀の慈悲にぶら下がるイエスキリスト描き出す鯉昇の深み

元日も普段通りにぼんやりしててすぐに落ちゆく日なりけり

ライヴカメラで参拝客の頭上をこえて南無観世音菩薩

しろきもの落ちてはこぬがあちらこちらに増えては目立つ去年今年

定まらぬ思いをおさえ込むよりも兎のように跳ねさせとこか

ぶら下がる洗濯ばさみにつままれてだらり日なたで一月二日

初春の煮しめで花の三番叟いやになるほど足踏み鳴らす

姿の見えぬ鳥の声さまよう庭のくらがりに思い残して

手車にのって囃され道をゆく鈍太郎という隔夜上人

誰からも斬りつけられてはないはずが新年早々負う深傷

舌が乱れてまわってめぐる形なき言いえぬものへくずれゆく

ひいふうみいとよっつ世の中よい年でいつもと変わらず無理をせず

十三月の朝の陽射しは目映くも壊れたものは壊れたままで

橋渡り岩屋でお詣りしてきたと本所日帰り江ノ島旅行

袖を掴んで引き上げた倒れてしまう寸前で八十九度

お正月だからというかこそなのか妙好人の逸話にふれる

ちっぽけな記憶の端にも残らぬような初夢を見たはずでした

ぬかるみにばったり後ろから斃れそのまま動けなくなるあした

正月はいくつかお餅を食べただけちょっとだけ雑煮風にして

憂う人ほど優しいと思う人ほど飛び立ちかねつ鳥にしあらねば

実体のない信用で膨らんだぶくぶくの手でスマートなんて

座り込み冬の日向で目を細め耳を澄ましてともに語らう

葉が風にそよいで語り出すのだか風が葉をして語り出すのか

風が吹き見える世界が変わりだしみるみるうちにわたしも動く

こちらから微笑んでみるあちらでも微笑み返す鏡をはさみ

形だけ小さなノートに少子化と異次元とだけ書き込んでおく

よろよろと初初しくも自転車を漕ぎつつ親に口答えする

枝ものの蝋梅の前で立ち止まるマスク越しでもほんのり香る

あれこれとえらく枝葉にわかれてもわてらやっぱりポジティヴパンク

歯の痛み我慢するかのような笑顔で細眉の怪しい媚態

いくつもの道がつくられ残ったり残ることなく消えていったり

肥満した野良犬のように粗野でいて人懐っこい黒い地下街

不定なるままに結ばる決定のあてにならぬはきっとかならず

どこか知らない遠くの町が見える窓いつもと同じ空の窓

何もかも見えるが如きことはなく見えたつもりになるしかならぬ

すべてみな特異であって連続し繋がっているこのスイッチと

なんかいいなとわかんなくなってしまうの繰り返しそんなもんかね

月五千円を貰って育ち動員される新しい戦前

しみじみと思い出されるトラ山トラ太郎のあのトライアングル

昭和に近所の本屋で買った足穂を令和に読み返している

目を覚まし試合はどちらが勝ったかと問いしハムリン君が勝者だ

複雑に入り組んだものを解きほぐしよりシンプルに動きしものに

寒の入り何の気もなく思いつき大掃除の拭きのこしを拭く

覗き込まれるためにある開け放たれつつ閉ざされた欲望の窓

寒の入りすぐさま影は長くなり足の芯から冷えてくる

ヨーロッパのあの曲のイントロが流れはじめる新年早々

歌い出しだけ何回も天童よしみが歌う夢〽馬鹿な女と

中にあるものははっきり見えねども見えぬからこそ見えるものあり

包むから見えてくるのか空虚ゆえ包み隠して見せているのか

包むとは隠すとともに見せること包みを開けるよりも見やすく

包まれたものを開いて見るよりも包まれたまま表徴を見る

ぱらぱらと中也を読むとそれだけで手持ちの言葉がすべて消えゆく

中也とは薬にもなり毒ももつ副作用あり後遺症あり

響くのは響かせようとして響くのかそうしなくても響くのか

響かさぬようにしているのではなく響かぬものは響かないのだ

打ってまで響かせたとて何となる響くものなら自ずと響く

肩を寄せ三本の手で連弾し二元を越えて響き合う音

響き合いまた手に触れるおぼろげな小さな灯りが点りゆく胸

聞こえても聞こえなくても響く音かすかな震えに触れればわかる

手をのばしさぐりさぐりの指先に触れては響く遠いとこから

響くだけ響かせておくただなかで自分が小さくなりゆくを聞く

しおり代わりの小さな値札どこかしら現在位置はどこかしら

答えなどどこにもないと知りながら探求の手を休めぬ部族

照る才も輝く能もなかりしもそれでもうちにひそむこえあり

アタリがアタリ嫌いが嫌うことを当たり前のように言うあたり

ピュアだからリサイクルした材料は使ってないと明記する品

見るものに見えないものを美しくあるかのように見せるわざおぎ

その顔のすぐ目の前にあらわれる平行世界とあらわれぬ裏

よく晴れて空気も乾いた一月のぱんぱん布団をはたく音

いま君は片手を「やあ」と挙げているようにも見える気のせいなれど

うじゃうじゃの時代を生きたうじゃうじゃの近代人のひとりにすぎぬ

執拗に吹きつけてくる風の手が乾いた上皮引き剥がしてく

いくつもの記憶と記憶が切れ切れにもう結びつく糸口もない

昨日までなかったものがそこにある窓から見える景色の無常

あれはもう鯨というか二千年分のトリクルダウンに見える

いくつもの線を重ねてゆらゆらと思い思いに響き合う色

淡い光がはこびくる色をまといしすべやかな植物のはだ

何となく可笑しいけれどまだまだで生き死にとかが重大事なり

誰ひとり敵ではないし誰ひとり味方でもない真空地帯

すべてみな他力なのだと知りつつも震える知らせ待ちて焦がれる

こつこつと時計の針の音がして耳を澄まして何となく待つ

砂利道や細い畦道いまはない用水路とか見ながら歩く

遺伝子レヴェルで発現し手を合わす浅草寺観世音菩薩

昨日まではあったものがそこにない窓から見える景色の無常

太福さんの娘さんの創作物のファンなのでインスタフォロー

きいきいと景気よく鳴く鳥のこえ春めくような一月なかば

昔よく待ち合わせしたハチ公は駅にお尻を向け待っていた

いつまでもなかなかちゃんとできないができうるかぎりやりますきっと

からからに乾いた土に水をやるすぐまた乾く雨は降らない

ゆっくりと遠ざかり元へと戻る冬の日差しの仄かなまぶしさ

一夜にてセルフレジ化の波がくる昨日の今日で景色が変わる

にょっきりと蕾が芽吹くアマリリス寒もぬくまる春めく鉢に

襟巻がほどけてしまいすかさずに「ずっこけちゃった」と言うおばちゃん

母なる五つの光と四十五もの光を蔵す深い闇

白く明るい空はまるで春のようだが明後日からはまた真冬

青白くぼんやりにじむ木漏れ日は何かを告げる夢やもしれぬ

二代目の米川文子の箏の音の九十六の年輪の張り

断水で何も洗えぬ一時間よごれたままは何とも不便

冷たくて手が痛くなる冬の水なれどなければ生きてはゆけぬ

断水が終わるまでじっと待ち汲み置きの水はほとんど使わず

断水に桶一杯の水だけですべて清める禅家を思う

大掃除の続きをしようとマイペット出したまま半月が経つ

寒々とした曇り空なれど寝汗でひんやりとする首まわり

この笛を鳴らした風はどこから吹いた終わりを告げる山おろし

鐘の音が走り過ぎてく夜の道ちいさな鬼を追いたてるよに

ベルは鳴り鐘は鳴らされ笛が鳴る響きの波の継ぎ目を越えて

婉美なる薄紅の木瓜の花こぢんまり咲くこころゆかしく

罪深きわが魂をお救いたまえ罪深き冷血の檻

こんなもの何の役にも立たぬから見てみぬふりをしていればいい

真っ白な狐の毛皮の裘ちょっとの汚れも悲しいわいな

自転車でいつもの道が塞がれてなかなか帰れぬ迷走の夢

安兵衛の憎みきれない好漢ぶりに三三の味がしみている

横臥して褶曲をする内奥を隆起をさせて顕示する場所

水仙の花がほころびめでたいが竹であるなら寿命はちぢむ

白うさぎ最後に救った光秀に月はあったか高虎のうえ

小学校の運動会のお遊戯でライディーンを踊りました

段ボールの枠におさまった増殖を山野楽器に見にいった

人身御供となろうにもあちらがそれを拒むのか淫力魔人

駒の動きもうろ覚えなのに将棋の名人と対戦する夢

行きの道から控え室で歌うまでたっぷりと見る寝坊するほど

名人とルイルイを歌い盛りあがり将棋は指さずちと肩透かし

いくつもの膨らむ木瓜の蕾あり雨のそぼ降る一月の朝

冬の雨みなみかたから押しあがる大寒だしぬく春のさきぶれ

小さく黄色い色添えるなばなに春を感ずる寒の店先

まだここで生きたいのです少しは仕返ししてから死にたいのです

そうさねえあんた働きすぎだよねたまには横になって憩えや

左手の指先が肘掛けの上でくるくる捩れたダンスする

指先が微かに触れたその刹那がらっと音を立ててくずれる

考えれば考えるほど分からないけど考えないと分からない

親指の腹にできてた小血豆はいつの間にやらぽろっと落ちた

爪切りを持って構えて見えづらく背筋が伸びてふんぞり返る

あんなもの死んでしまえばいいのだと思われてると思いたいのか

空耳で呼び掛けられたような気がしたのは実はこころの声か

囲炉裏端におおきな木がはえてきて実りにたわみ夢からさめる

信用のできぬこという語り手の見る異次元がたぶん本物

音もなく通りすぎてくそそくさと寒さに両手こすりあわせて

どちらを見ても音もなく気配すら感じられない袋小路で

ずっと見られてるのは好きじゃない全然見られないのも好きじゃない

唇の端ではなくて真ん中が割れ始めたよ寒の半ばに

雉鳩の心地よさげな鳴き声が日差しのもとで正午をつげる

何となく薄々気づいていたけれど花粉がきてる頭が痛い

御製歌にたきつけられて来年の歌会始の歌を詠んだり

サポートの上限額も増額をしたようですよお待ちしてます

指先でごみかと思い撫でさする格助詞のとについた黒いごま

背中のごみを取ったりし何かにつけて触れようとしてた指先

厭離穢土こんな狂った世界でもしがみつくのかこらえにこらえ

こじらせたつもりはないがつもりはなくともこじれるのがこじれなり

若くしてこの世をさりし母親が百年のちに孫とまみえる

既視感のある物体にはっとする同じPURATOの青いママチャリ

朝方はきらきらしてた赤い実もすぐ家のかげ忍苦の色に

スターでも大スターでもないわたしだれかあとがき書けたら書いて

からっぽで穴が開いても中からはぴいぴい音がするだけだろう

また空っぽな朝が来たのか本当に新しい朝が来たのか

還る道さくさく歩いてゆく人とまだ往く道でもたつくわたし

冬の日にいつも首が寒そうだといってたことを思い出してる

轟音のマグマのような奔流に揺籃されし西行のうた

どこに行ったらいいのかを誰に聞いたらいいのでしょうか分からない

ずっと深い海底に沈んでいます時期が来たら引き揚げてくれ

びっちりと不安だらけのむつびづき何から何までがたがたである

順に折り見じしすべて流しこむ五指を握った狭いところに

かつかつと足場組んでる音がして時間が急に早まるような

あの窓から見あげてた空はベランダの一番先で見てた空

湖のうすくはってる氷のうえを向こう岸まで歩いてく

対岸にのばした指のその先の一番先のもうちょっと先

強い北風吹きつけてぐらぐら揺れる布団の中の骨の髄

ほとんどの夜空の星は地に墜ちてまたたきながら救済を待つ

風が吹き景色に線を引いてゆく毀さぬ程度に切り込みをいれ

硬化したくすんだ表皮が剥げ落ちる吹く風に聞く約束の場所

立ったまま死にゆくみたいなようなことが今ここで起きていること

害虫を怖れ偽薬に頼りきり根も葉も幹も腐ってゆく樹

乾涸らびた大地に張った根を浮かしゆっくり移動しはじめる樹々

コンクリートにマンホール次世代とかは後回しジャパスノビズム

一度来たことがあるよでないような偽物臭い過去の再来

マルバツに全て該当してようがしてなかろうが進入禁止

埋まらない余白があって差異があり計算しても答えは出ない

もしかしてこれってあれのことかしらそんなこれとかあれになること

危険だと判っているのに両の手を布団に格納せずに寝る

ちょっとだけ前を向くのも許されず悲しみの飛礫投げつけ合って

何回も最強寒波がやってきて神話の世界に近づいてゆく

まだここにいられることに感謝する心の中で手を合わせつつ

もうここにいなかったかもしれぬのにまだここにいてまだいまがある

少しずつあたたかい血が流れだし指の先まで呂律が回る

すいすいと泳いでるように見えるけど大抵そばに人形遣い

重ね着で最強寒波に立ち向かう着れるだけ着て汗かきながら

あれなんかこの感じ見たことあるなああそうかミュージックライフだ

ミュージックライフよく買っていたっけ明文堂か太陽堂で

雲越しに弱く照る太陽は最強寒波を傍観する気か

陽が差して最強寒波とせめぎ合うどちらが勝つか決戦の午后

ポンプ押し消毒をしてマスク取り読みまた消毒でマスクする

この風とひどい寒さがしばらくは続くと思うともう挫けそう

この風にいつまで耐えていられるかもう限界は近いと感ず

空が吠え地響きを立て吹きつける寒波の風が人を苛む

猛烈な風が吹いてて何かもうヒューマンエイジの終わりみたいな

今すぐに布団の中に逃げ込んで最強寒波と縁を切りたい

恐ろしく冷たくなった床に素足で着地する朝の五時半

寒い朝こころひとつであたたかくなれそうにない酷い冷え込み

よく晴れて空にはふわり小さな雲が浮かんでるしかし極寒

北風がいくつもここを通り過ぎ吹いても吹いてもまだ吹き止まず

窓の外はまだ荒れていて骨の下はもうぐしゃぐしゃになっている

幾時代かを吹いてきた冷たい冬の疾風のもうひと盛り

戦争や疫病よりも深刻な人的被害もたらす気候

寒い日はロディ・フレイムの歌声を無理矢理にでも思い出すのだ

見上げればうすら青い冬空で山茶花の葉は白く照り返す

夜があり長くて寒い冬がありあらゆるものに裏面がある

予兆とは過去の中から浮きあがる呼び醒まされた未来の記憶

これやこの餓鬼道という孤独なり階段などはのぼらずにゆく

長い廊下の西側の突き当たり窓から見える白い富士山

悪徳が地の底にまでしみ込んで星の核が逆回転する

近づけば近づくほどに逃げてゆくギゲムギムガムプルルギムゲム

水取の桶を片手にわらじ履き氷の僧の朝のおつとめ

菩薩を拝し弥陀の六字にもたれつつやっとこさ和みなき日々

土手をつくって周りを囲みその中に生きた言葉を流し込む

〇・五度で今日は何だかあたたかいと感じる大寒次候

遠くからあの夜と同じ鉄橋を下り電車が渡りゆく音

まだたぶん石の上にはほんのりとあいつの影が張りついている

寂しさもいや増してきて寒に入り凍った修羅は睡っているか

寒々とすべて凍っているような灰色のままこの十箇月

荒れ果てていかに癒やすかいまこそは遠くの空を飛ぶ夢のなか

裏目裏目で情けない気分とともにぐるぐる歩くプチ悪夢

見えるとはあんまり見えていないこと見えてるだけで観じていない

見たままをその場で言葉にすることと反芻をして思い出すこと

目が開く前なら何をしてもよいはずなどないがまだ瞑ってる

草を刈り休耕田に杭が立つ見慣れた景色がまた消えてゆく

少しずつ宅地が増える前世は田んぼだったと分かる区画に

八幡宮で拾われたよく鳴く猫が五代もつなぐ江戸の芸

芸道の真ん中をゆく血と砂にまみれる猫のなきの名跡

一月の末の寒さと初不動まだ梅の咲く気配すらない

頼りなき烏のような息もらし身をこわばらせ排泄にゆく

常しえのジョニージュエルとの別れにも為すべきことはウインクだけか

ヴィーナスの両腕の中しっかりと抱きとめられているヴァーライン

美しき頸をもたげて白鳥が南十字へ天翔けてゆく

ヴェルレーヌよりヴァーライン悪の華よりフリクションシーノーイヴル

自転するこの星にまた夜がくる天蓋下のわらいとなみだ

すべてみなわたしのせいじゃないのです夢は夢見る人を夢見る

失われた時を求めて時をかける少女に出会うプルースト

何もかも怠けさぼって寝転んで冬の静かな陽の当たる場所

世の中は偶然ばかり夢ならば川の流れも変わらぬものを

怠惰なる埃をかぶる上っ面ゆすぶり起こす採り物のうた

紋付の羽織の下にひとつさし形ばかりの蔕村毒庵

絶対ないはたぶんない誰もがないと思うことこそあるものよ

ででむしのようなものでもスペースができれば裏をかいて這いでる

斜めに椅子に腰掛けて半分背中を向けたまま耳かたむける

掻き分けて葉と葉の奥を覗き見るまだまだ中にあとが控える

かちかちと色とりどりのガラス玉なかま同士ではじき合うだけ

組織化された混乱を回り舞台の即興劇の混沌へ

冬の田んぼの畦を枕に寝転んでカイトが風にさらわれる

晦日にまことを見せず月も出ずまだ十九日まいどまいどの

乱世には百姓の子が天下人この世の春は秀頼ばかり

鍵屋にて米の団子を下されとしっかり喋るせんのおしごと

いつからか常軌を逸し混乱しバランスを欠くコヤニスカッツィ

あることもないこともみな想像ができるのだけど手触りがない

同じ字を何度も書いているうちに文字は乱れてつたなさをしる

同じ字を何度も書いているうちに文字は乱れる無明なるゆえ

ちょっとだけ顔を出してるチューリップならぶ店先二月一日

インクの染みが空いっぱいに広がって夜ごとに月は満ちてゆく

振り返り見上げてみれば真っ暗な月の裏へと星がのまれる

月面の百名山を踏破して気球に乗ってこちらに戻る

南から風が吹き込み十五度もまだ衣更着の寒さなるかな

如月や点数シールまのあたり春のまつりは寒の内から

蓑虫が残していった蓑がもうあばら屋と化し風に揺れてる

昨日までダカラが安く売っていた今月からはアクエリアスだ

風の邪をふつかやいとで払うよにやっと二日に暦をめくる

雪のダラスといえばそう今でもやはりレオン・レットを思い出す

昼時に司会がマイクひょいと持ち明日はいい日になるとか歌う

何もかもみんなおんなじことですよ変わらぬものはないのですから

隊列を崩すことなく東から西の空へと光の行脚

案文し余計わからぬものとなりあんにゃもんにゃと叱言をもらう

大抵は豚に真珠を与えても飯食わせろと怒り出すだけ

大声でこの愚か者と言うほどに愚かしきことはなかりけり

あの頃の三ツ矢雄二の下ネタもラジオで聞けた大人の本音

電線が中也のうたに出てくると何故かたのしいこねくと効果

豆が飛びひいらぎいわし挿されても世間は広い渡り瀬はある

善人は往生を遂げ悪人も況んや鬼も阿弥陀は救う

浮遊する飛沫を散々見せられてあれを浴びると思うとちょっと

隠せる場所はありませんパノプティコンの見えない気球が見ています

春は立ち予報によれば午後からは東風まで吹くというけど

立春に東風は吹かねどカレー食べ毛穴が開きこおりとかれる

風邪かなと思うけれどもそうじゃないこれは恐らくたぶんあれだよ

つらつらときりのよいとこまで読んで栞をはさみ駄あくびひとつ

堕落した精神がまたランディング獣のはるか下の奈落に

首斬られ頭と胴が離れても信条なぞはついぞ変わらぬ

濃緑に朴訥と咲く黒き梅由の茶碗でコーヒーを飲む

両の手を手袋の中に忍ばせて春浅き陽は背後にのぼる

夜も更けて外では猫が騒ぎ出す暦通りに春がきている

ふやふやと風船飛ばしぱちぱちと割って回った夜更けにひとり

一年の一割がもう終わったとこの日にいつも思う習わし

一年で一番暗く寒い日に春の日差しと安住の塗油器

つまらない誰のためにもならぬもの書いて過ぎてく二月の五日

パパラギの再放送を見る誕生日ちょっと縁起がいいような

何もなくただ過ぎてゆく今日の日が嬉しくもあり悲しくもあり

転がらぬ問わず語りの石のよなコンプリートなアンノウンなり

熱いもの食べればすぐに汗が出て衣更着らしい如月となる

どれほどに削り取っても薄皮をむしり取っても見えてはこない

この暗い奈落の底で見上げても覆いがあって何も見えない

咲くほどに頭をたれるルピナスの度を過ぎている慎ましさかな

何回もデリダの本は投げられて叩きつけられ解きほぐされる

添えていた指を放せば落ちてゆく戻りたがっていたかのように

節をつけあちらこちらで鳴き交わす鳥の謡いをお手本にして

あの年は二十一人抜きを抜く昇進をした二ツ目がいた

手にとったときにはいまだ曇ってた視界も聴けばクリアカットに

大きな大きな滑り台からそめいろの山をちょいと飛び越えて

点いていた数字がすっと消えるだけエレべーターは振り返らない

簡単に為せることなど少なくて残りは為せぬことばかりなり

春浅きあかつき闇の静けさよ裸足のままでトイレにむかう

プリファブのイントロだけで生活が踊りだすよな二月の七日

大陸に押し上げられるアナトリア古代文明の揺籃の地

感染症に気候変動大地震むだな戦争ホモフォビア

一列に厄介事を並べ立てちょんとつついてドミノ倒しに

ちっぽけな宇宙をつつむ雑然と本が積まれた薄暗い部屋

思い込み勝手にひとり早合点ぬか喜びでそりゃそうだよね

閉じた目の瞼の裏にちかちかと点滅してる何かのサイン

どこまでも際限のない自由では打ち合わす手の打ちようもなく

憎しみもまた愛の名の下にありそれをうっちゃる人びとがくる

ゆらゆらと水に沈んだかまけわざまたたく星のまれびとのうた

久しぶりに時間と自由の序言をを読みまたここからかと思う

崩れるように倒れる柱なにもかも剥ぎとられ法廷に立つ

交換が複製を兼ねて増殖し変異を重ね生き延びるもの

長いことひとりにさせてごめんねと抱っこして撫で回してた夢

久々に前に進めぬほど強い北風を受けよろよろとする

小さくて短い橋を渡ったら二本目の道左に曲がる

ごつごつとノックをしてる音がするもう少しだけ寝ていたいのに

整然と元からあった型通りできないものがあぶれだしてく

良くも悪くもただ怖れ同情に深く沈んで謙虚さをもつ

やわらかな殻はるか遠くを見通せる影のない夜アルカディア

すかすかな頭の中を鉄球が転がっているごろごろがつん

ぱさぱさと白く細かい粉の砂糖を振るように雪が降りだす

山茶花の葉を白くする雪のしたひよどりがきて羽をやすめる

山茶花で雪やどりするひよどりが近くの仲間と声をかけあう

布団の中で耳をすませばうなる声どこか近くの室外機

凍てついた冷たい雨が刺すように熱を奪って動けなくする

唐突に転調がきてメロディを華麗に踊らせるバカラック

遥かなる二〇世紀の影はもう通り過ぎゆく立ち止まらずに

コロナ禍に施無畏の額がよみがえる元は玄岱今は春海

景色から消えてく人の人らしさ嗚呼浅草は血の海のなか

雪が降り静まりかえる夜になり生きた心地がいつもよりする

真夜中に風が吹きだすただでさえ雪で寒くて震えてたのに

じゃばじゃばと溶けて流れる水音と青空の下のひかげの雪と

たまさかの五センチほどの積雪に怺えがきかず散る木瓜の花

毎日をおんなじように繰り返し毎日ちがうものをひりだす

だいじょうぶ歩く歩幅はそれぞれで時が満ちれば着くとこに着く

静物の動きをとらえた筆先がかたちをつくる一閃のもと

飛び出せる端から重さのことなんて頭の中から消してしまえば

ダダを読むスペイン風邪を生き延びた百年前の中学生が

野ざらしのぬっくと突き出た骨のさきあれは確かにぼくのだけれど

迷い込みかたい引き戸のその先に時が止まった前史の記憶

初めて行った場所の駅のりば間違え母たちとはぐれてしまう

右にある鏡の中の左手をのばして触る右手も触る

災厄を通せんぼする角大師ほんのり笑みをたたえた顔で

今日の雨は泣くように降ったかい梅の木にしずくは溜まったかい

少しだけ爪先だけが進み出る引きのばされた時間のなかで

引きのばされた空間に立ち現れる形をなした点や線

バウンスしロックスケートロールするだって今夜はサタデイエイエ

これからもヨーグルトを食べるときデラソウルのこと思い出すはず

見た目だけ均衡とれているだけで一皮剥けば調和は見えぬ

少しずつ通れる穴を狭めゆき勢いつけて罠にはまらす

右でやり策略通りはまったらそれをもいちど左でもやる

素晴らしい新世界とはどこかしら道順通り来たはずだけど

境まで歌い踊って練り歩きそのままどこか行ってしまった

わたしたちあとどれくらいここにいて悲惨なものを目にするのかな

はっきりと見える形で現れる偽装されてる暗き先触れ

百万の顔なき顔のほほえみが待ちわびる対立と殉教

うおたちも薄い氷をいずるころいてどけに尚とけかけぞある

春は立ち薄い氷にのぼる魚ステイクズハイ骰子の一擲

円寂の沙羅双樹とて四枯しなく涅槃に入る釈迦を囲みて

ふく風にふかれるがままなぶられる何のおおいももたぬものらは

ひからびて心の芯までひからびて干割れてしまい捨てておかれる

元犬といえどいまだに白犬で因縁深き餅は食せず

白犬が飲み込むことのできぬ餅飲み込むことのできぬ運命

搗き立ての餅を残して白犬は去る因縁に涙を流し

混じり毛の一本もない白犬が塚と餅だけ後に残して

経を聞き白犬が無と空を識る餅詰まれども業は滅せず

餅曰くこれが詰まれば終わりなり俗物にまで墜ちよ白犬

あちこちにがたがきているこの船でこっからどっか行けるとこまで

そんなこと朝飯前というような顔してみんな通りすぎてく

かなしみはとても大きく膨らんでゆけばゆくほどうすらぐような

ぱさぱさに乾いてしまいがびがびに固まっている人らしきもの

味気なく薄っぺらだし嘘臭い生きる意味って何でしたっけ

真夜中に急に咳き込み目を覚ます半分死んだ魚のように

老梅の蕾も少し膨らんできているような二月のなかば

家々の隙間に弱く射し込んでくる西日にそまるはだかの木

検索の結果の一番最後にも現れてこぬミクロな事象

一個減る薄皮のパンこの次は皮の面積減ってゆくのか

テーブルの上に置かれた薄荷水ほら感じてね朝焼けの街

すぐそこに出されたものを見直して否定をされる前に壊して

にぎやかにたくさん蕾ふくらます梅とあんまり蕾まない梅

店内でマスクしててもくさめでるゆるいつけかた身につけた春

ぬかるみに腐食しながら沈んでくその傍らで打ち上がるもの

三月や四月半ばの陽気だと言うことはもう衣更着れない

そのドアは開かれていて長いこと待ちわびられる未知の足音

無駄なこと嫌う人ほど死に馬に鞭打つようなことばかりする

手を叩き足踏み鳴らし踊っても何もこないし何も去らない

てらてらとかさついている表面にたてよこななめ皺がはしって

入れ替わるひどい寒さとぽかぽかがじゃらじゃらじゃらとじゃらつく陽気

二階からおかるの定が兄さんに突き落とされる文菊芝居

街に出て来訪神がダンスする持続可能なサウンドスーツで

波打って揺すぶりたててざわめかすサウンドスーツと夢とうつつと

梅のはな開いているを目視する春の陽気の二月ばかの日

じょうずの坂のふもとまであとどれくらい坂をのぼってゆくのだろ

咳こんでふやふやふやと星が舞う本格的に花粉でおじゃる

こんなんで分かりますのかええたぶん一番だしはおいしおすなあ

十四日ここで静かにしていればこないなもんは治るはずやで

薄紅のぽつぽつぽつとならぶ枝したくととのう木瓜の蕾も

もうすでに雪を溶かした雨は降り風もなんだかもわつきだして

いたんでるいたんな人は去ってゆき忘れたころにまた戻りくる

ダフト・パンクはもうなくてロマンソニーも松本零士もいないけど

人がよく死ぬ月と詠む万太郎短日月にふえゆくほとけ

白い雲灰色の雲が流れゆく無常の風におされるように

もうかなり追い詰められているなかでまだ運命にあらがう凡夫

弥陀の手を煩わすほどかほうもの現世の罪は現世かぎりで

なんもせずそのままで来いと仰せらる現世の罪は現世かぎりで

スイッチを入れて喋ってみたならば聞こえて伝わるようになるかも

クーンズの犬が砕けて出土した波山の窯の陶片のよう

ネオンと屋台午前一時の東京のアシッドレインが降るなかで

往来に風呂敷包みが落ちているたぬきの柄で実にあやしい

狸賽の壺をあければ天神の梅も見ごろの束帯姿

梅にも春の色そえてわざわざここへくるまいぞ鳥もせわしい

草や木は眠りからさめ花は咲きいのちがぞめき時はうつろう

凍りつき眠りにおちた世界から時がうまれる音がきこえる

サーカスのテントの中は猛獣が猛獣らしく振る舞える場所

せがまれて襟の楊枝を手渡せば雁首ほじり火鉢へぶすり

寒風の吹く田の畦に空色のおおいぬのふぐりこごまって咲く

今はまだじんじん痛むだけだけどいずれはすぐに砕けておちる

だんだんと痛みがひいてゆくように無かったことにみななってゆく

止まらずに諦めないで続けろとブランニューヘヴィーズが歌うから

単純なことほどまるで解されず宙吊りになるそそのかす嘘

その人がその人らしくいることとその人らしさ笠に着ること

理由なく巡る季節が携えてくる害悪も造化の妙か

列になり輝きながらダンスする慎重にその先の先へゆく

流浪した戦後が終わり春からは新しい戦前が始まる

日差しの中にぴろぴろと小さな虫が飛び交って天長地久

何もかもプラスに向かう幻影と時間通りに沈む日輪

時が過ぎ同じ季節が戻り来る葉は枯れて落ちまた生い茂る

問いかけて答えがかえることはない丸と四角でばらばらだから

敷かれた石に落ちる影ゆるやかに時は逆巻き閉ざされるドア

残念ながらこのテーブルは回らない周りを人が回るやつ

調和をしない波長がぐるりお互いに取り囲み世界がゆがむ

ぐんぐんと遠く離れてゆくようでコアの内から響くハニャラニ

自転車で細い裏道走って戻る劇伴つきの夢を見る

曇り空物干し竿の銀色も灰色がかる横一文字

二月二十四日午前十一時半ツインピークスに到着

はらはらと降る春の雨しっとり濡れる白く小さな梅の花

写真なら肖像画ほど本性を生き写したりしないはずでは

おおこれが勝手知ったる麻のれんさらばいざいざ出る蚊帳の外

湖上にて吹き抜ける風と湖面の下にとどろく波音を聞く

気を抜けばすぐにずっぽり胴体に大きな穴が空きそうだから

もう別に驚かないよそんなこと世界はとても広いんだから

ぐるっと大きくカーヴして陸橋を越えバスはゆく遊園地へと

緩やかな坂をのぼったその先の切り通された谷あいのみち

青空に霞というかうわばみののたくるような雲がたなびく

青白く骨まで透ける月明かりあれやこれかさねの連理引き

百年の孤独の最後の大詰めの煮詰まりきってゆく十五年

最初から始まるものはなにもなくただ運命に運ばれるまま

初めから始まる前から壊れててずっとそのまま機能してない

ボスポラス渡った先に横たわるたおやかな異形のオダリスク

雪のなか愛宕山までいそいそと向かう馬生を騎兵が制す

隙間から冷たい風とカーテン越しの光だけ入り込む部屋

幾重にも閉ざされていて遮断され風も光も届かぬところ

今おなじナミブ砂漠の水飲み場みている暇な約五〇〇人

自然から遠ざかりゆく動物がバラフォンを聴き深くふるえる

崩れ落ち埋もれかけてるその道を歩く最後の人になりたい

蝋燭のあかりにぬわり浮き上がる応挙の孔雀の首がすごい

昨日より時計の針は早まって明日はさらに早くなってく

春霞すかして淡く降るような二月の末の白い陽光

ふるさとの春の疾風の吹きつづくうっすら霞むよく晴れた空

春疾風またたく猫の目にうつる梅の香りや舞う杉花粉

ときうつりまた春がきて囀りがわあわあいってぞめく木陰に

煤けたるページとページにはさまれて化石のようになったバガテル

ゆらゆらと波打ちながら街の灯が水面に落ちるブルタバの夜

祈りつつ鍛冶屋が槌を振り下ろす閃光が爆ぜ街を包んだ

空高く魔のサークルが現れる春には春の咄咄怪事

おぼろげに春を感ずるひまもなくエアコンからは冷風がでる

松ばやし翁や風流の薪能うほの反閇はるをことほぐ

枝打たれあわれなかたちさらしても咲くべきところ花はただ咲く

腕を組み顔を顰めて目を瞑りいろんなものにほんろうされて

何もなくこの先なにかあるようなこともなかろうこれまで通り

死にきれずまだ生きている水のそこ百年だとてまてるバガテル

春が立ち雨水となって如月の二十八日無事に過ぎゆく

ありのまま口に出すのが難しいことばは何かべつのかたちで

ひとりだけ何をいっても通じない違う言葉を話してるよな

鉛筆をなめなめしつつどがちゃかにがらがらぽんでひとつよしなに

それほどに雨や水にはあわねども草木めばえ烏もいずる

水取りや籠もりの僧も山川も草木もみなめばえていずる

夜も昼も渡る世間は鬼ばかり窓からのぞく三月の空

いくつものかなしいことが重なって春めくことのない三月に

何となく何かが飛んでくるような感じてるのか思い違いか

猫たちがデザイン化され進化する北欧柄にドットアートに

AIの書く紋切型で事足りる進化する人間愚劣

永遠のブバールたちとペキュシェたちあなたのおもい代書をします

現実が映画の中より映画なみハリウッドにも雪の降る春

昼ごろは春めいていた空だけど今は雪でも降りそうな色

いつだって酔いどれがいる雰囲気のいっちゃんの奥スカラ座の前

先走る春の陽気もぱちんと指を弾いたら北風が吹く

転んでもただじゃ起きないとかいわずただでも起きる起きてよいなら

ふわふわのツインテールにワンピースお山座りの粋な手ぬぐい

遠い日の遠くぼやけていた木まで長い時間をかけて歩いて

手の中で記憶を攪拌するように指先だけで文字を記して

ひな祭りなにすることもなけれどもヤマザキの甘食を食べます

鉄拐の中で張果の馬に乗るやっかいもっかいしじみっかい

張果老たのしむ春の花ざかりああ浅草は桃花の節会

誰もみなただならぬかおで笑うとき明るい春がおとずれるはず

ララランド連れていってよララランドどこか知らない空っぽなとこ

ベルが鳴り戦争機械が目を覚ます待ちわびていた赤い風船

何にせよゆくももどるも一瞬の隙にするりと這入るとこから

魂と切り離された感覚の隙間に何か這入りこむもの

何にせよ流れるものは流れよう時間がそれを許す限りは

しなやかな動きが徐々に重なって大きくうねる音が波うつ

高く飛ぶ胸壁のうえ立ち向かうたったひとりで焼けおちるまで

まだ高く胸壁を越え雲のなか宇宙まで飛ぶはためく翼

夢でさえ描けているかわからないそれでも今日もうたっています

ざこ八のお絹のすがた目に浮かぶ病いがなおる救いはあるが

中央を真っ直ぐ走る線だけが捉えることのできるひらめき

何千も呪文を試し開けようとしてみたけれど反応がない

目に見えぬ絵にすら描いておらぬ餅どう手にとって召し上がれよう

ことばとは引用をするシステムでもはやそういうものでしかない

繰り返し擦り切れるまで読めばよい丸屋根のある塔の下まで

山茶花の残った花をついばみに夕暮れどきにひよどり一羽

もうあまり人らしいことしてほしくないといいたいのではないかな

ゆっくりと乾いた砂が流れだすほんとの海を見てみたくなり

いつまでも眺めつづけるもう一度ちいさな芽から育ちゆくとこ

春雨やすべての粒が少しずつ土にしみ込むいのちの根まで

朝はやく暗いうちから雨になりまた少し春が色を濃くする

橙色の傘をかたむけゆくひとを思い浮かべる春の雨かな

文をみてわけえし三たり貸し出せば枕三つとまた文がくる

風があり人間があり水があり詩がそこにあるミツマタノケイ

季節は移り昼が去り夜が来る長くなる影また遠ざかる

打ち掬い櫓太鼓の曲弾きに金糸もおどる千両まわし

大欠伸あまり人には見せられぬ顔であるけど見る人はない

復活の歌がきこえる春の空かすみのしたでいのちが萌える

空のうえ高いとこから見わたせば春の野にただ霞たなびく

春の日のとまったようなそよぐかぜ憂い恨みを吹きもやらずに

もうすでに季節のかわるスピードについてゆけない三月七日

更科を汁どっぷりで食いたいと今際のきわにこぼす食通

ぽこぽことかすかに聞こえるアンダンテそこらに春が歩いてきてる

明日こそガーシー行くって言ったじゃないのやめとこうまた夢になる

菜の花とラッカ星人の中にもラッカ星人にぎやかな春

反魂香を使い果たした道哲が土手でさびしく鉦たたく

低くとぶヘリコプターが春の空しらせてまわるなりすましさぎ

あれからもあちらこちらの馬小屋でキリストは何人も生まれた

本物は本物らしくない顔で素性の見えぬものとしてある

崇高な正義のためにひとりきりテロルと同化するアレドンド

心底どうしようもない行為のなかに目をみはる美が横たわる

三月や時おりしてる風の音こののどかさに水ささないで

石に臥し雲の布団で昼寝するデイドリームなネイションのこと

ぐしゃぐしゃと黒く塗り潰されたまま春の明るい陽射しの中で

灰色のとても静かな偽りの安息の日に降りそそぐもの

どこにでもヴェルナーはいてその時に備えていつも待ち続けてる

帰宅して手洗いうがい冷水をばしゃばしゃ顔に浴びる三月

風ぬくみ道端のブロック塀の縁にひっそり水仙の花

春がきてほっと一息ついたとて見わたすかぎり荒れ野は荒れ野

首がもうまわらなくなり真横から薄板界を眺められない

色を見て音を聞いてるその刹那色を聞き取り音を見て取る

あの日からもう七年も経ったのかあっという間に遠ざかってく

かちゃかちゃとあの足音が聞こえそうひとりっきりになっちゃったから

もしきみが窓のなかから見てるなら虹をそこまでかけておくれよ

忘れずに思い出してるものあらば明かりは決して消えずに灯る

ぽかぽかで我慢しきれずぱたぱたと団扇をつかい春が夏めく

壁に沿い確かめてゆくひとつずつ斜めに折れて連なった孔

マーラーの復活を聴いたところで何がどうなることもないけど

三月が一番残酷な月で二番目が四月かも知れない

朝の五時かすかな揺れに目を覚ますいつも以上に過敏になる日

あのときも何もしないで寝転がり天井をみてぼんやりしてた

かたかたと大きな揺れの先触れがきた瞬間をまだおぼえてる

三月のカレンダーでは二番目の青字になった土曜日だけど

目を閉じて世界の音を聞いている眩しくて手でまぶたをおおう

鍵穴の向こうの何もない世界すべての錠はいっ発で開く

おのれがおのれのキリストとなり王冠をつけて鐘を打ち鳴らす

ぼんやりとただなんとなく過ぎてゆく春の弥生の日曜日かな

今日明日なにかが変わる境目にわたしも立てているのかどうか

風のなか土のにおいにもう一度わたしを何か見つけたいけど

昭和末あそびをせんと生まれけむ時がくるまで時と戯むる

晴れた日の遠い未来の空のした今日の記憶が解きはなたれる

灰色になった時間が葬列をなしている浮き沈みしながら

風が吹きチャイムを鳴らす目に見えぬ音を聴いてる内から外へ

悔いのないほどに春眠むさぼって寝ぼけまなこでいきていきたい

風が吹き桶屋儲かり蔵が建ちなんもかんもが五臓の疲れ

吹きつける雨粒のおと風のおと三月半ばらしい湿気寒

からっぽで色はなけれど無でもないむなしき空に春雨ぞふる

世界はすべて一瞬の個対個の身振りのなかで表現される

雨上がり頭の上の飛行機の連なりを見て歩きつまずく

草芽吹く雨に濡れたる坂東の変わることなきとびいろの土

重なった無限の宇宙のその上にかわいいシールを貼りつけてゆく

メタバースに二度と起きない奇跡はない何もかもがスペクタクル

あちこちが唸って声をあげている空の胃におつけを流し込む

真っ暗な異臭に満ちた泥沼で大地を夢みた十二のビリー

六連発やマシンガンから音もなく憎しみの種を撒き散らす

無茶苦茶な世の中なのは昔からだけどレヴェルはかなり上がった

おらあの夜ひとりで月さ見てたのさそしたら梅の木がぴゅうっとな

不思議の国の文庫のしおりに誘われ別の世界を渉猟す

晴れてきて一枚上を脱いだけどまた着たくなる春寒の午後

うっすらと眉間に皺がよっている顰めた面の鏡のむこう

うねうねとMからOにたどり着きそこからYやXに行く

大石の真に迫った大芝居まきぞえを食う村上喜剣

くわくわと蛙の声がやわらかに飛びこんでくる啓蟄をきく

風もない春の日差しののどかさに長いヴァースを目白が歌う

見えている現実が異なっていて感覚の線がつながらない

ぽたぽたとしずくが垂れるつけたまんまの笠からか嬉し涙か

ほどほどにいい時代だし気のながい神様もいる怠惰に生きる

どれほどに怠けて生きてみたとこで苦味や痛みはそれなりにある

偶然の出会いがしらの遭遇が思考をこわし創造をうむ

うねうねとMからOへXへYへといたる偶然の線

雉鳩の歌う調子もなにとなく春めいている三月なかば

ひらひらと斜めに横切る紋黄蝶たかくのぼっていずこまでゆく

裸形とはかけ離れたる言葉でもいかに頌舞を表しうるか

すべてのものとすべて場所を二十四の前奏曲にたたき込む

何の役にも立ってないけれどもここの片隅に居つづけてます

まやかしの数列からは真水は出ぬと知っていながらしぼり出す

主人家の抱え人が四神剣の掛け合い人を兼ねるものかは

かたじけねえと芝居がかりの五右衛門もささげて御印の御血脈

何とはなしにいたものがお払い箱になった春あわれなるかな

どぶ沿いのトタン塀越しほぼ幹だけの老桜がひそやかに咲く

人づてにうわさ話をきくもよしきかぬもよしのうす花ぐもり

たいていは手の届かぬとこにあるものでどれも普通にありはせぬもの

店内を四角くまわる肉めぐり札の辻横辻の吉野屋

シルス湖の氷の下の人間と時間のかなた五二メートル

午前二時そのときはいまこの夜で赤くにじんた光を抜けて

朝がくるのも忘れた日々のその果ての乾いた夜と静けさと

メイキッファンキー聴きながらスモークのうみ突っ切って夜のそこまで

花冷えのつめたき雨で帳尻をあわせるような早すぎた春

しとしとと夜っぴて降りし春の雨ちょっぴり寒も戻りてしとど

ぴょんぴょんと雨に濡れつつ枝から枝へ花も団子も四十雀

飽きもせず二段橋から下を覗いて流れる川とゴミを見る

揺るぎなき独り善がりを見せつけてお前もだよといってくるひと

プーチンやトランプよりも真っ先に捕まるとこが見たかったよな

ほったらかしの水受けの皿に溜まった雨水が照り返す窓

こんと鳴く初音の鼓に泣きながら一両を出す佐藤忠信

ただで飲み虎にはならぬ猫忠の涙ながらに聴く太棹か

おお神よテレビを救う御意志はあるか清らかな番組のまま

たとえ失われゆく世界であろうとも捨てておけないことがある

ロバート・スミスが堪忍袋の緒を切るほどにゆがんだシステム

道行の吉野の森の満開の下で静の扇をキャッチ

かさかさに枯れてるように見えたけどまた青い葉を出す松葉菊

裏路地に明日はなかなか来ないからおんなじことを繰り返すだけ

出来るだけ本当らしさは差し引いて色の記憶を塗り重ねてく

老いぼれめ最後の鐘はもう鳴った思い出してももう遅すぎる

思い出は常に遅れてやってくる死んでしまった現在として

いつだって大事なときにプラトンは病気だったと記憶してます

汚れた街のただの粘土でできた花もう疲れ果てうんざりしてる

分厚い面の皮のうえ仮面をつけてそのうえのマスクだけとる

うっかりと三十年も経ったけどシャーラタンズはまだこんなだよ

帯つかみ帯つかまれて列になり朝が来るまで駆け回ってた

ちょっとだけ汚れがついているだけで流れの外にはじき出される

よじれててやわなつくりのごちごちでかさかさしてる生きた人間

ゆらゆらと右に左に膝を曲げ八の字えがき湯が沸くを待つ

轟音と光を放つ金属の眠らぬ機械と虚無のジャズ

一粒が思いがけなく万倍にほんに春分縁起がいいわえ

うなだれた独りぼっちのおじさんがあっちでこっちで立ち枯れてゆく

あのころも毎日こんな感じだったと記憶がふっとよみがえる

起き抜けに寝汗ひんやり首まわりあったかいのかまださむいのか

だれもみな風になり世界は変わり閉じてしまった人が残った

つゆほども民主主義とは何かを知らぬ政治家のいう民主主義

本心じゃ民主主義など信じていない政治家のいう民主主義

積み上げた千両箱に腰掛けるめしの旦那に貸すたばこの火

裸足であるく床のうえひんやりとして心地よい夏めく弥生

これはもうまた六月に四十度近い気温になるでしょうなあ

八十億も人がいて感染症も戦争も野ばなしな星

世の中が野球にうつつ抜かしてるあいだにきてたニジユーブーム

実際に行ってみるまで痛感をする気はまるでなかったような

わたしとは重なることのないわたしそんなわたしが今ここにいる

直接に意識に与えられているものと遅れてやってくる言葉

ひとつとて芽がでなくとも種をまく黴びてた土をほじくり返し

雨が降りそっちこっちで張り合って威勢よく鳴くめかりの春蛙

ひとつまたひとつと声が遠ざかり時間のかなたへ静かに消える

本当に心はそこにあるのかとその声は問うじかに心に

老桜は雨に打たれて花が散りあわい緑の葉だけのすがた

摩滅して泥の中へと沈みかけうつらうつらときいたリベラメ

物干しにばさりと飛んできてとまる鷹かと思う音の雉鳩

ほとんど同じだからってめくらずにいたカレンダーようやくめくる

誰だろうこのわたしとはあなたとはこの星にいたわたしたちとは

基地のわき飛びたつ飛行機を真下から眺めて向かう稲荷山

学校の帰りにハイドパークまで桜を眺めにいきましたよね

ふきだしてわきあがってく春げしきただ花は咲き風に散るだけ

隣りあう山野楽器と紀伊國屋ふたつの宇宙をいったりきたり

坂のした街とその延長の不確かな境目に流れる川

カレーを食べた日の夢でもっとおいしいカレーを食べて無念なり

どこかでひよどりの鳴く声が春の雨ちょっと小降りになったかな

本当はここにいなくちゃならぬのにいつも悪魔に唆される

光と闇が出会う地で信じるふりをするものに死のくちづけを

乱雑な響きをすべて変形させてゲノスの壁に閉じこめる

耳にきこえてくるものをそのまますべてききとって外をながむる

塞ぎ込み閉じてしまっているだけで何も変わったところはないが

いくつかの道はあるただそのどれをさかのぼってもすぐに暗がり

晴れの日も雨の日にも色はありなにかをいつもかたりかけてる

見えている色や形は欠けるとこなくあるもののほんの一面

層をなし積み重なっているものが腰の据わりの差にあらわれる

空無なる天から龍がくだりきて地に木がしげり獅子とたわむる

胆力も細やかさでも図抜けてて平面上に奥行きがある

冬のあいだは降らないで花が咲いたら雨つづき加減をしらぬ

一年が暦通りに過ぎただけかなしいけれどそれだけのこと

あの日から一年が経ち今はもう短歌ばっかりやっております

巷では短歌がブームらしいけどここらあたりがその底である

問うひとはあるやなしやと鳥たちも待ちくたびれていくよかここに

行く春にすみだの土手に舞う花と酔いし年増の昔がたりと

鳩が鳴き干大根がゆれている春の風ふく散歩道かな

蝋燭の灯りを少し近づけてまた遠ざけて耳を澄ませる

何となくなにすることもないままに春がどんどん行き過ぎてゆく

幾つものあるべきとこを踏み外しぐずぐずになり乱れる破線

ぼんやりと空っぽになり遠くまで流されてゆく流れと逆に

振り返らずに過去を見る千年も二千年もの前の記憶を

見るものを小さいものに限定し見えぬ部分を拡張させる

夢のなか小分けにされた夢でみる夜みる夢が底なしの夢

どこまでも引き伸ばしてくゆっくりと時間がとまったようになるまで

Meet UpでOPEN your ARTでゲージュツ爆発で閾値に

あっちこっちでわきあがり全ての点が中心でエキセントリック

春の陽のまぶしいほどの明るさが喜ばしくも鬱陶しくも

青い空には白い雲はんぶん翳る田んぼもすぐに影のなか

明らかにあせる気持ちがうかがえる雉鳩のこえ春の夕暮れ

がらがらとあちらこちらへ持続して鳴る春雷と飛行機の音

ギレリスのピアノがさざめくニーニョの音の波間に静かに消える

陽のひかりいっぱいに受けてっぺんでまだ誇らしく咲いてる茶梅

戦争や暴力により何か得て利益をあげる世界に抗す

古い世界と新しい世界がパリの街頭で対峙している

寝てる間に右の手の掌の真ん中につく爪痕ふたつ

どこかで風を吹かそうとしているだけか実際に風は吹くのか

本当に風が吹いてもここまではなにも吹いてはこないだろうが

さんざんに踏みつけられてうずもれて風が吹いてももう上の空

長いこと風の吹かないとこにいて今じやすっかり老いぼれである

花を見にひとりふらりと歩いたりする余裕すらないこぞ今年

春になりロバート・スミスがツイートに小文字をちゃんと使い始める

叩いたり打ちつけてったり砕いたり生まれ変わりの音のする春

何だってわたしのためにしてくれるたった一人の友だちだから

ぎりぎりのとこまでくると人間はワイルドサイドを臆せず歩く

浅草で家族ぐるみの仇討ち芝居高田馬場で返り討ち

花は散り元帳みせる葉桜も弥生かいじつ変わり目である

取りわける時点でかおる長命寺おとよおえいも花うるわしく

夕時に軒で餅つく蚊陣に夏のはしりを感じる弥生

大声で世界に異議を訴えるロバート・スミスは大文字で書く

追ってても目にはとまらぬものがあり目を待ち伏せしてるものもある


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