エビを愛した先にあるもの

コミュニケーションを取るのが苦手だ。
私は人見知りだからだ。

ある会社で働き始めて半年くらい経ってから、「やっと僕と話すのに慣れてきたか」と上司に言われたくらい。話しかけられても「そうですね」といい、笑うのが私の限界だった。「そうですね」で完結するので、話が続かないと言われた事もあった。

その以前働いていた小さな会社で、私が無類のエビ好きだという事が少し広まった。
嘘ではなく事実なので別に広まったからといってなんて事はない。

当時の私のエビ好きは普通ではなかった。
エビなら焼いても茹でても揚げてもなんでも好きだ。特に好きなのは"生"だ。回転寿司でも普通のゆでエビではなく、生エビを食べるのが好きだ。海鮮は"生"が一番というのがセオリーだ。

好きな食べ物はと聞かれたら当たり前に即答で「エビ」と2文字で返した。

当時はエビフライの食品サンプルキーホルダーをカバンに付けるくらいエビに魅了されていた。

私はエビの味が好きなのだ。決してエビフライのビジュアルが好きなわけではない。だが、美味しすぎるあまりいつも身につけておきたいと思ったのか当時の私に聞いてみないとわからないが、とにかくそのようなキーホルダーを付けていた。今となっては恥ずかしかったなと過去を懐かしむ。

しかし、今でもエビのクオリティの高い食品サンプルを見つけると立ち止まって買おうかと悩む時がある。
そんな時はいつも、値段を見て我にかえって「危ない危ない」と手に取った商品を戻すのだ。

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会社ではエビ好きが広まった事により、周りからエビ情報が飛んでくるようになった。

「どこどこにいろんなエビが食べられるところがあるらしいよ」とか「あそこのビルの地下にエビラーメンのお店があって地下に行ったらエビの香りがしてくるくらい」とかいろいろ教えてくれた。

実際に行く事はなかったが、エビという話題で会話が弾んだ事が嬉しかった。

ある時、一緒に働いてる人に「エビカレー食べに行こうよ」と誘われた。
エビカレー......私は頭の中で反芻した。

エビというワードは私にとってときめきワードだが、カレーがなんだかしっくりこない。

そう、私はあまりカレーが好きではない。今は嫌いとまではいかないし簡単だから家で作る事もある。しかし、子供の頃は「夕飯カレーだよ」と言われると「えー」と残念がる子供だったくらい。

子供の好きな食べ物第1位のカレーを私は嫌った。味覚の反抗期だ。

他にもスイカ、メロン、コーンなど子供が好きそうなものが嫌いだった。

普通の反抗期はなかったと自負しているのだが、スイカとコーンに対しては今でも反抗し続けている。

そんなカレーにピンと来ない私だがそれでも「エビ」というワードにときめいた私はエビカレーとやらを食べに行く事にした。

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連れて行ってもらったその店は、純喫茶のような佇まいのカレー屋さん。ノスタルジックかつムーディーな雰囲気で少々緊張した。私たちはカウンターに横並びで座った。

メニューを見ると様々な種類のカレーがあった。どれも美味しそうだったが私の目的はエビカレー一択だ。

カレーを待つ間、エビの話をしたりそうではない話をしながらカレーを待った。

出てきたカレーは、外であまりカレーを食べない私からしたら珍しい、カレーとご飯が分かれて出てくるタイプだった。

グレイビーボートと呼ばれるなんだかイカした名前の魔法のランプのような容器にカレーとエビが窮屈そうに入っていた。

真っ白なご飯に流し入れたカレー。

カレー自体はシンプルだ。しかしそこそこ大きい丸くなったエビが結構な量でカレーの上に乗った。

茶色いカレーの上に乗ったところどころ見えるエビの赤色がまるで遺跡に隠された宝石のように私には美しくキラキラして見えた。幻覚も甚だしい。

私は好きなものは最後に食べる派なので、エビを大事に大事に端によけて「待ってなエビ」と心の中で思いながらカレーを食べた。そしてようやく最後に楽しみにしていたエビを口の中に放り込んだ。

カレーの味は正直覚えていないが、エビは最高に美味しかった。エビはやっぱり美味しい。私を幸せにする存在だ。たとえ見るからにカレーの衣に包まれて、味がほぼカレーなんじゃないかと思わせながらもエビの味を探して感じてほっぺが落ちた。

「美味しかったです、ありがとうございました」連れてきてくれた人にそう告げ、私は満足気に帰った。


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たまにそのエビカレーを思い出す事がある。行ったのはもう、5年以上前で、その一回っきり。
今そのカレー屋さんがあるのかも知らない。
今もあいかわらずエビが大好きなので行けばいいのだがなかなか行けていない。

だからまた行きたいなとふと思うのだ。

リビングでソファに座りながら、「またあのエビカレー一緒に食べたいね」そう隣に座る夫に話して、思い出して笑うのだ。

エビに釣られた私。
そして、海老で鯛......いや、海老で雑魚を釣り上げた夫。

そんな2人の楽しい思い出の味だ。

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