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心を浄化する1人時間

私はしばしば宝塚歌劇の舞台を観劇に行く。いつもは誰かと一緒な事が多いけれど、今回は久しぶりに1人で来た。

宝塚歌劇の本拠地宝塚大劇場へ行くには、いつも阪急宝塚駅で電車を降りる。ふとひとつ前の宝塚南口駅で降りようと思い立つ。宝塚大劇場は宝塚駅と宝塚南口駅の真ん中あたりにある。1人だから何をしようと自由だ。

有川浩さんの小説『阪急電車』に出てくる阪急今津線で宝塚駅までいける。本を読んだ時は、宝塚に通いすぎて親しみある路線のあまり楽しんで読んだ記憶がある。

宝塚南口駅から宝塚大劇場へ向かうには橋を渡る。分厚いコートを着てきてしまったかと思いながらも少し風があって冷たい。けれど、お昼前のポカポカの日差しを浴びながらその橋を渡るのはなんとも心地よい。

橋から見える『宝塚大劇場』の文字をなんとなく久しぶりに見た気がしたのでぼーっと眺めながら歩いているとちょうど小豆色の阪急電車が通る。それだけでなんだかいい街だなぁと思う。
横を自転車が通り過ぎてゆく。スマートなすらっとした男性だ。そう思ったけれどよくよく考えて、いやここは宝塚だ。今のはきっと男役の人だ。とこの街に来た事を思う。

更に歩くと見えてくるのが『はなの道』と呼ばれる道。道の両端に木々や花々が植えてありとても美しい道。春になると桜が咲き乱れ儚くも美しい。こんな道が家の近所にあればいいのになと思う。

劇場に着くと毎公演恒例の写真スポットへ行く。人よりも大きなポスターが貼られている。そこでいつも観劇の記念に写真を撮る。もちろん、私は写らないのだけれど。

グッズショップに行くもいつもより遅く来たせいか、人が多いのでサッと退散する。開場まであと少しだけれど1人だと行くところもないので開場の列に並ぶ事にする。1人で来なければ開場の列に開場する前に並ぶことなんてしない。

時間になると今回観劇する花組公演の組カラーであるピンク色のスカーフを首に巻いたお姉さん達が並んで「いらっしゃいませ」と挨拶をしてくれる。これもいつもは滅多に見ないけれど、百貨店に一番乗りしてきたみたいな感覚で歓迎される感じがなんかいい。

もぎりのお姉さんは今はほとんどチケットをもぎらない。チケットに印刷されたQRコードをかざして入場して行く。あちらこちらで電子音が鳴っている。私もチケットを取ったクレジットカードを取り出してICを読み込んでもらう。隣に置かれた機械からピンクの組カラーのチケットが出てくる。ハイテク。私の子供の頃には考えられなかった事だ。

今回は2階の上方の3500円という1番安い席からの観劇だ。エスカレーターで2階席に上がる。ゆっくりエスカレーターに乗っているだけで下に見える真っ赤な絨毯と眩いばかりの数個のシャンデリアが美しく「あぁ、夢の空間だわぁ」と初めて来た人のように思った。1人で来たからいつもより周りをよくよく見ながら歩いている事に気づく。そんな時間もたまにはいい。

早く劇場に入ったものだからまだあまり人のいない真っ赤な座席が鮮やかに視界に入る。中ではオーケストラが音出しや練習をする音が響いている。特に高らかになるトランペットの音が私は好きだ。
子供の頃、宝塚で聴いたトランペットの音に惚れて吹奏楽部に入った。そして、トランペットを6年間吹いた。かっこよくて勇ましくてけれど哀愁もあって大好きな音の楽器だ。
以前までは2階席からだと楽器を演奏する様子が少しうかがえたのだけれど、今は感染予防の為見えなくなってしまっているのが残念だ。けれど、仕方ない。

開演5分前になると緞帳が上がる。
時計や振り子のセットに様々な文字盤の映像が映し出されている。今回のお話は時を戻せる時計が出てくる物語だ。

鳴り響いていたオーケストラの練習音もいつの間にか消え、今度はチューニングの音が鳴っている。

忠臣蔵ファンタジー「元禄バロックロック」

このタイトルだけでワクワクする。日本史に弱いから忠臣蔵の事は赤穂浪士らの話くらいにしかあまりよく知らないのだけれど、その忠臣蔵のファンタジー。「時を戻そう」なお話だ。余計な事を考えて、時々頭にチラつく「ぺこぱ」
元禄期のバロックなクロック。この短いタイトルでラッパー並みの韻を踏む「ロクロックロック」が粋すぎて私の中で拍手喝采。私もこんな粋なタイトルをnoteのタイトルとして掲げたいと羨んだ。

こういう作品というのは、舞台だけでは無く映画や小説など、人の好みがあるのでどんなものでも賛否が生まれるものだ。しかし、この忠臣蔵ファンタジーが私的には最高で、笑える箇所もいくつかあってそして気づけば思わず涙が溢れる好みの作品だった。

幕が降りて客席の人たちが立ち上がりだし、ざわついたのが落ち着いてから座席に深く腰掛けてふぅと深い息を吐いた。

いい作品を観たあとのこの幸福感はなんだろうか。しばらくしてもドキドキが止まらない。好きな人に出会ったかのような感覚だ。早く会いたい、じゃなくて早くもう一度観たい。観たすぐだというのに。けれど「はい。直ぐにもう一度観よう」なんていかないのが逆に舞台のいいところでもある。観れないからこそより観たくなる。

ショーも華やかで大好きな曲が流れるとまたもウルっと涙を溢す場面もあり、幸せな束の間の時間が過ぎていった。



終わって帰る時が1人で来て1番寂しいと思う瞬間だ。
言いたい、感想を言いたい。とレイザーラモンRGのあるある言いたいばりに感想を言いたくなるけれど、このような華やかな街で「早く感想を言いたい」と歌う勇気は毛頭ないので、心の中に留めておく。

帰り際に1人で遅めの昼食を取る。ちょうど同じタイミングで食事をする人たちと重なり、混雑したお店で注文し商品を受け取る。席に着いて「なんかちょっと高かったよな」とレシートを眺めていると、たぶんドリンクを2個の料金で取られている。

「あぁ」と思うけれど混雑してるし忙しそうにしていたので言いに行くのは面倒だ。悔しいけれど、まぁいっかと私がイライラせずにいられるのはきっとさっき夢の中にいたからだろう。心が浄化され穏やかな気持ちだからだ。

たった数百円でも思い出したらまた悔しくなるのでレシートをクシャッと丸めてゴミ箱に捨ててお店を出た。
暖かい日差しが私をふわっとあたためてくれた。

またすぐこの街に来よう。

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