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「食べる音楽」リターンズ

No.2 世界一のピッツァ@サレルノ

トスカーナ人
新鮮で良い卵で作った
フリッタータを2つ、
3オンスの肉と
ソースと小魚を持ってきました

ナポリ人
ベーコンとブロッコリの、
この鍋をしまっておいてくれ
さあ、出発しよう!
イル・ファゾロ<ベルガマスク“船旅の人々”>より

 イタリアごはんは本当に美味しい。しかも、どこに行ってもその土地の名物料理とワインがあり、飽きることがない。

 ナポリのちょいと南にサレルノという街がある。ここの古楽音楽祭でリサイタルを行った時のこと。全ての食事に演奏会主催者である地元出身プロデューサーが付き添ってくれるので、レストランはどこも美味しい店ばかり。滞在中毎食、魚介のフライを頬張り、ソフトボールほどもある水牛のモッツァレッラを前菜に平らげ、順調に体脂肪率を上げ続けた。

 さて一応本来の目的であるリサイタルを無事に終え、ほっと一息ついていると、件のプロデューサーがやって来て、ニヤリとしながらささやいた。

「今日は世界一美味いピッツァを食わせてやる」

 なにを隠そう、筆者はピッツァを食べるためだけにナポリまで旅することも厭わない“ピッツァ・フリーク”である。すでに時刻は23時を回っていたが、ここで食べずに何としよう。イヤッホーッと気勢ならぬ奇声をあげ、彼の車に乗り込んだ。

 人影もまばらな夜の海岸沿いの道をどんどん進み、風景はどんどん寂れ、少々不安になってきたところで車は止まった。辺りを見回すと真っ暗な中に掘建て小屋のような建物が目に入る。まさかここではなかろうと思ったが、プロデューサーはずんずんと、その半分朽ち果てたような小屋に入ってゆくではないか。

 慌てて後を追い中に入ると、目の前にはカウンターとピッツァの石窯が。つまり店に入るとそこにはいきなり厨房があるわけで、客はピッツァイオーロ(ピッツァ職人)に直接注文するシステムらしい。

 注文を済ませて、プールサイドチェアのごときプラスティック製の白い椅子に腰掛けて待つこと数分。厨房から「マルゲリータ一丁あがり!」の声がかかる。

 急いで駆けつけると、なんとピッツァイオーロはオーブン・ペーパー(クッキング・シート)をザッと切り取り、カウンターの上に広げ、そこに焼き上げたばかりのピッツァをバサッと置くではないか。

 当然のことながらピッツァは焼きたてが一番美味い。つまりこの店では窯から直接ピッツァを客に渡すことで、究極の焼きたてを提供していたのだ。

 トッピングした地元名産のモッツァレッラがまだ熱でボコボコと波打ち、トマトソースから立ち上る湯気が鼻腔をくすぐる。火傷の危険も顧みず夢中で頬張ると口中にトマトの酸味とチーズ、バジリコ、そして生地の織りなすハーモニーが広がる。

 端の端までモチモチの生地は絶妙な歯ごたえで、噛めば噛むほど味わいが増す。日本人が炊きたての白米を食す喜びにも似た感覚とでも言えようか。ピッツァとは本来生地を味わう料理であることを否応がなしに思い知らされる。

 その後我々が深夜の掘建て小屋で“おかわり”ピッツァを貪り食べたことは言うまでもない。

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