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『僕は、そして僕たちはどう生きるか』

2021年の秋ごろのよく晴れた穏やかな小春日和のこと。
遠くにいる友だちから久々にLINEが届いた。
簡単に要件をやりとりしたのち、ふと、思いたって文章を打っていた。

なんだかこのごろ、ゆるやかに戦争がはじまっているんじゃないかと思うときがある

打った文章をしばし眺めて、送信した。ポンとテキストが画面に浮かぶ。

我ながらデリケートな話題だな、と思った。しかも直前のやりとりとはすこしもかみ合っていない。でも私は、その友だちには絶対的な信頼を置いている、だからきっと大丈夫。

とはいえ、いきなりこれだけを送られたら困惑させるかもな、と思っているうちに、意外なほど早くLINEの通知が鳴った。

わかるよ。非日常が忍び寄る中でも、日常を守ろうとするかんじがね。

そう書いてあった。私は正直びっくりした。
私の意図が思ったよりもずっと、正しく伝わっている。のみならず、彼女は私がなぜそう思ったかを的確に補足までしてくれていた。
あぁそうかやっぱりわかるのか、と私はこのとき本当に嬉しかった。


この話を夫にしたら「戦争? そんなこと思ってもみなかった」と首をかしげた。
うん、そうだよね。これがたぶん多くの人の反応なのだ。

私のかんじた戦争の気配というのは、何某の国がテロを仕掛けて、とか、世界的な陰謀があって、とか、そういう真偽の確かめようがない情報についてではなくて、生活の手触りみたいなものが、戦時中を連想させるということだった。

あの秋の穏やかに晴れた日も、私は子供を幼稚園に迎えにいくためにマスクをつけて外に出た。平日で、幼稚園までの道にはほとんど人もいなくて、私は元気で、なにか悪い菌が傍にいるような気はまるでしなかったけれど、それでもマスクをつけて歩いていたのは、感染症が怖いからではなくてどこかで誰かに見られるのを恐れたからだった。

人目が気になるからマスクをつける。

事実、あのころは非常事態ということだったけど、やっぱり、暮らしもちょっと異常だった。

でもあの日、外はポカポカしていて日差しは心地よくてのんびりして、そのなかをただ歩くだけで幸せで平和な気持ちになれた。

非常事態の過中でも、私はあたたかな日差しを喜んでいる。そういう非日常と暮らしの融和が、戦時下でも案外ひとはそうかもしれない、と私に想像させたのだった。


マスクなんて、正直私はたいして苦ではない。全然つけててもいい。

けれどそれを巡る攻防や世の中の流れは、いろいろなことを考えさせられた。

たとえば、これが赤紙だったら、と思う。

戦争は愚かで、いいことなんてひとつもない。すくなくとも私はそう学んできたと思っている。
だからこそ、ひとの命を奪うために我が子の命を差し出すなんて、考えられない。

けれどもし、国や政府が
「兵役に出るのは自分の親やまわりの大切な人を守るためなんです」
「おもいやり兵役」
「一人が義務に応じればこれだけのひとを救えます」
とか言い出したらどうなるんだろうと思う。
メディアや広告を駆使されたら、社会の向きが一斉に変わったら、どうなるんだろう。

それでも我が子を戦争から守ることができるんだろうか。

こういうのが自分のことばかり保身して身勝手だ、って言われたりするんだろうか。

そういうことまでを考えてしまう。


けれど、そんなことを言っている人はまわりにはいないわけで。
「考えすぎよ」と言われるのがオチで。

だから滅多に人には言わないで考える日々を過ごしていた。そんななかで先日、梨木香歩さんの『僕は、そして僕たちはどう生きるか』を読んだ。

やあ。よかったら、ここにおいでよ。気に入ったら、ここが君の席だよ――『君たちはどう生きるか』の主人公にちなんで「コペル」と呼ばれる14歳の「僕」。ある朝、染織家の叔父「ノボちゃん」がやって来て、学校に行くのをやめた「ユージン」に会いに行くことに……。そこから始まる、かけがえのない一日の物語。

Amazon『僕は、そして僕たちはどう生きるか』よりあらすじ

この本は、存在は知っていたけれど、テーマが深そうでなかなか手を出せないでいたものだった。

でもこれまで書いたようなモヤモヤや怖さがずっとあって、そういうのは「どう生きるか」という問いにもつながりそうな気がして、それで覚悟をきめて読んでみたら、本当に驚いた。

私がいま怖いと思うこと、考えたいこと、そのすべてがここにあった。本当にすべてあったのだ。戦争、集団の怖さ、集団のありがたさ、権威あるものの怖さ、自分を奪うものの周到さ。

あまりにもいまの私に(もしくは社会に)必要な問いの連続だったのでごく最近に書かれた小説なのかと思ったら刊行は2011年だった。10年以上前にこの本が出ていることが信じられない。それくらいダイレクトにいま響く内容だった。

つまるところ、私が抱いてきた怖さは主人公コペルやユージンの抱いた怖さと似たものだった。私ひとりの飛躍思考というわけではない、と思うと、それだけでホッとする。

この本は「どう生きるか」を様々な角度から問いかけていて、そのために扱うテーマが普通の小説よりも詰め込まれているかんじがあった。恐らく読む人ごとに重要とかんじる部分は異なるのだと思う。

ちなみに、私が一番涙したのは実は最後の最後の参考文献の一覧のページだったりする。

参考文献がとても多いのだ。
見開きでずらっと並んでいて、梨木さんがこんなにたくさん読んで調べて考えてこの物語を書いたという事実が、本当にありがたかった。

『君たちはどう生きるか』のオマージュ作品らしいので、そちらも読んでみたいなと思う。


集団が大きく激しく動くその1秒前、私は私でいられるようにしたい。


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