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日記

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2023年7月の記事一覧

7月19日(水)

誰かがあなたへと書いた手紙の内容を私は知ることがなく、ただあの白い封筒と明記された宛名と、封をする小さくて丸い蝋の形を覚えている。
「愛を、渡しました」と誰かは言った。あの封筒の中身は固く、分厚く、重かったので、私はそれが何だったのかをいつまでも考えている。あいしている、と渡された愛の中身が愛じゃないことが多すぎるこの世界で、あなたが封を開けたとき、その細い指先が傷ついてしまわないかということを、

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7月17日(月)

どうせ光り輝くなら、きみの家の小さな豆電球になりたかった。でも実際は海辺の夜を照らす蛍光灯の光になって、釣り人たちの背中をしゃんしゃんとひからせている。誰もこちらを向いてくれないのが心地いい。わたしがどんな顔をして暗闇の中に立っているかなんてこと、誰にも知られたくなかった。ときどき虫たちが、わたしに強く当たるので、痛くて、でもその瞬間だけはすこし寂しさが凪いだ。暗い海なのでクラゲが淡く光るのがずっ

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7月16日(日)

ハッと息を呑む瞬間が人生に何度もあって、その度に、思い出しようもない光景を思い出す。濃縮された時間が、息をすることさえも忘れさせる。
ちいさな島国で生きてきた。海辺の街だった。父は夜中に家を出て、夕暮れ前に帰ってきた。わたしは父の布団に潜って眠りたかったが、いつも母に止められ泣いた。母と眠るのは苦手だった。母は、砂のような匂いがして、体はとても硬く、痛かった。でも、抱きしめられるとあたたかい。砂漠

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7月15日(土)

弁明の余地のないことが、ずっと恐ろしかった。表に立つということは、矢面に立つということで、だからずっとちいさく痛い。ちいさな痛みを逃そうと、大きな盾を揺らすけれど、そのせいで地球が揺れて数千万人が死んだらしい。海の水が大地を包み、人間たちは空っぽになった海の底で暮らし始めた、と聞いた。わたしはもう、「痛い」とすら叫べなかった。わたしの声は、おおきな凶器となって隣の村や町を薙ぎ倒すのだろう。それなら

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7月10日(月)

雨の降る夜、ひたすら歩く。傘はない。傘は、遠くの誰かに引き取られていった。ドナドナ。皮膚が、雨合羽代わり、になって、臓物を守り抜く。守り抜くって気概が聞こえる。雨粒の、肌に降り注ぐ時の小さな痛み。多数の痛みが、打鍵する。ソシラファド、ミのシャープだ、ってあなたは言う。「ソシラファド、ミのシャープ」。ここで雷鳴ずどーんと鳴って、ふたりでけらけら笑う。打鍵されるだけの生き物です、わたしたち。雨に打たれ

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