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8話【恵みの雨と、樹々の恵み】『樹々は唄い、風に舞う』第一部~樹々の恵み編~


8話【恵みの雨と、樹々きぎの恵み】

 薄暗ささえ感じる程に曇った、空。
 樹々きぎ蒸散じょうさんによるクーラー効果のおかげで涼しい、森の中。
 こんな日の森歩きも悪くないが、やはり晴天の方が心地良い気がする。

 梅雨入りを告げてくれたネムノキの花ははかなく散り、まるで緑の大地に紅白の絨毯じゅうたんいたよう。
 すぐ隣に咲いているヤマアジサイの花は、どんより曇った森の中に、あかあおいろどりを。
 ふと、間近に生育するアカマツの枝先えださきに目をやると、その針葉しんようは高い湿度を感知したのか、すでに葉を閉じて。

 ……そういえば、せみの声も ぱったりと聞こえなくなったな。 雨が近い。
 そう思って雨合羽あまがっぱを取り出し、装着を完了したと ほぼ同時に、雨が降り出した。
 ホオノキ巨樹きょじゅの根元にある若木わかぎたちは、雨宿りしながら お喋りしてるみたい。
 ぱらぱら。 ぽつぽつ。 ざぁ~、ざわざわ。

 「さすがに、これだけの葉っぱを一気に広げると、体力使っちゃうね。」

 「うんうん。 暑くなってきたし、もー のどが渇いて。
  これじゃあ、せっかく広げた葉っぱも、しおれちゃうよー。」

 「わぁーい、恵みの雨だぁ~! ごくごく。 あ~ 潤うわぁ~♪」

 とでも、話しているのだろうか。
 梅雨時つゆどきの森歩きも、またたのし。

 ……と言いたいところだが、今のこの豪雨は、あまりに条件が悪すぎる。
 梅雨入りを告げてくれたネムノキの花と、ヤマアジサイのいろどり。
 今日のところは、これらをられたのを収穫として、人の世に戻るとしようか。

 この恵みの雨を、壱乃峰いちのみねの森の樹々きぎに託して。。。


 窓の外は、雨模様。
 カウンターの端にある、ホオノキ花のリキュールは、大きくて綺麗な水中花。
 それが飾られた、カフェ『noliaノリア』の店内では、樹々きぎにとっては『恵みの雨』の巫女修養みこしゅうようが、始まろうとしていた。

「今回の修養しゅうようは、『恵みの雨と、樹々きぎの恵み』について、お話しします。
 ……複雑で情報量も多いので、分かりやすくお伝えするために、『森に降った、雨の行方ゆくえ』を、そのまま お話しの流れとして、説明を進めて行きましょう。。。」


 まずは、恵みの雨と『森のスクラム』について、お話ししますね。
 この雨は、私達にとっては、恵みの雨。
 渇きを癒し、私達の生命活動を助けてくれています。

 森に降った雨は、私達 樹々きぎが その枝葉えだはで受け、みきを伝って流れる樹幹流じゅかんりゅうとなり、足元の土壌どじょうへと しみ込んで行きます。
 この際に、私達は、この全身と森のスクラムで広げた枝葉えだはによって降雨を受け止めて、地表ちひょうへの降雨の衝撃をやわらげ、また、鉄砲水てっぽうみずと呼ばれる急な出水しゅっすいを、防いでいます。

 次に、『土壌どじょうはぐくむ』お話。
 地表ちひょうにまで至った降雨は、私達の足元の落ち葉に吸収されてから、土の中にゆっくりと しみ込んで行きます。
 たくさんの落ち葉が堆積たいせきした土壌どじょうは、より多くの水を蓄えることが出来るため、私達、中でも落葉樹らくようじゅの―― 一葉いちようさんと 、さくらさん、寿美ことみさんは、たくさんの葉をつけると良いですね。
 ふたばさんのような あまり落葉しない樹々きぎでも、光合成をし終えた古い葉や小枝を地表ちひょうに落として堆積たいせきさせていますので、十分に土壌どじょうはぐくんでいると言えるでしょう。

 続いては、『蒸散じょうさん』です。
 土の中に しみ込んだ降雨は、その一部は、私達の生命活動の ひとつである蒸散じょうさんによって、葉から大気中へと還元されています。
 葉から水分を蒸散じょうさんさせる際に、気化熱きかねつとして周囲の熱を奪うため、森の中を涼しくすることが出来ます。

 これは、『樹々きぎの周囲を、熱く もしくは暑く させ過ぎない』と言い換えても、良いかもしれません。
 なお、これは、私達 樹々きぎの生命活動が、ダイレクトに周辺環境に影響を及ぼす、顕著けんちょな例かと思います。
 私達は常に蒸散じょうさんをしているので、生命活動を続ける限り、いつも森の中を涼しい状態に保つことが出来るのです。

 さて、ここで一旦、『健全な生命活動と、周辺環境への効果』のお話を。
 私達が健全に成長すると、森のスクラムや、土壌どじょうはぐくむ、蒸散じょうさんなどの生命活動をも、活発に行うことが出来る樹体じゅたいります。
 そうると、『森のスクラムで、地表ちひょうへの降雨の衝撃をやわらげる』、『土壌どじょうはぐくみ、水を蓄える』、『蒸散じょうさんで、森の中を涼しくする』効果も、高くなります。
 つまり、私達が元気に成長することで、周辺環境への効果を向上させる事が出来るのです。

 これを踏まえまして、次は 『土流どりゅうを防ぐ』お話。
 私達は、土の中に しみ込んだ雨を、根から吸い上げて、きています。
 私達の樹々きぎの根が、大地をしっかりとつかむ事で、土が流れ出すのを防いでいます。

 ここで、もし この力が弱くなったら、どうなるか。。。
 ……そうです。 大崩落だいほうらくのような災厄さいやくが、起こってしまうのです。
 ちょっと辛いお話になりますが、今回は修養しゅうようなので、巫女実生みこみしょうみなさんには、きちんと説明をしておきたいと思います。

 大崩落だいほうらくが起きた際は、樹々きぎ樹勢じゅせいが衰え、その根が土をつかむ力が弱くなっていた状態だったそうです。
 そこに、まれに見られる集中豪雨が重なり、地盤ごと土が流されてしまいました。
 その際に書かれた書物には、その様子が、こう記されています。

『大地に根ざす我々には ひとたまりも無く、まさに根こそぎ、その地盤ごと持って行かれた。
 当代の巫女は もちろん、巫女候補みここうほっていた生命力にあふれる樹々きぎや、豊作を願いつつ森の生命活動を懸命に支えていた者たちをも、全てなぎ倒す土石流どせきりゅうとなって、大崩落だいほうらくは起こってしまった。
 壱乃峰いちのみねは その半分が崩壊し、流出した土砂は、この峰の中腹ちゅうふくの地形までをも変えてしまった。』


 巫女実生みこみしょうたちは、無言で瑞貴みずきの話に聞き入っていた。

「怖い……。 二度と起こしては、なりませんね。」

(ふたばさん、寿美ことみさん……。 やはり、辛いお話になってしまいましたね。。。)

 重苦しい雰囲気となってしまった、修養しゅうようの場。
 しかし、この場を明るくしてくれるかのように雨が降りみ、窓からは木漏こもれ日が差し込んできた。

「あら、みなさん。 雨がんだようですよ。
 では気分を変えて、『雨の行方 川へ流れる』の お話しに移りましょう。。。」


 元気に育った樹々きぎの根元には、たくさんの落ち葉が堆積たいせきして、より多くの水を蓄えることが出来る土壌どじょうとなっています。
 そこに しみ込んだ降雨は、その隙間を縫って、ゆっくり ゆっくりと、川へ流れて行きます。

 みなさん、大平岩おおひらいわの すぐそばには、東谷川が流れていますよね。
 東谷川は いつも落ち着いた流れで、この梅雨の降雨のように大雨が降っても氾濫はんらんすることは ありませんし、また、長期間 雨が降らなくても、決して その水脈すいみゃく枯渇こかつすることは、ありません。
 それは、私達がはぐくんだ土壌どじょうが、ゆっくりと降雨を川へと流しているからなのですよ。

 ……このように、恵みの雨と、私達の生命活動と、周辺環境へ及ぼす効果には、密接な関係があります。
 巫女実生みこみしょうみなさんには、常に この事を胸に留め、健全な樹体じゅたいを、そして健全な壱乃峰いちのみねの森を、はぐくんで頂きたいと思います。。。


「……そろそろ、今日の巫女修養みこしゅうようが終わる頃合いね。
 それじゃぁ、めりあ。 私が焼き始めるから、こっちを手伝ってもらえるかしら?」

紅葉もみじちゃんとかえでちゃん、こならちゃんは、そのまま続けてね。」

 キッチンでは、この後のランチタイムの、準備が進められていた。
 もちろん、修養しゅうようさまたげに ならないよう、なるべく大きな音を立てずに、なるべく良いにおいが拡散しないように、気を付けながら。

 のりあは、全ての作業の お手本となりながら、指示を出す。
 めりあは、この大人数の お茶の準備を手伝いながら、のりあをサポート。
 紅葉もみじかえでは、今日のランチメニューのメインとなる『くわの実タルト』の生地を、こねこね。
 きれいに仕上げて、こなたに渡す。
 こなたは、仕込みが済んで氷室ひむろに ねかせてあった ★6 くわの実を、きれいに仕上がった生地に乗せている。
 すぐさま、店内には くわの実タルトの良いにおいが立ち込めて、今日の巫女修養みこしゅうようの終わりと ランチタイムが近いことを告げていた。

「……そろそろね。 めりあ、みなさんの お茶を、お願いするわ。
 紅葉もみじちゃんたちは…… 生地は もう出来上がったみたいだし、試食してもらえるかしら?」

 のりあの言葉を『待ってました!』と言わんばかりに、紅葉もみじかえでと こなたは、焼きたてのくわの実タルトに、かぶりつく。
 甘みを抑えて素材の味を引き出したタルト生地と、完熟したくわの実の甘さのバランスが、まさに絶妙!

「あらあら、そんなに お待たせしちゃったかしら?
 もっと ゆっくり、味わって試食してね。
 ……お味は、いかがかしら?」

「ふんごふ、おいひいのれす!!!」

「うふふ、良かった。
 みなさん、喜んでくれると良いですけど。。。」

「ふぃ~。 みなさん、お待たせ!
 お茶も入ったし、お昼にしましょ!?」

 居合わせたみなで、旬の食材 くわの実タルトをメインに、ランチタイム。
 このくわの実は、前回の巫女修養みこしゅうようの日に、めりあ・ゆりは・紅葉もみじかえで・こなたが収穫を手伝ってくれたことも 忘れずにお伝えして、ご提供。

 そこへ、ねむ と あやが、店内に飾る花を持参して、ご来店。
 ねむは、今季こんきの最後となる、満開のネムノキの花を。
 あやは、これから最盛期となる、様々にいろどられたヤマアジサイの花を。

ネムノキの花
ヤマアジサイの花

「ふわぁ~。 みなさん…… おはようございますぅ~。」
  
「こんにちは~! ねむ、もう昼だってば。。。
 あの、お店に飾る お花を持ってきました!
 ……あれれ? もしかして。。。」

「うふふ、ありがとうね。
 ……そう、くわの実タルトですよ。 どうぞ!」

 すぐに その花をけた、ねむ と あやも加わって、大賑おおにぎわいのランチタイム。
 巫女修養みこしゅうようの おさらいをし、ホオノキ水中花を眺め、くわの実タルトを味わい、季節の花をでていると。。。
 窓の外は、雨が降り始め、薄暗く。

「あれぇ? もう暗くなっちゃった……。
 んじゃぁ…… 寝りゅ。。。」

ネムノキ、葉を閉じて寝りゅ。。。

「あらあら。 ねむちゃん、日没と勘違いしたのかしら?
 葉を閉じて、眠っちゃいましたね。
 ……そこが、このの可愛いとこなんですけど。
 でも、こうなると なかなか起きないから…… あやちゃん。
 いつもすみませんけど、送って行ってあげてね?」

「はいっ! いつものコトなんで、大丈夫です!
 ……ほら、ねむ。 帰るよー。」
 
「ふぁい……。
 みなさん…… ごきげんよう。。。」


 珍しく、静かに修養しゅうようのサポートをしていた とっちは、あやと ねむを見送ると、
「恵みの雨を浴びながら、あやが ねむを おぶって……。
 なんか、毎回こうだと、もう見慣れちゃったわね。 さて……。」
と前置きしてから、出番とばかりに立ち上がって、みなに声を掛けた。

「……ちょうど、夏祭りのうたい手が、そろっちゃったわね。
 では! このあとは、おうた修養しゅうように移ろうと思います!」

今季こんきの初回だから―― 瑞貴みずきは もう、仮唄かりうた出来てるんでしょ?
 紅葉もみじかえでも、だいぶ まとまって来たところだから……。
 まずは、それをみんなに聞いてもらいましょう!」

 まだ仮唄かりうたとは思えない程に、洗練された『 樹々きぎうた』。
 瑞貴みずきは、樹々きぎの恵みや、水をはぐくうたを。
 紅葉もみじは、風舞かざまいの美を。
 かえでは、葉音はおとの美を。
 それぞれの美しい葉音はおとかなでる歌声と共に、それらはつむがれ、うたい上げられた。

「♪~ どうかしら?
 ♪~ どーですかぁ?
 ♪~ ど…… どうでしょう?」

「うん、良いじゃない!
 ……こなちゃんは、どうかな?」

 うた修養しゅうようを見学していた こなたは、手を挙げて立ち上がって、
「すてきな おうたなのれす! わたしも、うたってみたくなったのれす!!」
と 告げると、みなは、
「こならちゃんも、一緒にうたってくれるの!?
 夏祭りが、ますます楽しみになるわね♪」
と、うたい手への仲間入りを喜んだ。

「こなちゃんは、まず、自分がうたうパートの歌詞からつくんなきゃ、ね。
 いまの仮唄かりうたを お手本にして、みんなと一緒につくると良いわ。」

「……それじゃ、おうた修養しゅうようを続けましょう!
 こっちは私が担当するから、瑞貴みずきは、歌詞の方を お願いね!」

 壱乃峰いちのみねの森に、恵みの雨は、降り続く。
 その雨音に負けないくらいの元気な歌声が、カフェ『noliaノリア』の店内に、響いていました。。。


【8話 注釈】

★6 氷室に ねかせてあった~:
 『氷室』とは、洞窟や建屋に雪を入れて保存する施設の事です。
 これにより、冷凍庫を使わなくとも、真夏でも氷を入手することが出来ます。
 作中では、主に旬の食材を貯蔵しておくための、冷蔵庫の代わりとして使われています。
 これは、ファンタジーの世界観を保つため、電気など『人の造りしモノ』の登場を極力控えた舞台設定であることを、付記しておきます。


【キャラクター紹介】ホオノキのに宿る精霊せいれい『のりあ』

樹々きぎうたい、風に舞う』第一部 ~樹々きぎの恵み編~
8話【恵みの雨と、樹々きぎの恵み】

 最後までお読み頂き、ありがとうございました!
 特典としまして、各話の末尾にて【キャラクター紹介】を掲載しますので、合わせてお読み頂ければ幸いです。
 ここでは、これらのキャラ設定で出てきたアイデアを簡潔にまとめて、キャラ名と由来、モデルとした樹種じゅしゅ、木彫り彫刻キャラ作品画像、作中でのキャラ紹介の順に、掲載してあります。
 それでは、作者が頭を痛めて生み出したキャラ達と、魂を削って彫り上げた彫刻作品を ご覧くださいっ!

『のりあ』
 ホオノキの学名『マグノリア』より。

・モデル樹種じゅしゅ: ホオノキ(ほおの木)Magnolia obovata
 巨樹きょじゅになり、包み込むような大きな葉から、包容力と癒しの女性をイメージ。

木彫り彫刻キャラ作品『のりあ』

・キャラクター紹介:
 カフェ『noliaノリア』の店員で、みんなに喜んでもらえる おもてなしを、ライフワークにしています。
 包容力にあふれ、優しく大人しい性格です。
 いつも みんなを優しく受け止めて、元気をくれるキャラクターです。

・衣装やルックス:
 丸顔で、目尻の下がった柔らかな表情です。
 メイド服に似た、カフェの制服とエプロンを着用しています。
 ゆるいウェーブが かかった、背中まである長い黒髪を、白くて大きなホオノキの花がついたヘアクリップで留めています。
 冒頭で めりあがモデルに誘うほどの美しい容姿だけど、本人は(それに気づいていない、というよりは)自分のライフワークの方に興味があります。
 22歳 身長165cm


9話【夏祭り】に、続きます。。。


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