スピンオフ作品【時間が、ない！】『樹々は唄い、風に舞う』第一部～樹々の恵み編～

『樹々きぎは唄うたい、風に舞う』
第一部スピンオフ作品【時間が、ない！】

「ねぇ、覚えてる？
　貴方あなたが ここに来て……　本当に、したかったこと。」

　久しぶりに聞こえた、瑞貴みずきの声。。。　でも今は、時間がない！
　後で、必ず会いに行くから。　今は、とにかく……　時間が惜おしい！
　時間がなくて……　やっと取れた休日に、この森を歩きに来た。
　せっかく来たんだから、いろいろ見て回りたいけど……　時間がない！
　新緑の、季節の花に、目もくれず。　あのコースを制覇せいはするには、時間がない！
　とにかく今は、時間がない！　少しでも、速く！　一歩でも、前へ！

　高台たかだいの休憩所までは……　やっと半分か。　帰りのことを考えると、時間がない！
　時間がないから、小走りで！　急坂だって、駆け抜ける！
　あの人、今日も来てたんだ。　でも……　挨拶してる、時間がない！
　見えてきたな、ブナの樹きが。　高台たかだいの休憩所まで……　あと少し！
　時間がない！　……けど、休憩……　だけは、とら……　ない　と。。。

「体力落ちたかなー。
　ブランク明けなら、ペース的には……　こんなもんかな。」

　峰乃 樹みねの いつきは いつものように、壱乃峰いちのみねと弐乃峰にのみねが一望できる この高台たかだいの、少し上にあるブナの樹きまで上のぼると、その根元に背せを預あずけて座った。
　休憩所からは死角になっているので、独ひとりで休憩するのに都合が良いから、峰乃 樹みねの いつきの お気に入りの場所になっていたのと。。。

「瑞貴みずき。　やっと時間が取れたから、会いに来たよ。
　その声を、聞かせてくれないか？」

　ざっと吹いた風に、ブナの樹きは、その葉音はおとを奏かなでる。
　歌声にも似た その葉音はおとは、峰乃 樹みねの いつきにだけは聞こえる声となって、耳に届いた。

「ねぇ、樹いつき。
　聞こえる？　私の声が。。。」

　いつ聞いても、思い出す。
　この森に初めて来た時、ここで聞いたその声は、ブナの樹きに宿る精霊せいれいの、瑞貴みずきの声だった。
「私の声が……　聞こえるの？
　そんな人間ニンゲンが、まだ居たなんて！」
　と、驚かれたけど。

　樹きの精霊せいれいには分からない、人間ニンゲンの事に興味があるらしく、ここで休憩するたびに〝人の世についての様々な事〝を、瑞貴みずきに話してた。

「２か月ぶり……　か。
　今日は、まだ時間あるから。。。」

　腕時計を見ながら、瑞貴みずきとの話題を探っていると、今日は珍しく、瑞貴みずきの方から話しかけてきた。

「いつも、それ……　見てるのね。
　時間ジカンって、そんなに気になるの？」

　瑞貴みずきが言うには、「〝悠久ゆうきゅうのとき〟を活いきる 樹きの精霊せいれいにとっては、ここを訪れる人間ニンゲンの誰もが、時間ジカンに追われているよう。」に見えて、不思議に思っていたそうだ。

　確かに、樹々きぎに宿る精霊せいれいたちにとっては、人間のような ここまでタイトなスケジュールとか必要なさそうだから、瑞貴みずきが そう思うのも、自然なことなんだろう。

「……私の声が まだ聞こえる樹いつきなら、分かってくれると信じて、話すわ。
　いつも『時間ジカンがない』って言う、樹いつきと話すの……　私にはもう、辛つらいのです。」

「樹々きぎにとっての〝ときの流れ〟は、とても緩ゆるやかで。
　春に芽吹めぶき、花を咲かせる。
　夏には葉を茂しげらせて成長し、秋には樹々きぎの実りを振舞ふるまう。
　冬は眠って、また春を待つ。」

「樹いつきたち人間ニンゲンが、私たち樹々きぎのように活いきることが絶対に無理なのは、分かっています。
　でも、少しだけでいいから、余裕を持って、生きてほしいのです。」

「時間ジカンに追われて、忙しい。
　〝忙〟という字は、心こころを亡なくす、と書きます。
　いまの、樹いつきは……　楽しむ心を、亡なくしてるように思います。
　そして……　心こころを亡なくした人間ニンゲンには、私達 樹々きぎの声は、届かなくなるでしょう。。。」

　……瑞貴みずきの言う通りだと、樹いつきは思った。
　余裕を持つなんて、心こころを亡なくしてるなんて、考えもしなかった。
　瑞貴みずきの声が、聞こえなくなる？　それは……　それだけは。。。

　無言で腕時計を見つめる峰乃 樹みねの いつきに、瑞貴みずきは、もう一度 問いかけた。

「ねぇ、覚えてる？
　貴方あなたが ここに来て……　本当に、したかったこと。」

　……答えられない。
　瑞貴みずきの声が聞きたいから？　違う、それだけじゃない。
　時間がなくて……　忘れていた。
　初めて ここに来た時のことを……　何もかも。

　……でも、瑞貴みずきのおかげで、本当の自分の声に、気付いた気がする。
　峰乃 樹みねの いつきは 腕時計を外すと、独ひとり つぶやいた。
「時間を忘れて、のんびりしたいな。」

……そうね。　ほんの、ひとときで いいのよ。

　私たち樹々きぎの声が聞こえる、貴方あなたなら。
　奏かなでる葉音はおとが、唄うたにも聞こえるはずよ。。。

　そうだった。

　初めて、樹々きぎの声が聞こえた時の、嬉うれしさ。
　初めて、ここに来た時の……　なんとなくの、心地良さ。　
　初めて抱いだいた、ただ楽しかったって、想い。

　今日は、ありがとう。　おかげで、思い出せた。

　また来させてもらうよ、この高台たかだいに。
　余裕を持って……　楽しむために、ね。
　そして いつか、行けるといいな。。。
　瑞貴みずきが居る、壱乃峰いちのみねにも。

　……待っているわ。　いつまでも。

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【本作の〝あとがき〟と、物語第一部と関連付けて掲載した制作秘話】

『樹々きぎは唄うたい、風に舞う』第一部　～樹々きぎの恵み編～
スピンオフ作品【時間が、ない！】
　最後までお読みいただき、ありがとうございました！
　特典としまして、本作の〝あとがき〟と、『物語第一部と関連付けて掲載した、本作の制作秘話』を ご覧くださいっ！

【あとがき】

　〝あとがき〟としまして、本作を書き下ろした際に『どうやって発案したか』、『物語第一部と関連付けて、掲載した経緯』、『登場キャラの設定』を公開します。

・スピンオフ作品【時間が、ない！】を発案！
　休日や空いた時間を使って、小説の執筆など非日常ひにちじょうな日常にちじょうを過ごしてる 作者の現状【やりたいことがあり過ぎて、〝時間が、ない！〟】から、時間に追われて忙しい現代人のことを描こうと、発案。
　本作に込めた作者のメッセージとして、『【忙しくて、心こころを亡なくす】ことがないよう、９話【夏祭り】で とっちが大事な事なので２回言ったセリフ『楽しむことを、忘れずに！』という自戒じかいの想いを伝えたい！』と考え、このスピンオフ作品を発案しました。

・物語第一部と関連付けて、掲載した経緯
「せっかく書き下ろした、このスピンオフ作品。
　このまま眠らせるのは もったいない！」
　と思い、『このnoteに自著の物語を掲載して、『note創作大賞2024』に応募する！』のを機に、ここに掲載できないか？　と考える。
　改めて『時間が、ない！』を、ネタ出し等の制作メモも同時に読み返してみたところ。。。
　『第一部の前年の話であること』、『樹々きぎに宿る精霊せいれいたちには〝時間の概念がない〟と設定したことや、〝人間ニンゲンとの距離感〟などの設定公開もできそう』なこと。
　最後の決め手となった、７話【太陽の恵みと、森のスクラム】で『〝スクラム〟という人間ニンゲン的なワードを、瑞貴みずきが使っている』ことから、『物語第一部と関連付けられそう！』と判断。
　７話と本作に、ちょっとした表記変更や追記をすれば 物語第一部と関連付けて掲載できることも見出せたため、物語第一部最終話のあとに掲載することに決定しました。

・『登場キャラの設定』
　『樹々きぎは唄うたい、風に舞う』物語全般の中で、唯一登場する〝人間ニンゲン〟のキャラ、峰乃 樹みねの いつき。
　樹木擬人化された樹々きぎに宿る精霊せいれいたちは〝馴染みある里山の樹種じゅしゅ〟がモデルですが、峰乃 樹みねの いつきのモデルとなった人物は……　作者しおみんと自身です！
　樹々きぎに宿る精霊せいれいの声（葉音はおと）を聞くことができ、会話も可能。
　もしも、スピンオフ作品の構想（妄想ともいう）が広がって、『森の人　峰乃 樹みねの いつきが、樹々きぎに宿る精霊せいれいたちと出会い語り、樹きや森のエピソードを披露する、ショートシリーズ』を書くとなったら……　と考え、キャラ設定。
　【樹々きぎと会話できる段階。　→樹々きぎと会話し、森のエピソードを語る。　→物語本編にカメオ出演　→山の神様の言ことの葉は（現象）すら聴けるようになる　→人の世から、樹々きぎの世界に転生。　→神の領域へ。。。】とまで、このキャラの設定を深めました。

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【物語第一部と関連付けて掲載した、制作秘話。】

　制作秘話としまして、『物語第一部と本作での、表記変更や追記した部分』と『第一部と関連付けて掲載した、最大のネタバレ』を、公開します。

・舞台装置『高台たかだい』の設定変更
　当初は、どちらも壱乃峰いちのみねの高台たかだいとして舞台設定したのを、【人里離れた所にある、人間ニンゲンとも距離を置いているはずの壱乃峰いちのみねの高台たかだいに、峰乃 樹みねの いつきたちが森歩きに来るのは……　　違う！】と気付く。
　そのため、本作での高台たかだいは、【壱乃峰いちのみねと弐乃峰にのみねの森の中間に位置する、ふもとの人里に近い森林公園のような場所】と、設定変更しました。

・１話【早春の壱乃峰で】での表記変更
　めりあや、紅葉もみじと楓かえでたちが行く、【雑誌の撮影とミニライブの会場は、壱乃峰いちのみねの林端りんたんで、結構遠い】と説明を追加して、ライブ会場の場所＝スピンオフ作品の舞台へと設定変更できるようにしました。

・７話【太陽の恵みと、森のスクラム】冒頭に追記
　峰乃 樹みねの いつきが物語第一部で壱乃峰いちのみねを訪れた目的を、【瑞貴みずきと再会することが目的】としました。
　同時に、【過去に瑞貴みずきに人の世の〝スクラム〟のことを教えた】という行動も追記して、物語第一部と本作を関連付けられるようにしました。

・１０話【秋の実り、樹の恵み。】
　１話で『ライブ会場の場所＝スピンオフ作品の舞台へと設定変更できるようにした』場所について、追記。
　瑞貴みずきが説明するセリフで、とっちが、
『秋のライブツアー『もみじがり』のリハーサルや打合せに合流するために、壱乃峰いちのみねの森の端はしの、弐乃峰にのみねとの境さかいにある高台たかだいまで行く必要がある』
とし、この高台たかだいに、瑞貴みずきたちが出向いていることを明記しました。

・物語第一部と関連付けるため、本作で追記した部分
　転載前は〝高台たかだい〟とだけ表記していた部分を、【壱乃峰いちのみねと弐乃峰にのみねが一望できる この高台たかだい】と追記して、設定変更した舞台がどの位置にあるかを表記しました。
　「２か月ぶり……　か。」のセリフから逆算して、本作はゴールデンウイーク、つまり【新緑の季節】と設定。
　そして、物語第一部６話【新緑の壱乃峰いちのみねで】の、ちょうど１年前の出来事が本作と、さらに設定を深めました。

・物語第一部と関連付けて掲載した、最大のネタバレ
　……これで、物語第一部と本作とを関連付ける、設定や表記変更は完了。
　作者が思うに、『両作品が、違和感なく つながった』状態になりました。
　本作の後日には、
【峰乃 樹みねの いつきは、いったん瑞貴みずきの声が聞けなくなる】
→【時間にとらわれず、余裕を持って楽しむ心を取り戻せた峰乃 樹みねの いつきは、再び瑞貴みずきと会話できるようになる。】
→【瑞貴みずきに誘いざなわれて、人里離れた壱乃峰いちのみねの、瑞貴みずきが宿るブナの樹きがある高台たかだいを訪れることが出来るようになった。】
のですが、これは『冗長になるため本編に入れなかった』エピソード。
　そして、制作秘話での最大のネタバレとしまして。
　物語第一部での、【モノローグで樹々きぎの様子を語っているのは、心穏やかになり壱乃峰いちのみねの森に入ることを許された、峰乃 樹みねの いつきだった！】
　これにより、物語第一部と本作とが、よりブラッシュアップされた形で関連付けられました！

　……ということで、再度、１話【早春の壱乃峰いちのみねで】から読み返して頂き、この〝物語第一部と本作との関連付け〟も楽しんで頂ければ、幸いです。

『樹々きぎは唄うたい、風に舞う』第一部　～樹々きぎの恵み編～１話【早春の壱乃峰いちのみねで】に、続きます。。。

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