「Lady steady go !」 第11話
社長の澤田が「とりあえず1年頑張ってくれ」と言った小規模事業支援はもう2年経つ。
約束が反古にされたとは思わないが、この事業を続けていくべきなのか未環には判断がつかないし、そもそも「ハートフード」の事業との親和性、いや、必要性に感じる疑問が未だに解消されない。
それでも約束の1年を過ぎても黙って続けているのは惰性でも諦念でも無い。
会社の利益にはまるでならないのは織り込み済みのまま、それはそのまま依頼者の「事業支援」として機能しているからだ。要はボランティアか?
税金対策か?
そんなことではない。
SDGs、「持続可能な発展の目標」
そんなものは綺麗事ではと感じてしまう未環は、「だれ一人取り残さない」というこのステートメントの前文の言葉を信じ切れない。
違う。
どれだけ努力しても取り残される存在は一定数必ず生まれる。
その時、その存在の尊厳を守りながら支えるのだ。
誰もがためらわず、自分が知らない人の死に水をとれるやさしさを持てる社会を目指すべきではないのか。
それを今、私はやっているのだろうか。
澤田とそういう話をしたことはない。
しかし未環は、澤田はそう考えているのではと思っているのだ。
澤田は大学を出て家業の小さな印刷屋を継いだ。
父親一人の小さな個人商店は、織り込みチラシや葉書印刷の弱小下請だったらしい。価格決定権など微塵もなく、時の経済状況に左右されてばかりで、澤田が小さな頃から経営は低空飛行だった。
本当は社会に出て別の知見を会得して戻りたかったが、そんな時間的余裕すら無い経営状況だったらしい。
そして家業を引き継いだ時にわかったのは、自分の父親が経営者としてほぼ無能だったという残酷な現実だった。
戻った時には自宅も抵当に入っていた債務超過の家業に、数年後澤田は引導を渡す。苦労して実家の抵当権を解除して、事業の借入金を自分が背負った。
そこからウェブデザインの会社に入り、長い月日をかけて借入金を独力で完済した。
そういったことを澤田は話さない。
澤田のパートナーの今井美知子から聞いた話だった。
今井は未環の大学時代からの友人で、現在ハートフードの非常勤取締役として社のマネジメント業務を統括する敏腕ビジネスウーマンだ。
未環をハートフードに勧誘したのは今井美知子だった。
澤田の過去を知らなかったら、小規模事業支援の役職を続けはしなかっただろう。
澤田は自身の想いを語らなかった。
それは経営者として明らかに間違っていると未環は思う。
なぜ未環だったのか、その選定理由も聞かずじまいだ。
でも、こう、うまくは言えないのだけど、滲み出る何かが澤田にはある。
際どいラインを踏破してきた者だけが出せる、言葉ではない説得力みたいな何かが。
この仕事を経て、支援事業者の半分は澤田の父親みたいな人だった。
残りの半分は、それは程度の差はあっても覚悟と共にある。
それでも、澤田のような凄みを感じたのは、坂口工業の坂口ただ一人だったことを未環は知るのだ。
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