退屈な時は、何もしなくていい。 #288
退屈という恐怖
退屈というのは不思議な感覚だ。忙しい時は暇な時間が欲しいと思っているのに、いざ暇な時間が生まれると「退屈だ」と感じるのは何故だろうか? 退屈な時の何とも言えない不快感の正体は何なのだろうか? 退屈な時には頭の中で何が起きているのだろうか?
脳科学的に言えば、退屈な時は「デフォルトモードネットワーク」が作動しており、頭の中では過去のトラウマや未来の不安が渦巻いているらしい。何もしていないと嫌な思い出を思い出したり将来起こるかもしれない悲劇を想像してしまうから、退屈なのは苦痛なのだ。
ちなみに、アイデアが浮かぶのはこうしたボーっとしている時であるという研究もある。このことを中国・北宋時代の文学者である欧陽脩は「三上」と呼んだ。すなわち、馬上、枕上、厠上である。現代人は移動中、ベッドの中、トイレのどの瞬間もスマートフォンを触っている気もするから、アイデアが降りてくる瞬間を逃しているのかもしれない。
刺激欲は永遠に満たされない
退屈さを紛らわせるためには、刺激が一番。2014年に科学専門誌『サイエンス』に掲載された論文によると、人間は15分ほどの暇な時間を与えられただけで退屈さを紛らわすために電気ショックでさえ求めるという。
日常生活では電気ショックを使わなくとも手軽に気晴らしができる。それは「ドーパミン」が出る行動である。糖質、アルコール、タバコ、ギャンブル、買い物、SNSなど。コンビニに行ったりスマホを開いたりするだけで簡単に手に入る。
しかし、ドーパミンで満たされることはない。耐性がついて「もっともっと」と際限なく更なる刺激を求め続けることになるからだ。前と同じ刺激でも退屈と感じるようになっていくし、どんどん退屈さに耐えられないようになっていく。こうなると依存や中毒と呼ばれる状態であり、もはやどんな刺激でも満たされず、日常生活の全てが退屈に感じられようになってしまう。
坐禅という最古のソリューション
退屈さを恐れて刺激を求め続けた先には、依存や中毒が待っている。では、退屈さを感じた時にどうすればいいのだろうか? その答えはシンプルだが難しい。退屈さとそのまま向き合うしかない。
仏教では「渇愛が苦しみの原因である」と説く。この言葉は様々な解釈ができるとは思うが、その一つとして「退屈さに耐えられずに刺激を求め続けた先には依存症が待っている」という人生の落とし穴を暗示しているように感じるのだ。
坐禅とはまさに退屈さと向き合う練習である。実際に瞑想に習熟した僧侶の脳活動をMRIなどで計測すると、瞑想をしていない人に比べてデフォルトモードネットワークの活動が抑制されているという研究もある。坐禅とは、退屈さを感じた時に「退屈さを感じている自分を観察する」という遊びをすることと言えるかもしれない。
退屈さに対する解決策は、退屈さを紛らわせることではなく、退屈さを楽しむことなのだということに何千年も前に気づいていたとも言えるだろう。しかも、それは坐禅という体一つでいつでもできて誰にでも挑戦できる方法だったのである。
「何もしないをしている」じゃダメですか?
ところで、私は「休みに何をしているの?」という質問にいつも窮する。相手も本気で私の休日の過ごし方を知りたいのではなくて、ただ雑談のテーマを探っているだけなのだとは分かるのだが、それでも「何もしていない」という答えしか思いつかない。「休みの日は休んでいる」というだけのことだが、そう答えるのはなぜか後ろめたさもある。つまらない人と思われそうだと勝手に怖がっている。
そもそも「生きている」こと自体で私には精一杯なのだ。そんな状態に何か良い呼び方があればいいのにとも思う。「趣味は生命維持です」とでも言えばいいのか。ただ座っていることを坐禅や瞑想と呼び、ただ歩いていることを散歩と呼べば印象が変わるように。「何もしていない」と言えば怠惰な印象だが、「何もしていないをしている」と言えば高尚な雰囲気になる気もする。
ここで、ジェニー・オデルの『何もしない』の終盤に出てくる一節を紹介したい。SNS映えする生き方が「生産的」であるとされる現代に辟易した著者の綴る文章は、私の思いを代弁してくれているようだ。ちなみに、引用文中の「有意義な時間」とは、公園を散歩するような過ごし方を指している。
私の人生は人様から見れば地味でつまらないのかもしれない。でも、それでいいとも思う。バートランド・ラッセルは『静かに過ごす時間』の中で、カントは自宅から15km以上遠くに出かけたことはないし、ダーウィンもビーグル号での航海以降は大きな旅はしなかったと指摘している。偉人の人生も大部分は地味だったという逸話を思い出して、退屈に聞こえる暮らしに言い訳をするのだった。
・主な参考文献
國分 功一郎『退屈と暇の倫理学』
アダム・オルター『僕らはそれに抵抗できない 』
チャディー・メン・タン『サーチ・インサイド・ユアセルフ』
ジェニー・オデル『何もしない』
ロルフ・ドベリ『Think clearly』
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