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私がおいしいをたのしいにするために―20210206

幼い頃から少食だった私は、毎日掃除の時間に居残り給食をさせられ、家では泣きながら(私にとって)量の多い食事を食べさせられ、外食では吐きそうになるのをむりやり飲み込んでいた。
飲み込めないこともあった。お店には大変迷惑がかかった。親はそれはもう激怒した。それが怖くてますます食べられなくなる。しかしまだ許容量以上を食べさせようとする。
その恐怖のかけらがまだ頭の隅に刺さっている。

幼稚園の卒園式のとき、

とても優しくしてくれた先生に「小学生になったらたくさん食べないとね」と言われ、私ははっきりと「裏切られた」と思った。
この先生は私の少食を分かってくれているのだと思いこんでいたのだ。

幼稚園では仕出しのお弁当が配布されていた。
私には量が多い上、デザートの缶詰入りフルーツの汁がご飯やおかずに満遍なくかかって甘くなっており、複雑な味が苦手だった私はどうしても食べることができなかった。

小学校の給食の時間、

私は体調が悪いふりをするようになった。
どうしても残してしまい、掃除の時間に隅の方で残って食べながら友人たちに好奇の目で見られるのが嫌だった。
それだったら食べなければいいのでは? そう考えた。単純だった。
しかし、この手が使えるのはせいぜい月に一回できるかできないか程度だった。

小学3年生だったかな、「米とおかずを一緒に食べるとおいしい」と気付いた。
私としてはかなりの大発見だったのだが、どうやらこれは当たり前だったらしい。

高校生になると、

毎朝母が早起きしてお弁当を作ってくれた。
本当に感謝している。私にはできない。
量もちょうどよく、やっと身の丈に合った量を知ることができた。
友人との外食や買い物もこのあたりでようやっと自由にできるようになり、好きなものを食べたり買ったりできるようになった。
友人と食べるおいしいものはたのしい。

大学生。一人暮らし。

サークルに入り、充実した日々を過ごす。
活動後に先輩や同期の家での飲み会、とてもたのしかった。
発表会後の打ち上げ、とてもたのしかった。
そこには常に食べ物があり、食べ物というのは人間の生きる糧だけでなく、娯楽そのものだとやっと理解する。
子どものころはゲームや鬼ごっこが娯楽だったけど、大人になるとそれが食事に代わる。それってちょっとさみしいけど、オトナは食事の付け合せの会話だけでたのしい。

大学生2年目、

頭のおかしい人に付きまとわれ頭がおかしくなってしまった。
鍵を締めても家にいる。家の外で大声を出す。私には友人の悪い噂、友人には私の悪い噂を流す。
そして、私の食べる物になにかしていたらしい。
私は再び食事のたのしさを忘れてしまった。
一口食べては吐き戻すを繰り返し、たのしさどころか苦痛でしかなかった。

退学。実家へ。

何を食べても苦痛。親に訴えても全く意に介さず、大量の食事を食べさせようとする。昔とかわらない、〈元気=食事〉という考えからだ。
お弁当のサイズ感が懐かしかった。あのサイズがちょうどよかったんだ。

私は家人の寝ている夜に起きては冷蔵庫のものをかじり、朝まで吐き気をこらえつつ眠る、ねずみのような生活をしばらく続けた。
食事を食べない私を親は怒り続けた。実家の猫たちが心配してくれるのかなんなのか、しょっちゅう私の傍らに来てはニャンニャアンと話しかけてきた。庭にいる犬はいつまで経っても私の顔を覚えなかった。

体重30キロ台。

一週間何も食べなかった。こんなに苦しいなら食べないほうがマシだと思ったのだ。
ずっと布団に寝たきりで、風呂も2,3日に一度入るかどうかで、汗の匂いのするパジャマを着たきり雀だった。
餓死はできなかった。栄養失調にはなっていたかもしれない。

ふらふらの体でコンビニまで歩いた。
一週間何も食べないだけでこんなに足腰が立たなくなるのかと驚いて、実家に戻って以来初めて笑った。
確かカルボナーラパスタを買ったような記憶がある。元気なころ好きだったのだ。
帰って食べたら何を言われるか分からない。コンビニの縁石に座って食べた。
おいしかった。たのしくはなかった。泣いていたから。

社会復帰。

食べても吐き気のしなくなる薬を手に入れた。
それでも”食事会””飲み会”というハードルはかなり高い。
「全然食べてないじゃーん!」と言われると「少食なんで!」と答えた。
摂食障害なんて言えるわけがなかった。
とある人にやたら根掘り葉掘り少食のことを訊かれたので、症状のことを言ったら「変なの!」と返されてからわざわざ言う理由も元気もなくなってしまった。

たのしくなってくるまで、

結構時間はかかった。6,7年近くかかった。
気の置けない人と、残しても怒らない人と、大食いで私の分まで食べちゃう人と行くと気が楽になる。
それと、私と同じ症状を持つ有名人のことを調べた。インターネット上にもそれで困っている人が多いことも知った。
人間の根本である食事を苦痛に思う私はおかしいのではないかという孤独感は徐々に癒えていき、開き直って食事や飲み会にも行けるようになっていった。

今では友人を誘って食べに行くことすらある。
ただ、食事よりも先に友人があり、友人に会いたいがために食事に誘う。食事は二の次だ。
食事を重視し深く悩み、食事で迷惑をかけるから合わない、という考えはいつの間にか消えていた。

彼氏を実家に連れ帰る。

親は大喜びで彼氏に大量の食事をご馳走した。
フグ・高級鉄板焼・うなぎ・フレンチフルコース・豆腐懐石。
とにかくたくさんのおいしいものを食べさせた。

私があまりの多さにめまいがしてお手洗いに籠もっているとき、親は彼氏にこんな話をしたらしい。

「娘はとても少食だから、君のようなよく食べる息子ができて嬉しいよ。私たちの趣味はおいしいもの食べ歩くことだから」

(いやまだ息子ではないですけど!)

親は私と一緒に食べ歩きがしたかっただけなのかもしれない。
親のように食事を趣味と言えるようになれたら良かったな。
なぜなら二人はとてもたのしそうだからだ。


#おいしいはたのしい

いい言葉だと思う。
おいしいものを食べて元気に生きようとなる人がいる。
おいしいものを通して仲良くなる人がいる。
おいしいものを作って食べさせることが喜びの人がいる。

世界が急激に狭まった今、純粋においしいをたのしむには絶好のチャンスなのかもしれない。
私はおいしいを感じられるようになって世界が広がった。
世界が広がることはたのしい。例え世界が狭まっていても。


余談だけど、

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今日は老舗の喫茶店で名物のフレンチトーストをコーヒーやソーダ水でおいしくたのしみながらこの記事を書いている。
担当編集者の激怒するムーミン(ゲキドーミン)氏も一緒だ。

こうやって一人でおいしいを探す旅に行くのもたのしいもんだね。



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飯野くちばし

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