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2024年2月5日 大人こそお誕生日のお祝いを

先日は、親しい友達の誕生日でした。
お互いにたまたま、休みが取れたので、1ヶ月前から、ホテルのティールームでアフタヌーンティーの予約を入れました。
これはこの友達との数年来の年中行事のようなもので、
誕生日や祝い事の折には、
ホテルでアフタヌーンティーをするのが暗黙の了解です。
店の電話予約が苦手な人間ですが、
ホテルのアフタヌーンティーは、レストラン予約サイトで簡単に予約が取れます。
その上、リマインダーメールも送ってくれます。
このシステムのおかげで、アフタヌーンティーのハードルが下がったことは言うまでもありません。
電話では奇妙な緊張がありますが、予約サイトであれば、苦手な食べ物や誕生日メッセージをお願いするのもさほど苦労はないのです。
文字に依存している人間にとって入力フォームがあるのはとても助かります。
お願いしたいことをポトポチと入力すればよく、また入力した内容もメールで送られてきます。
おそらく、10分もあれば予約は完了してしまうのです。
その上、今回は、実施日が平日だったため、大変なお得価格でありました。
素晴らしいことです。
さて、当日、カジュアルフォーマルな服装で、ホテルに向かいます。
アフタヌーンティーはエンターテイメントですから
参加者の服装も「それらしい」のが楽しいのです。
ホテルのティールームは、学生と思しき人で溢れていました。
おそらく、お得価格だからでしょう。
用意されていたテーブルに案内されて、アフタヌーンティーが始まります。
ささやかなプレゼントを渡し、お茶を選びます。
結局は、いつも通り、スタッフのひとにおすすめを尋ね、それを注文します。
これ自体もアフタヌーンティーの楽しみです。
一杯目のお茶が注がれ、
お願いしていた花束や誕生日メッセージが載ったティースタンドをもスタッフが持ってくると、
友達は、こちらがびっくりするくらい、喜んでいました。
いつも彼女がしてくれていることを、そのままやってみただけだというのに、と思って、
やや動揺しました。
サプライズも追加のイベントも何もなく、言い換えれば、彼女がやってくれたことの劣化コピーをやっただけなのです。
だというのに、ものすごく喜んでくれました。
その鮮烈な印象が頭の片隅に残ります。

ティーポットで入れてもらったお茶を飲みながら
セイボリー(塩気のある食べ物)、スコーン、ケーキと食べ進めます。
アフタヌーンティーといえば、スコーンですが
ホテルのアフタヌーンティーでハズレのスコーンが出されることはほとんどありません。
むしろ、セイボリーのほうが、ホテルの力の入れ方、創意のこらしかたがあらわれる気がします。
キッシュも美味しいですが、
きゅうりが挟んである、サンドウィッチがあると、うれしくなります。
あたたかい日本では、きゅうりは山ほどとれる野菜ですが、
「寒冷な英国では、昔は温室がないとうまく育たなかった植物で貴重なものだった」という話を何かで読んだことがあります。
それが真実かどうかはわかりませんが、
あたたかいお茶を飲みながら、薄くスライスされたきゅうりがはさまれたサンドウィッチを食べると、その食べ合わせの良さに、毎回驚きます。
今回もちんまりとしたサンドウィッチはとても美味しかったです。

さて、無事に友達の誕生祝いアフタヌーンティーを終えても
誕生日を祝ってもらう喜びはどこから来るものだろうと
考えていました。
誕生日を特別な日だと思っていなくても、
やはり何にもなければ、寂しく思います。
特に友達やパートナー、家族がいた場合、誕生日を忘れられたり、祝われなかったりすると、
相手にとって自分の誕生日とはその程度のものなのかと思うでしょう。
それどころか、自分が生まれたことも大して意味がないように感じるかもしれません。
時間やお金、手間をかけて、お祝いの席を用意をしてもらうことと
自分の価値には、本当のところ、何の因果も関係もないわけですが、
勘違いして結びつけやすい部分のようにも思います。
また、
誕生日を祝ってもらうことを
子どもの頃と同じようには喜べないものの、
心のどこかではあの高揚感を味わいたいと言う気持ちもあります。
成長へのまっすぐな喜び、将来への期待、未来の自分へのワクワクした気持ち、
それに何より素敵なお祝いが準備されている喜び。

ちなみに友達は仕事ができる人間で、日々、色々な判断や手配を行なっています。
本当のところ、アフタヌーンティーを、予約するなど、簡単なこと、自分でだって出来るのです。
でも、自分でお祝いを準備するのでは、子どもの頃の高揚感は決して味わえないことでしょう。
お祝いを子どもの頃のように誰かの善意に委ね、
その上で望んでいたもてなしだからこそ、
あれだけ喜んでくれたのかもしれない、と思います。

ちゃんと働いている大人にこそ、
他者からのお誕生日祝いは必要で
それが大切な人ならなおのこと、
欲しいもの、食べたいもの、してほしいことを尋ねてみて
ひとつだけでも叶える努力をした方が良いのかもと思った、お祝いでした。

お誕生日は終わったけれども、
あらためて、お誕生日おめでとう、友達。
もっと、人に委ねたり、お願いしたり、任せていいんだと思うよ。
お互い身体には気をつけよう。




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