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Moon Wood Dialy

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その名の通り、月曜日と木曜日に更新される約500文字の雑文。都内に住むある四十代会社員の虚実入り乱れた日常生活の記録。
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2022年3月の記事一覧

【読書感想文】ノースライト:横山秀夫

【読書感想文】ノースライト:横山秀夫

桜は咲いた。
でもこの家は寒い。
家はやはり南向きがいい。

しかし、わざと北から採光する手法がある。それを知ったのは、江戸東京たてもの園で「常盤台写真場」を見学した時だった。

照明技術が未熟な時代、この写真館では影のない安定した光を得るために部屋の北に窓を設けた。その部屋には落ち着いた不思議な光が満ちていて、なぜか穏やかな気持ちになったのを今でも覚えている。

物語は建築士である主人公の設計し

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ゴルコンダ

ゴルコンダ

朝、テレビをつけると、気象予報士の女性が「今日の東京地方にはゴルコンダ注意報が発令されています」と言った。僕は「東京地方って何だよ」と呟いた。江戸川区と奥多摩町の天気が同じ訳がない。もっと正確な表現をすべきではないか。

それにしてもゴルコンダは久しぶりだった。アナウンサーは「不要不急の外出を控えましょう」と呼びかけていたが、むしろ積極的に出かけた方がいい。

ゴルコンダは、世界中のおじさんの哀し

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英雄なき偉業

英雄なき偉業

銀色の車体に黄色い帯を巻いた電車が目の前を走り去った。
すると、いくつものホームのずっと先にある、やけに陽気な消費者金融の看板が目に入ったが、すぐにまた別の電車がやってきて見えなくなった。

「もし、兄さんが何かの世界一になったたらどうする?」
と、弟が唐突に尋ねた。

「何の世界一かにもよるな」
「じゃあ『ぷよぷよ』」
それは凄い。友人や親戚に言いふらす。そして、己の妙技を見せつけるため腕に覚え

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恋と夢

恋と夢

僕はその日まで、湊谷さんのことを何とも思っていなかった。

うららかなある春の日、僕は彼女と二人で下校した。内容は忘れたが、何か彼女の相談に乗っていたような気がする。そこで目が覚めた。

翌日、学校で友達と談笑する湊谷さんを見た。僕はなぜか胸が苦しくなった。これは不思議なことだ。なぜなら彼女はクラスも違うし、何の接点も無かったからだ。

この恋は実らなかった。実る気配すらなかった。その後も彼女とは

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不毛

不毛

戦争が始まった日、転んだ。

工事現場で高所に登って無事に降りて来た。完全に油断していた。段差に躓いて転倒し、鉄骨に脇を強打した。一瞬、息が止まった。が、すぐに立ち上がれたし、声も出た。現場の担当者が心配してくれたが、私は満面の笑顔を作り「大丈夫です!」と言った。

その晩、寝返りを打とうとしたら激痛が走り目が覚めた。

辛い。

骨にヒビが入ったのだろうか。
でも、じっとしていれば平気だ。肋骨は

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