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小説「無名人インタビュー物語 ――聞き手たちの冒険」第三部前編

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第一部前編:https://note.com/unknowninterview/n/n7948dce6dd6f
第一部後編:https://note.com/unknowninterview/n/nec3e4c4ce1ff
第二部前編:https://note.com/unknowninterview/n/n2848dd7b8de3
第二部後編:https://note.com/unknowninterview/n/nd36a82ec0002
第三部前編:この記事です。
第三部後編:https://note.com/unknowninterview/n/n331ba20fb5dd


第三部前編:インタビュアーの旅路

イン旅ューinインド

インドのバラナシ、聖なるガンジス川のほとりに佇む古びた建物の一室。鷹匠麗子は、目の前に座る老婆の姿に見入っていた。窓から差し込む夕陽が、老婆の顔に刻まれた無数の深いしわを優しく照らし出している。室内に漂う香辛料の香りは、鷹匠の鼻腔をくすぐり、遠くから聞こえてくる祈りの鈴の音が、この空間に神秘的な雰囲気を醸し出していた。

鷹匠の隣には、地元の若い女性、プリヤが座っていた。彼女が鷹匠と老婆の間の通訳を務めている。鷹匠は英語で質問し、プリヤがそれをヒンディー語に訳す。そして老婆の答えを、再び英語に直して鷹匠に伝える。この三段階のコミュニケーションは、時に言葉の微妙なニュアンスを失わせることもあったが、それでも深い対話が可能になっていた。

鷹匠は、喉の奥がカラカラになるのを感じながら、ゆっくりと口を開いた。
"What does life mean to you?"
「あなたにとって、人生とは何ですか?」

プリヤがそれをヒンディー語に訳す。老婆はゆっくりと目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

老婆の答えを、プリヤが丁寧に英語に訳す。
"She says, life is like the Ganges river. It flows endlessly, sometimes calm, sometimes turbulent. But in the end, it always reaches the sea."
「彼女は言っています。人生はガンジス川のようなものだと。絶え間なく流れ、時に穏やかで、時に荒々しい。でも、最後には必ず海にたどり着くのだと」

鷹匠は、その言葉を一つ一つ噛みしめるように静かに頷いた。彼女の胸の内で、新たな質問が形作られていく。

"Then, what scenery does your Ganges reflect now?"
「では、あなたのガンジス川は、今どんな景色を映していますか?」

鷹匠の問いをプリヤが訳す。

老婆は目を開け、鷹匠をじっと見つめた。その瞳に宿る輝きは、まるで星空のようだった。プリヤが老婆の言葉を英語に訳す。
"She says, now... colorful flowers are floating on the surface. All the joys and sorrows of life have become beautiful flowers..."
「彼女は言っています。今は...色とりどりの花が水面に浮かんでいると。人生の喜びも悲しみも、すべてが美しい花になっているのだと...」

鷹匠は、通訳を介しているにもかかわらず、老婆の言葉に深く心を動かされるのを感じた。言語の壁を越えて、人生の真理が伝わってくるような気がした。

インタビューが終わり、鷹匠はプリヤに感謝の言葉を述べてから、ゆっくりと立ち上がった。建物を出ると、ガンジス川の岸辺に立ち、夕暮れに染まる街並みを眺めた。

老婆の言葉が、まだ鷹匠の心に深く響いていた。「人生はガンジス川のようなもの」という比喩が、彼女の脳裏で繰り返し鳴り響く。そして、ふと思い出した。自分の人生の流れもまた、ここ最近大きく変化していたのだ。

この旅の契機となった出来事が、鮮明によみがえってきた。それは、インドへの出発のわずか数週間前のことだった。


東京、閑静な住宅街に佇む「無名人インタビュー」プロジェクトの本部。昭和初期に建てられた和洋折衷の古い邸宅を改装したオフィスは、木の温もりと歴史を感じさせる空間だった。畳の香りが漂う和室で、鷹匠は他のメンバーたちと共に正座して会議に臨んでいた。

プロジェクトリーダーの一人、高瀬智子が静かに口を開いた。

「実は、qbcは、"Quiet but curious"という理念を体現する者たちの総称なんです。現在のqbcが倒れたことで、私たちは改めてその意味を考える必要がある」

高瀬は少し間を置いて、さらに言葉を続けた。

「私たちは、組織の中心に言葉で作られた理念を置きました。その根底にあるのが "Name is emptiness, emptiness is name"、名は空なり、空は名なり、という考えです。これは、仏教の般若心経に由来する概念からとりました」

鷹匠が質問した「色即是空、空即是色から、ですか?」

「そうです」高瀬は丁寧に説明を続けた。「この言葉は、名前や概念は本質的には空であり、同時に空こそがすべての名前や概念の本質であるという意味を持ちます。qbcという名前自体に固定的な実体はありません。それは私たちが与えた概念に過ぎません。しかし、その空虚さゆえに、qbcは柔軟に変化し、様々な形で具現化できるのです」

鷹匠は、この説明に深く考えこんだ。高瀬は続けた。

「つまり、qbcは特定の個人ではなく、私たち全員が体現すべき理念なのです。人間は変わりやすい生き物です。しかし、この空の概念を中心に据えることで、個々の変化を受け入れつつ、組織としての一貫性を保つことができるのです」

この言葉に、鷹匠は新たな理解を感じた。qbcは単なる名前や役職ではなく、彼女たち全員が目指すべき在り方だったのだ。それは固定的なものではなく、常に変化し、進化し続ける概念だった。


そして、その記憶は自然と、もう一つの重要な出来事へと繋がっていった。葵との最後の会話だ。

インド出発直前、東京のとあるカフェで葵と向かい合って座っていた日のこと。葵が静かに、しかし決意を込めて告げた言葉が、今でも鷹匠の耳に残っている。

「会社に戻ることにしたの」

鷹匠は驚きを隠せなかった。「でも、あなたのインタビュアーとしての才能は...」

葵は優しく微笑んだ。「そう、私もそう思っていたの。でも、会社の上司との話し合いで気づいたの。私のHSPとしての特性は、インタビューだけでなく、日常の仕事の中でも活かせるって」

鷹匠は黙って葵の言葉に耳を傾けた。

「でも」葵は続けた。「クエスチョンデザイナーとしての活動は続けたいの。会社員としての日常とクエスチョンデザイナーとしての非日常の境界線を生きることで、新しい視点が生まれるかもしれない」

鷹匠は深く頷いた。表面上は理解を示したものの、内心では複雑な感情が渦巻いていた。葵の決断に新たな可能性を感じる一方で、何か引っかかるものがあった。しかし、その違和感を言葉にすることはできなかった。

「応援しているわ、葵さん。あなたの経験が、私たちのプロジェクトにも新しい風を吹き込んでくれると信じています」鷹匠は、自分の声が少し虚ろに聞こえることに気づきながらも、精一杯の笑顔を浮かべた。

二人は温かい笑顔を交わし、新たな出発への期待を胸に抱いたように見えた。しかし、鷹匠の心の奥底では、まだ言葉にできない疑問や不安が静かにくすぶっていた。

ガンジス川のほとりに立ち、インドの夕暮れを眺めながら、鷹匠はその時の違和感を思い出していた。葵との関係性、そして彼女の決断が、今になっても鷹匠の中で解決されていない問題として残っていることに気づいた。それは、これから先の旅路で、鷹匠が向き合わなければならない課題の一つとなるだろう。

変化の風

インドの夜空に、最初の星が瞬き始めた。鷹匠は深呼吸をし、ガンジス川の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

この旅で得た経験、qbcの真の意味、そして葵の決断。すべてが彼女の中で新たな形を作り始めていた。鷹匠は、ガンジス川の流れを見つめながら、これまでの「無名人インタビュー」の在り方について深く考え始めた。

(人々の物語を聴くことの本当の意味とは何だろう?)

老婆の言葉が、再び彼女の心に響く。「人生はガンジス川のよう」。そして同時に、その瞬間、高瀬の言葉が蘇った。"Name is emptiness, emptiness is name"。

鷹匠は、この二つの概念が奇妙なほど呼応していることに気づいた。ガンジス川の流れのように、名前や形式もまた固定的なものではない。それはqbcという概念にも、そしてインタビューという行為自体にも当てはまるのではないか。

(インタビューもまた、一つの形式に縛られるものではなく、絶えず流れ、変化し続けるものなのかもしれない)

この気づきは、鷹匠に新たな視座をもたらした。インタビューの本質は、その形式にあるのではなく、むしろ形式を超えた何かにあるのではないか。それは、人々の物語を真に理解し、共有しようとする姿勢そのものなのかもしれない。

(私たちは、本当に人々の声を聴けているのだろうか?)

葵の決断を思い出す。日常と非日常の境界線を生きるという彼女の言葉が、鷹匠の中で新たな意味を持ち始めた。インタビューもまた、日常と非日常の境界線上で行われるべきものなのかもしれない。

そして徐々に、鷹匠の心に新たな思いが芽生え始めた。従来の形式にとらわれない、新しいインタビューの形。それを模索し、実現させることが、彼女の中で次第に明確な目標として形作られていった。

(もっと自由に、もっと深く、人々の声を聴く方法があるはずだ)

インドの夕暮れの中、鷹匠の心に新たな挑戦への渇望が静かに、しかし確実に湧き上がってきていた。

ホテルに戻りながら、鷹匠は新しいインタビューの形について、より具体的かつ体系的に考え始めていた。彼女は、インタビューを構成する要素を一つずつ検討し始めた。

  1. インタビュー場所

    • 従来のオフィスや静かな部屋から脱却

    • 自然環境:公園、森林、海辺

    • 日常的な場所:カフェ、電車内、職場

    • 非日常的な場所:遊園地、美術館、寺社仏閣

  2. インタビュイーの身体状況

    • 静止状態:座っている、横になっている

    • 動的状態:歩いている、走っている、泳いでいる

    • 特殊な状態:サウナ、温泉、瞑想中

  3. インタビュー時間

    • 短時間:5分、15分、30分

    • 長時間:2時間、半日、1日

    • 超長時間:24時間、1週間

  4. インタビュー回数と間隔

    • 単発

    • 定期的:毎週、毎月、毎年

    • 人生の節目:10代、20代、30代...

  5. インタビュアーの数と関係性

    • 1対1

    • グループインタビュー

    • インタビュイー同士のインタビュー

  6. インタビュー方法

    • 対面

    • 電話

    • ビデオ通話

    • 文字のみ(チャット、手紙)

鷹匠は、これらの要素を組み合わせることで、無数の新しいインタビュー形式が生まれる可能性を感じていた。

(例えば、皇居の周りをジョギングしながらの1時間インタビュー、サウナでの15分間の深層インタビュー、ネイルサロンでの定期的な生活アップデートインタビュー...)

そして、これらの新しい形式が、従来のインタビューでは引き出せなかった人々の内面や、普段は気づかない自己の一面を浮かび上がらせる可能性に、鷹匠は心躍らせていた。

「インタビューの本質は変わらない。でも、その形式は無限に広がりうるんだ」

鷹匠は、この新しい挑戦に胸を熱くしながら、ホテルの部屋へと戻る。ホテルの窓の外に広がるインドの夜景を眺めながら、ふと松尾芭蕉の言葉を思い出した。

「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。」

その瞬間、彼女の中で何かが繋がった。インタビューとは、まさに人生という旅の一場面を切り取るものではないか。そして、その旅路の中で、人々が足を休め、集い、気安く語り合える場所こそが必要なのではないか。

(人は流れていく。人生は流れていく。それはまさに旅のようなもの)

鷹匠の思考は更に深まっていった。

(その旅の中で、人々が立ち寄り、心を開き、物語を紡ぎだす場所。それこそが理想的なインタビューの舞台なのかもしれない)

そう考えた瞬間、鷹匠の脳裏に「木漏れ日」のイメージが浮かんだ。葉山のカフェは、まさにそのような場所ではなかっただろうか。温かな光が差し込み、時間がゆっくりと流れる空間。そこでは自然と人々の声が響き、物語が生まれる。

(「木漏れ日」は、単なるカフェではない。それは人生という旅の中の、大切な休憩所。そこで人々は自然と心を開き、自分の物語を語り始める)

鷹匠は、この新たな視点に胸が高鳴るのを感じた。インタビューの本質は、形式や技術だけではない。それは、人々の人生の旅に寄り添い、その瞬間の物語を丁寧に聴き取ることなのだ。

(あのカフェを、新しいインタビューの舞台として活用できないだろうか。人生の旅人たちが立ち寄り、心を開く場所として)

しかし、鷹匠はすぐに思考を広げた。「木漏れ日」は一つの理想形かもしれないが、それだけではない。旅には様々な場面がある。山あり谷あり、時に荒波にもまれることもある。

(インタビューも同じように、様々な形があっていい。穏やかな語らいもあれば、激しい議論もある。それぞれの瞬間に、最適な「場」があるはずだ)

鷹匠は再びノートを開き、「木漏れ日」を中心に据えつつ、人生の旅という大きな枠組みの中で、様々なインタビューの可能性を探り始めた。彼女の探求は、まさに始まったばかりだった。

鷹匠は窓際に立ち、バラナシの夜景を見つめていた。星空の下に広がる街の光が、ガンジス川の水面に揺らめいている。インドでの経験、松尾芭蕉の言葉、そして「木漏れ日」のイメージが、彼女の中で新たな可能性として結実していく。

「人生という旅の中で、人々の物語を聴く。その過程で、きっと私も変わっていくんだろうな」

彼女は静かに微笑んだが、次の瞬間、葵のことが脳裏をよぎった。葵の決断、そして彼女との別れ。鷹匠の胸に、微かな痛みが走る。

(そうだ...変化は時として、悲しみや苦しみを伴うこともあるんだ)

彼女の胸は、期待と決意で高鳴っていた。

その夜、鷹匠は長いメールを書いた。宛先は葉山だった。インドでの経験、新たな気づき、そしてこれからの「木漏れ日」への構想を、言葉に綴っていく。キーボードを叩く指先に、彼女の中で新たなビジョンが形を成していくのを感じた。

新たな挑戦

数週間後、日本に戻った鷹匠は、早速「木漏れ日」を訪れていた。カフェの扉を開けた瞬間、懐かしい木の香りと、コーヒーの芳醇な香りが彼女を包み込む。まるで故郷に帰ってきたような安堵感と、新たな冒険への期待が、彼女の心の中で交錯した。

葉山が温かい笑顔で迎えてくれる。「お帰りなさい、麗子さん。メールで読んだインドでの経験、とても興味深かったです」

鷹匠は微笑み返した。「ありがとうございます。葉山さん、たくさんお話ししたいことがあるんです。でも、まずは懐かしい葉山さんのコーヒーが飲みたいです」

葉山はうなずき、丁寧にコーヒーを淹れはじめた。その仕草に、鷹匠は「木漏れ日」の変わらぬ温もりを感じた。

窓際の席に座り、鷹匠はカップを両手で包みこむようにしながら、インドでの経験を詳しく語り始めた。

「インドで、私はガンジス川のほとりで一人の老婆にインタビューする機会がありました」鷹匠は目を遠くに向けながら話し始めた。「その方が『人生はガンジス川のようなものだ』とおっしゃったんです。絶え間なく流れ、時に穏やかで、時に荒々しい。でも、最後には必ず海にたどり着く」

葉山は熱心に聞き入っていた。

「その言葉を聞いて、私はハッとしたんです」鷹匠は続けた。「インタビューも同じではないかと。一つの形式に縛られるのではなく、絶えず流れ、変化し続けるもの。そして、その流れの中で人々の物語を真に理解し、共有することが大切なんだと」

葉山は深く頷いた。「そういった気づきが、新しいアイデアを生んだんですね」

「はい」鷹匠は目を輝かせながら言った。「それで考えたんです。この『木漏れ日』を、インタビューカフェとしてリニューアルオープンするのはどうでしょうか」

「インタビューカフェ?」葉山は興味深そうに尋ねた。

鷹匠は熱心に説明を始めた。「そうなんです。カフェとしての機能を残しつつ、人々が自然に語り合える場所を作りたいんです。インタビュールームを設けたり、オープンスペースで自由な会話が生まれるような配置を考えたり...」

「面白い構想ですね」葉山は考え深げに言った。「具体的にはどんなことを考えているんですか?」

「まず、空間の改装です」鷹匠は答えた。「インタビュールームはもちろん、オープンスペースでも自然に会話が生まれるような配置を考えています。テーブルの配置を工夫して、少人数でも大人数でも柔軟に対応できるようにしたいんです」

葉山は頷きながら付け加えた。「壁面を利用して、これまでのインタビューの一部を展示するのもいいかもしれません」

「それは素晴らしいアイデアです!」鷹匠は目を輝かせた。「そして、新しい形式のインタビューも試してみたいんです。例えば、ジョギングインタビューを考えています。カフェの近くの公園を走りながら話を聞くんです」

葉山は興味深そうに聞いていた。「体を動かしながらのインタビュー、新しい気づきをもたらすかもしれませんね。他にはどんなアイデアがありますか?」

「サウナインタビューも面白いと思うんです」鷹匠は続けた。「それから、ネイルサロンでのインタビューや、料理教室でのインタビューなども。日常的な活動をしながら話を聞くことで、より自然な会話が生まれるのではないかと」

葉山は深く考え込んだ後、提案した。「それらの新しい形式のインタビューの結果を、カフェでのトークイベントとして共有するのはどうでしょう? そうすれば、カフェとしての機能と、インタビュープロジェクトがうまく融合できそうです」

鷹匠の目が輝いた。「それは素晴らしいアイデアです! まさに私が目指していた、人々の物語が交差する場所になりそうですね」

二人は熱心に計画を立て始めた。インタビューカフェとしての「木漏れ日」の新たな挑戦が、ここから本格的に動き出そうとしていた。

しばらくの間、二人は黙ってコーヒーを飲みながら、窓の外の景色を眺めていた。夕暮れが近づき、通りを行き交う人々の影が少しずつ長くなっていく。

葉山は静かにカップを置き、鷹匠の方を向いた。「麗子さん」

「はい?」鷹匠は穏やかな表情で答えた。

葉山は少し言葉を選ぶように間を置いてから、静かに口を開いた。「実は、インドに行く前から、あなたのインタビュースタイルに変化を感じていたんです」

鷹匠は少し驚いた様子で眉を上げた。

葉山は優しく微笑みながら続けた。「特に、あの24時間インタビューの後からですね。何か特別なことがあったんでしょうか?」

鷹匠は一瞬、遠い記憶を呼び起こすように目を閉じた。そして、ゆっくりと目を開けると、懐かしむような表情で話し始めた。「24時間インタビュー...そうですね。あれは本当に特別な経験でした」

「よかったら、もう少し詳しく聞かせてもらえますか?」葉山が促すと、鷹匠は深呼吸をして話し始めた。

「24時間インタビューのゲストは、30代のグラフィックデザイナー、中村さくらさんでした」鷹匠は懐かしむような表情で語り始めた。

「朝7時に彼女の自宅で始まり、一日中彼女に寄り添いながら話を聞いていったんです。朝食の準備をしながら、さくらさんの日課や朝の過ごし方について聞きました。そこから、彼女の仕事場に同行し、デザインの仕事への情熱や苦労を聞きました」

鷹匠は一息つき、コーヒーを一口飲んでから続けた。

「昼食は近くのカフェで取りながら、彼女の人間関係や恋愛観について深く掘り下げました。午後は、さくらさんの趣味である絵画教室に一緒に参加し、その中で彼女の創造性や自己表現について新たな一面を発見しました」

鷹匠は続けた。

「夕方には、彼女のお気に入りの公園を散歩しながら、幼少期の思い出や将来の夢について語り合いました。夜は、彼女の友人たちとの食事会に同席させてもらい、さくらさんの社会的な側面も見ることができました」

鷹匠は少し言葉を切り、遠くを見つめた。「そして深夜、彼女のアパートのベランダで星を見ながら、人生の意味や死生観について、とても深い会話を交わしました」

葉山は熱心に聞きながら頷いている。

「24時間という長い時間を共に過ごすことで、通常のインタビューでは決して見ることのできない、さくらさんの多面的な姿を捉えることができました。彼女の喜びや不安、強さや弱さ、全てを含めた一人の人間としての全体像が見えてきたんです」鷹匠は静かに語った。

「なるほど。そういった深い関わりが、麗子さんのインタビュースタイルを変えたのですね」葉山は理解を示した。

鷹匠は小さく微笑んだ。「はい。人の人生に深く入りこむことの責任と、同時にその素晴らしさを感じました。でも...」

「でも?」言いよどむ鷹匠に、葉山は促した。

「でも...」鷹匠は言葉を選びながら続けた。「プロフェッショナルとしてのクライアントとの距離感が、曖昧になってきているような...」

葉山は深く考えこんだ後、静かに話し始めた。「麗子さん、インタビューとは本来、人と人との出会いです。プロフェッショナルであることと、一人の人間として相手に向き合うこと。それは決して相反するものではありません。それが、個人的な感情だったとしてもね」

鷹匠は葉山の言葉に、何か大切なものを見出したような気がした。彼女は窓の外を見やり、夕暮れの柔らかな光が差し込むのを眺めた。

そして、ふと思い出したように言った。「そういえば、さくらさんにも『木漏れ日』のリニューアルについて相談したいんです。彼女のデザインの才能を活かせないかと思って...」

葉山は微笑んだ。「それは素晴らしいアイデアですね。さくらさんの視点が加わることで、きっと新しい可能性が生まれるでしょう」

鷹匠は頷きながら、決意を込めて言った。「明日、さくらさんに連絡してみます」

カフェ内を温かく照らす夕暮れの光の中で、鷹匠の心には新しいプロジェクトへの期待と、さくらとの再会への微かな高鳴りが重なり合っていた。「木漏れ日」の新たな章が始まろうとしていた。インタビューカフェとしての挑戦、そしてさくらへの再会の連絡。鷹匠の前には、まだ見ぬ物語が広がっていた。

(第三部前編:インタビュアーの旅路 終)

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この物語は、「無名人インタビュー」をテーマに書かれました。
執筆:Claude 3.5 Sonnet by Anthropic
監修:qbc(無名人インタビュー主催・作家)

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