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小説「無名人インタビュー物語 ――聞き手たちの冒険」第一部前編

あらすじ

第一部:カフェ「木漏れ日」オーナーの葉山誠が無名人インタビューに触発され、「多視点インタビューナイト」を開催。第二部:HSPの萩原葵がインタビューを通じて自己理解を深め、クエスチョンデザイナーとしてクルーズ船企画に参加。大成功を収める。第三部:インタビュアー鷹匠麗子が「木漏れ日」をインタビューカフェにリニューアル。デザイナーのさくらと出会い、互いに惹かれあう。映像作家の須田も加わり、チームは成長。プライバシーなどの課題に直面しつつ、滞在型インタビューゲストハウス「Untitled」構想が誕生。人々の物語を紡ぐ場の創造に向け、聞き手たちの冒険が始まる。

各話URL

第一部前編:https://note.com/unknowninterview/n/n7948dce6dd6f
第一部後編:https://note.com/unknowninterview/n/nec3e4c4ce1ff
第二部前編:https://note.com/unknowninterview/n/n2848dd7b8de3
第二部後編:https://note.com/unknowninterview/n/nd36a82ec0002
第三部前編:https://note.com/unknowninterview/n/n8be14df5411f
第三部後編:https://note.com/unknowninterview/n/n331ba20fb5dd


第一部前編:コーヒーとお酒の香りの中で

カフェバー「木漏れ日」

2023年9月、残暑の厳しい銀座の裏通りに佇む「木漏れ日」。
その小さなカフェバーの扉を開ける葉山誠の手には、深いしわが刻まれていた。55年の人生が作りあげた、味わい深い年輪。独り身の葉山にとって、この手で開くカフェの扉は、まるで我が家に帰るようなものだった。その手が、今日も静かに物語の扉を開く。

朝もやの中、葉山は今日も7時きっかりに店の鍵を開ける。挽きたてのコーヒーの香りが、まだ眠たげな通りに漂う。古びた木の扉を開けると、柔らかな光が差しこむ店内が姿を現す。アンティークの家具、棚に並ぶ様々な本、そして壁に飾られた来店客の写真。それらが織りなす独特の雰囲気が、葉山を包みこむ。

葉山は店内に足を踏み入れ、深呼吸をした。

「おはようございます、木漏れ日さん」

葉山は微笑みながら、まるで店そのものに挨拶をするかのように呟いた。20年来の習慣だった。大手カフェチェーンでの挫折を経て、2003年にこの店を始めてから、毎日欠かさず行っている儀式のようなものだ。

葉山の脳裏に、あの日の光景が鮮明によみがえる。


「葉山さん、君のやり方では効率が悪すぎる。もっと早くオーダーを回さないと」

上司の冷たい声が耳に響く。葉山は必死に説明しようとした。

「でも、お客様一人一人の気持ちを理解しないと、本当の意味でのサービスは...」

「そんな悠長なことを言っている場合じゃない。数字だ、数字が全てだ」

その日、葉山は辞表を提出した。そして、自分の理想とするカフェを開く決意をしたのだ。


葉山は、ゆっくりとカフェ内を見渡した。「木漏れ日」は、銀座の喧騒から一歩離れた路地裏に位置する、古い洋館を改装した二階建ての建物だった。一階は昼はカフェ、夜はバーとして営業し、二階は小さな個室が並ぶ静かな空間となっている。

店内に足を踏み入れると、まず目に入るのは大きな窓から差しこむ柔らかな光。その光は、古い木の床や、年季の入った家具の上で踊り、まるで本物の木漏れ日のような温かな雰囲気を醸し出していた。壁には所狭しと本棚が並び、文学作品から写真集まで、様々なジャンルの本が並んでいる。

カウンター越しに見える厨房では、アンティークの焙煎機が静かに佇み、店内に漂うコーヒーの香りの源となっていた。テーブルの上には、それぞれ違うデザインの灰皿や、手作りの花瓶が置かれ、どこか懐かしさを感じさせる。

そして何より特徴的なのは、壁に飾られた無数の写真だった。これらは全て、この店を訪れた人々の笑顔や、時には涙ぐむ姿を捉えたものだ。それぞれの写真の下には、小さなメモが添えられており、その日の出来事や、語られた物語の一部が記されていた。

「今日は、火曜日か。豆の発注の日だな」

葉山は、カウンターに立ちながら、ふと思い出した。大手カフェチェーンを辞めた後、この店を始めた理由。それは、ただコーヒーを提供するだけでなく、人々の人生の物語に触れたいという思いからだった。一杯のコーヒーを通じて、人々の心に寄り添う。それが葉山の夢だった。

「今日も、誰かの物語に出会えますように」

葉山はそっと呟いた。その言葉には、過去への想いと、新たな出会いへの期待がこめられていた。55年の人生で、様々な出会いと別れを経験してきた葉山。そのどれもが、この「木漏れ日」という空間を形作る糧となっていた。

時計の針が9時を指す頃、最初の客が訪れた。朝の静けさを破るドアベルの音と共に、いつもの常連客たちが次々と店に足を運ぶ。
11時を過ぎる頃には、カフェはほぼ満席となっていた。木漏れ日が差しこむ店内は、人々の話し声と食器の音で賑わっていた。葉山は慌ただしく注文を捌く。

正午を過ぎ、ランチタイムのピークを迎えた。

「いつもの野菜サンドイッチとラテを」

常連客の高橋さんが注文する。彼は50代のIT企業の経営者だ。葉山は軽くうなずき、手際よく注文をこなしていく。しかし、その動作の中にも、一瞬の躊躇いが見えた。以前なら、高橋さんの表情から何か悩みがあることを察し、声をかけていただろう。今は、そんな余裕もない。

「最近、どうですか?」葉山は、サンドイッチを作りながら尋ねた。いつもの質問だが、今日は特別な意味をこめて。

高橋さんは深いため息をついた。「正直、大変です。新しいプロジェクトが上手くいかなくて...」

葉山は静かに頷きながら、高橋さんの話に耳を傾けた。IT業界の急速な変化、若手社員との価値観の違い、そして家族との時間の取り方。高橋さんの言葉の端々に、現代の社会が抱える問題が垣間見えた。

葉山は、高橋さんの話を聞きながら、自分自身の葛藤も感じていた。
人々の物語を聞くこと。それは単に耳を傾けるだけでなく、その人の人生に寄り添うこと。
しかし、カフェの人気が高まるにつれ、一人一人と深く向き合う時間が減ってきている。量と質、どちらを取るべきか。その答えは、まだ見つかっていなかった。

午後2時、ランチタイムの喧騒が落ち着いた頃、高橋が再び来店した。彼の表情には、いつもの疲れに加え、何か新しい光が宿っているように見えた。

「葉山さん、面白いものを見つけたんです」高橋が席に着きながら言った。その声には、久しぶりの興奮が感じられた。

「何でしょうか?」葉山は興味深そうに尋ねた。手を止め、高橋に向き合う。

「『無名人インタビュー』というサイトです。noteってブログサイトはご存じですか? そこのアカウントなんですけど。無名の人たちを、無料でインタビューしてるんですよ。普通の人たちの人生が、こんなにドラマチックだったなんて...」高橋は熱心に語り始めた。

葉山は、高橋のスマートフォンの画面をのぞきこんだ。そこには、有名人でも成功者でもない、ごく普通の人々の物語が綴られていた。その瞬間、葉山の心に何かが響いた。これこそ、自分が長年追い求めてきたものではないか。

「たゆ」という女性のインタビューに引きこまれた。

「私、2回目の結婚なんです。24歳で最初の結婚をして、3年ぐらいで離婚。7年ぐらいシングルマザーをやって...」

葉山は、彼女の強さに感心する。そして、自分自身も様々な人との出会いを通じて、人生が少しずつ変化してきたことを思い出した。人との繋がりは、時に予想外の力を与え、新たな道を切り開くきっかけになる。この「木漏れ日」も、そうした出会いの積み重ねから生まれた場所だった。

次の記事では、「SKYCHOP」という名前の女性が、過去の結婚生活や子育ての苦労を語っていた。

「これからの何年間が本当に自分らしい生き方を探せる時間なのかなって思っています」というSKYCHOPの言葉に、葉山は深く共感した。

「そうだ。私も、まだ遅くない。これからの人生で、本当にやりたいことを見つけられるかもしれない」

葉山は、希望に満ちた気持ちで記事を読み進めた。
「無名人インタビュー」に登場する人々のリアルな言葉は、葉山の心に深く突き刺さり、彼自身の価値観を揺さぶり始めた。

「無名人インタビュー」

この瞬間、葉山の記憶が一つの場面を鮮明に呼び起こした。

昨年の冬、常連客の音羽美月さんが落ちこんだ様子で来店した日のことだ。シングルマザーとして仕事と育児の両立に悩み、自信を失っていた彼女に、葉山は「木漏れ日」での思い出話を聞かせた。IT企業経営者の高橋さんが、新規プロジェクトの失敗を乗り越えた話を。

その日から美月さんは少しずつ元気を取り戻し、先週ついに新しい仕事を始めたという報告に来てくれた。彼女は涙ぐみながら言った。「あの日の話がなければ、きっと前に進めなかったと思います」

葉山は、カフェでの対話とウェブサイトでの物語、話し、聞くことが持つ力を実感した。それは単なる好奇心を満たすためではない。人々の真実の声を聞き、共有すること。互いの経験を通じて、人々はつながり、励まし合い、成長していく。

しかし同時に、葉山の心の中で、新たな葛藤も生まれた。
オンラインでの物語共有と、カフェでの直接的な対話。どちらがより深い理解と共感を生み出すのか。

葉山は深く考えこんだ。
カフェで直接対話することの温かみ、人の表情や声のトーンから読み取れる微妙な感情の機微。一方で、オンラインでの匿名性が生み出す率直さ、時間や場所の制約を超えて物語を共有できる利点。両者にはそれぞれの価値があった。

「高橋さん、このサイトを教えてくれてありがとうございます」葉山は静かに言った。「人々の物語を聞くこと、それが私のカフェの存在意義だと思っていました。でも、もしかしたら、その方法は一つじゃないのかもしれません」

高橋は興味深そうに葉山を見つめた。「葉山さん、そもそもなぜそんなに人の物語に興味を持つようになったんですか?」

葉山は少し遠い目をして答えた。「実は、私の父が戦争体験者だったんです。でも、その話を聞く機会を逃してしまって...」

「そうだったんですか」高橋は静かに促した。

葉山は続けた。「父が亡くなった後、どれだけ多くの物語が失われてしまったのかと気づいたんです。一人一人の人生には、かけがえのない体験が詰まっている。それを聞き、記録することの大切さを痛感したんです」

「なるほど」高橋は深く頷いた。「だから、このカフェを通じて人々の物語を集めているんですね」

「はい」葉山は微笑んだ。「でも、最近は忙しくて、じっくり話を聞く時間が取れなくなってきて...」

高橋は思案顔で言った。「そういう意味では、このサイトのような方法も、葉山さんの思いを実現する新しい手段になるかもしれませんね」

「そうですね」葉山は目を輝かせた。「カフェでの直接的な対話と、オンラインでの物語共有。両方の良さを活かせる方法を見つけられるかもしれない」

「楽しみです」高橋は笑顔で言った。「葉山さんのカフェが、これからどんな風に人々の物語を紡いでいくのか」

その言葉が、葉山の中で何かを動かした。

新たな挑戦

9月の終わり、残暑がまだ厳しい銀座の街。
エアコンの効いた「木漏れ日」の店内に、葉山は新たな変化を感じ始めていた。汗を拭きながら入ってくる常連客たちの間で、何か新しい動きが生まれつつあるのだ。冷たいアイスコーヒーを片手に、「無名人インタビュー」の話題で盛り上がり、客同士で自分の経験を語り合う姿が増えていた。

その夜、閉店後の片付けをしながら、葉山は今日一日のことを振り返っていた。高橋さんが紹介してくれた「無名人インタビュー」のこと、常連客たちとの会話、そして自分自身の人生。それぞれの物語が、カフェの空間に残っているような気がした。

「私も、もっと誰かの話を聞いてみたい」

それは、単なる好奇心ではなかった。もっと深く、誰かの心に触れたい、その人の人生を理解したいという、熱い思いだった。同時に、自分の物語も誰かに聞いてもらいたいという、密かな願いもこめられていた。

葉山は、カウンターに置かれた古びた日記帳を手に取った。ペンを走らせながら、彼は今日出会った人々の物語を丁寧に綴っていく。

『2023年9月30日
今日、新しい扉が開いた気がする。人々の物語を聞くことで、自分自身の物語も少しずつ変わっていく。これからどんな出会いがあるのだろう。そして、私自身はどう変わっていくのだろうか。』

葉山は、ペンを置いた。窓の外では、銀座の夜景が輝いていた。彼の目に映る世界が、少しずつ変わり始めているような気がした。

20年間、このカフェで無数の物語を聞いてきた。それぞれの物語が、このカフェの一部となり、そしてまた新たな物語を生み出していく。その循環の中に、人々の人生の真実があるのではないか。

家に着いた葉山は、静かな部屋に足を踏み入れた。壁に掛けられた古い写真が、彼の目に入る。そこには若かりし頃の自分と、かつての同僚たちの笑顔が収められていた。

葉山は深いため息をつきながら、今日の出来事を頭の中で整理し始めた。カフェでの会話、「無名人インタビュー」との出会い、そして自分の思いの変化。

ふと、昔の上司の言葉を思い出した。「誠、お前の強みは人の話を聞くことだ。それは変わらない。でも、時代と共に変化することも大切だぞ」

葉山は静かに頷いた。そうだ、自分の核心的な価値観は変えずに、新しい方法を模索する。それが、これからの「木漏れ日」のあり方なのかもしれない。

孤独な夜だからこそ、人々の物語に触れることの大切さを、あらためて感じる。葉山は窓の外の銀座の夜景を見つめながら、明日への決意を新たにした。

眠りにつく前、葉山は明日からの行動計画を考えていた。まずは常連客たちと「無名人インタビュー」について話し合ってみよう。そして、カフェでできる新しい形の物語共有の方法を探ってみよう。

10月を迎える「木漏れ日」に、どんな変化が訪れるのか。葉山の心は、新たな挑戦への準備が整いつつあった。窓の外では、夜風に揺れる銀杏の葉が、新しい季節の到来を告げていた。

葉山は目を閉じた。明日は、また新しい物語が始まる。そして、その物語の中心に自分自身もいるのだ。その思いと共に、葉山は静かに眠りについた。

(第一部前編:コーヒーとお酒の香りの中で 終)

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第一部前編:https://note.com/unknowninterview/n/n7948dce6dd6f
第一部後編:https://note.com/unknowninterview/n/nec3e4c4ce1ff
第二部前編:https://note.com/unknowninterview/n/n2848dd7b8de3
第二部後編:https://note.com/unknowninterview/n/nd36a82ec0002
第三部前編:https://note.com/unknowninterview/n/n8be14df5411f
第三部後編:https://note.com/unknowninterview/n/n331ba20fb5dd

この物語は、「無名人インタビュー」をテーマに書かれました。
執筆:Claude 3.5 Sonnet by Anthropic
監修:qbc(無名人インタビュー主催・作家)

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