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小説「無名人インタビュー物語 ――聞き手たちの冒険」第二部前編

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第一部前編:https://note.com/unknowninterview/n/n7948dce6dd6f
第一部後編:https://note.com/unknowninterview/n/nec3e4c4ce1ff
第二部前編:この記事です。
第二部後編:https://note.com/unknowninterview/n/nd36a82ec0002
第三部前編:https://note.com/unknowninterview/n/n8be14df5411f
第三部後編:https://note.com/unknowninterview/n/n331ba20fb5dd


第一部前編:声を聞く

静かな人

渋谷駅から徒歩10分ほど、喧騒から少し離れた住宅街に建つ5階建てのオフィスビル。葵が勤める中堅IT企業「フューチャーテック」は、その3階にあった。

葵は自分のデスクに向かいながら、今朝も静かなため息をついた。オフィスに一歩足を踏み入れた瞬間から、彼女の神経は過敏に反応し始める。蛍光灯のかすかな震え、エアコンの低い唸り、同僚たちのキーボードを打つ音。他の人には何でもないこれらの音が、葵にはときに耐えられないほどの刺激となる。

「萩原さん、おはよう! 昨日の企画書、見させてもらったよ。さすがだね!」

隣の席の田中が、いつもの大声で話しかけてきた。

「あ、ありがとうございます...」

葵は小さな声で返事をする。田中の声の大きさと、突然の褒め言葉に、少し戸惑いを感じながら。

しかし、今日は田中の声に何か違うものを感じた。いつもの元気さの中に、少しの気遣いが混じっているように聞こえる。葵は、田中の性格をより深く理解し始めていた。表面的な明るさの裏に、周囲への繊細な配慮がある。それは、葵のHSPとしての感覚が捉えた新たな発見だった。

田中慎一郎。入社3年目の営業部のエース。常に明るく、社交的で、会議でも堂々と自分の意見を述べる。葵とは正反対の性格だが、不思議と気が合う。最近、葵は田中の行動の裏にある思いやりに気づき始めていた。大きな声で話すのは、実は自分の緊張を紛らわせるためかもしれない。そう考えると、田中の姿が少し違って見えてきた。

葵は小さく微笑んだ。「ありがとう、田中くん。今日もがんばろうね」

その言葉に、田中の顔がパッと明るくなった。

葵は自分のデスクを見回した。画面に映る数字の羅列を睨みつけながら、自問自答を繰り返す。

(なんで私だけこんなに疲れてしまうんだろう。みんな普通に仕事してるのに...)

ふと、葵は自分の働き方を思い返した。確かに、彼女は騒がしい環境が苦手だ。でも、静かに観察し、細部に気づく能力は人一倍ある。
田中のような明るく社交的な性格でなくとも、自分なりの方法で仕事に貢献できるはずだ。葵は深呼吸をして、再び画面の数字に集中した。今度は、その数字の裏に隠れた意味を探ろうと決意して。

昼休憩。葵は会社の近くの小さな公園に逃げこむように向かった。ベンチに座り、弁当を開く。木々の葉が鳴らすざわめきと、小鳥のさえずりが、葵の波長を穏やかに沈めてくれる。葵は両の掌で両の頬を左右から押しつぶした。

(あー顔も緊張してるんだな。頬筋も凝りまくってるー)

葵は目を閉じて、そのまま掌で自分の表情筋をほぐした。オフィスでの緊張を、解いてゆく。

「ああ、萩原か。ここでランチとは珍しいな」

その時、突然に声をかけられた。葵は動揺と困惑に追いたてられながら、顔を上げた。佐々木部長が立っていた。

「部長...はい、ちょっと気分転換」葵はばつが悪そうに答えた。

佐々木部長は、普段のきつい表情とは違う、柔らかな表情を見せた。「たまにはいいものだ。私も若い頃はよくここで考え事をしたよ」

その一言で、葵は佐々木部長の新たな一面を垣間見た気がした。顔面マッサージを見られた恥ずかしさもどこかに消えそうなくらいの新鮮さ。いつも厳しい表情の部長にも、若かりし頃の悩みや迷いがあったのだろう。

「そうだったんですか?」葵は思わず聞いてしまった。

佐々木部長は遠くを見つめながら言った。「ああ。仕事の方向性に悩んでな。でも、ここでじっくり考えることで、自分の道が見えてきたんだ」

葵は佐々木部長の言葉に、自分との共通点を感じた。部長は軽く会釈をして立ち去ったが、その後ろ姿が何か違って見えた。

HSP

ベンチに座り直した葵は、スマートフォンを取り出し、何気なくSNSをチェックする。そこで、一つの投稿が目に留まった。

『HSP(Highly Sensitive Person)って知っていますか? 周囲の刺激に敏感で、時に疲れやすい。でも、それは欠点じゃない。繊細さゆえの気づきや共感力を持っているんです』

葵は息を呑んだ。まるで自分のことを言われているような気がした。リンクをたどると、「無名人インタビュー」というサイトに飛んだ。

『人間関係と周りに人がいるって環境が嫌でフリーランスになった人』

タイトルに引きこまれ、葵は記事を読み進めた。インタビューを受けた小野寺さんの言葉が、葵の心に響く。

HSPだということも分かった時に、会社辞めたいなあって思ったんです。

葵は思わず息を呑んだ。自分も最近、HSPについて調べたばかりだった。周りの音や人の気配に過敏に反応してしまう自分。小野寺さんの言葉に、強い共感を覚える。

記事を読み終えた葵は、深い考えに沈んだ。小野寺さんの言葉が頭の中でぐるぐると回る。

(私の働き方は、この会社に合ってないのかも...)

そう思った瞬間、葵は自分の考えに驚いた。環境を変えるなんて、そんな勇気はない。でも、このモヤモヤとした気持ち、誰かに聞いてほしい。

葵はスマートフォンを握りしめ、トイレに向かった。個室に入り、深呼吸をする。そして再び『無名人インタビュー』のサイトを開いた。

インタビュー参加者応募記事を読み進める。
申し込みボタンがあった。指先で押してみる。

インタビュー応募フォームが目の前にあった。

名前、年齢、職業...簡単な質問が並んでいる。葵は躊躇した。本当に応募して大丈夫だろうか。匿名とはいえ、自分の話を知らない誰かに聞いてもらうなんて。

しかし、先ほどの『人間関係と周りに人がいるって環境が嫌でフリーランスになった人』小野寺さんの言葉が再び頭をよぎる。

人の話を聞くのも、前から好きだったんです。

(私も、人の話を聞くのは好きだった。)

葵は、学生時代に友人の相談相手になることが多かったことを思い出した。その経験が、今の仕事にも活きている。チームの中で、細かい気配りができるのは自分だけかもしれない。

ゆっくりと、葵は無名人インタビューの応募フォームに入力を始めた。

『HSPとして生きることの難しさと可能性について、お話させていただきたいです。自分の経験が、誰かの支えになれば嬉しいです。』

送信ボタンの上で、指が震える。深呼吸をして、葵は目を閉じた。そして、勢いよくボタンをタップした。

葵はベッドに横たわった。明日からは、少し違う自分に会えるかもしれない。そんな期待を胸に、彼女は目を閉じた。

Quiet

ある日の休日、自室にひきこもって葵は再び「無名人インタビュー」のサイトを訪れていた。朝からずっと、夢中で。
小野寺さんの記事を何度も読み返し、自分の中に湧き上がる勇気を感じていた。

サイトをスクロールしていると、別の記事が目に留まった。「つらい経験をすればするほど人に優しくなれると思う人」というタイトルだ。

葵は思わず、その記事をタップした。20代前半の女性、ほの香さんのインタビュー記事だった。ほの香さんの言葉が、葵の心に深く刻まれていく。

大学受験もでも志望校落ちちゃってちょっと失敗してますし、一番大きい転落が今回のうつ病になって休職しちゃってっていうことだったんですけど、なんかレールを踏み外すたびに、少しずつ、本当に少しずつなんですけど自分に対しての自信というか、自分ちょっと面白くなってきたかなみたいな思いは持てるようになってきてる気がします。

葵は思わず、深いため息をついた。自分の経験と重なる部分が多すぎて、胸が締め付けられる思いだった。しかし同時に、不思議な安堵感も感じていた。自分だけじゃない。同じような経験をしている人がいる。そう思えただけで、少し心が軽くなった気がした。

立ち上がって伸びをした葵の目に、本棚の一角が入った。そこには以前、会社の先輩からおすすめされて買ったものの、忙しさにかまけて読めずにいた本が置いてあった。表紙には "Quiet" の文字があった。

「クワイエット。おとなしい」 思わず葵は口走っていた。「そういえば...」

葵はその本を手に取った。「内向型人間の時代 社会を変える静かな人の力」という副題が目に入る。

「HSPって、これに近いのかな...」

パラパラとページをめくりながら、葵は思わず微笑んだ。内向的な性格が、実は社会に大きな影響を与える可能性を秘めているという内容に、葵は次第に引きこまれていった。まわりに迷惑をかけまいとして会議資料を徹夜で作ってしまうような性格。入念に準備しないと不安でしかたがない性分。疲れてしまうこともあるが、品質の高い成果を達成するのもこの種の内向型人間の力だ。ーーといったことが書かれていた。

「もしかしたら、この本に答えがあるのかもしれない」

そう呟きながら、葵は読み始めた。HSPについて調べ始めたことと、この本との偶然の出会い。葵は、何か大きな変化の予感を感じていた。

その夜、葵はnoteに自分の記事を投稿した。内向的な性格についての新しい気づき、「無名人インタビュー」で出会った言葉の影響、そして今の自分の心境について綴った。

投稿を終えると、葵は深呼吸をした。自分の思いを言葉にすることで、少し整理がついた気がした。そして、「無名人インタビュー」のサイトに戻り、また自分に近いインタビュー記事がないかと探しはじめた。

(記事の内容ははいいんだけど、なんでこんなに自分向きの記事を探しにくいんだろう…惜しい)

突然メールの着信音が鳴った。差出人を確認すると、「無名人インタビュー」からだった。葵の心臓が早鐘を打ち始める。

震える指でメールを開く。

『萩原葵様

インタビューへのご応募ありがとうございます。
担当インタビュアーの鷹匠麗子と申します。

あなたのストーリーに深く興味を持ちました。HSPとして生きることの難しさと可能性について、ぜひお話を伺いたいと思います。

ご都合の良い日時をお知らせください。オンラインでのインタビューを予定しています。

よろしくお願いいたします。

鷹匠麗子』

葵は思わず小さな声を上げた。喜びと不安が入り混じる。

その夜、葵は返信メールを何度も書き直した。自己紹介や、インタビューへの意気こみをどう表現すればいいのか迷う。結局、シンプルな返事に落ち着いた。

『鷹匠様

ご連絡ありがとうございます。
インタビューのお話、とても光栄です。

来週の木曜日、19時以降でしたら都合がつきます。
よろしくお願いいたします。

萩原葵』

送信ボタンを押した後、葵は深いため息をついた。これで後には引けない。

翌日のオフィス。葵は何となく周りの様子が違って見えた。田中の大きな声も、チームミーティングの喧騒も、以前ほど気にならない。代わりに、同僚たちの些細な表情の変化や、声のトーンの揺れに敏感に反応する自分に気づいた。

(これも、HSPの特徴なのかな...)

その日の午後、プロジェクトの中間報告会議があった。いつもなら緊張で胃が痛くなるところだが、今日の葵は少し違った。

「では、新規サービスのUIデザインについて、萩原さんから報告をお願いします」

佐々木部長に指名され、葵はゆっくりと立ち上がった。深呼吸をして、言葉を選びながら話し始める。

「はい。私たちのチームでは、ユーザーの使いやすさを第一に考え、シンプルでありながら直感的に操作できるUIを目指しました」

葵の声は小さいが、はっきりとしていた。会議室の全員が彼女の言葉に耳を傾けている。

「特に注目したのは、色彩の使い方です。HSPの方々も含め、様々な感覚特性を持つユーザーにも優しいデザインを...」

話し終えると、意外にも拍手が起こった。

「素晴らしい視点だね、萩原さん」佐々木部長が満面の笑みで言った。「ユーザーの多様性に着目するのは非常に重要だ。この方向性で進めていこう」

会議室を出る時、田中が葵に近づいてきた。

「すごかったよ、萩原。僕には思いつかない視点だった」

葵は小さく微笑んだ。初めて、自分のHSPとしての特性が、仕事で活きた瞬間だった。

その夜、葵は再びnoteに投稿した。仕事での小さな成功体験と、自分の特性を活かすことの可能性について綴った。

(note投稿URL)

I am who I am.

インタビュー当日。葵は早めに帰宅し、自宅のデスクに向かった。モニターに向かいながら、深呼吸を繰り返す。

時計が19時を指す。まさにその瞬間、鷹匠麗子の声がイヤフォンから届いた。

「萩原さん、こんばんは。お待たせしました」

鷹匠の声は、優しくも芯のある響きだった。葵は思わず背筋を伸ばす。無名人インタビューはカメラオフで行う。導いてくれるのは、鷹匠の声だけだった。

「は、はい。よろしくお願いします」

葵の声は少し震えていた。

「リラックスしてくださいね」鷹匠が微笑む。「今日は萩原さんのストーリーを聞かせていただきたいと思います。HSPとしての日常や、お仕事での経験など、ありのままをお話しください」

葵はゆっくりと話し始めた。幼い頃から感じていた「周りとの違和感」、学生時代の生きづらさ、そして現在の職場での葛藤。言葉を選びながら、少しずつ自分の内面を開いていく。

「先日、会議で自分の意見を初めて自分の満足いくように、言えたんです。でも、その後すぐに疲れてしまって...」

鷹匠は熱心に耳を傾けながら、時折質問を投げかける。

「その時、どんな気持ちでしたか?」

「HSPの特性が、仕事にプラスに働いたと感じる瞬間はありますか?」

質問に答えるうちに、葵は自分の言葉に驚いた。今まで誰にも話せなかったこと、自分でも気づかなかった思いが、次々と溢れ出てくる。

「実は、周りの空気を読むのが得意なんです」

「細かい変化に気づけるのは、きっとHSPだからだと思うんです」

「すぐに疲れるんですけど、好奇心だけは人一番あるんです」

話しているうちに、葵の緊張は徐々に解けていった。鷹匠の、寄り添い共感しすぎない一定の心理的距離と、適切な質問が葵の内面をさらに引きだしていく。

「萩原さんのその繊細さ、素晴らしい才能だと思います」鷹匠の言葉に、葵は思わず目を見開いた。「もしもの未来の質問です。もしも萩原さんが繊細な感受性を持ったまま、鋼のメンタルを手に入れたら、一体、あなたは何をしますか?」

「え?」驚きのあまり葵は大きな声をだしてしまった「あ、ごめんなさい」

「大丈夫ですよ」鷹匠の声は変わらない。インタビューの最初から、ずっと、温かい。

もしも疲れなかったら? 葵には考えてもみなかったことだった。子供のころから自分は傷つきやすかったから。
それが、もしも、疲れることがなかったら?
想像もつかなかった。

鷹匠が、言った。
「自分が、ずっと疲れない、永遠にあふれでる心の力の泉を持った人間だったとしたら?」

「私...私は..私、そうしたら、何をしたいんだろう?」葵は呆然となった。自分は、何か、したいことがあるんだろうか。「た、鷹匠さんごめんなさい、この質問、答えられないです...質問に、答えなくてもいいですか?」

「はい。大丈夫ですよ。」鷹匠は言った。「答えないという答えを萩原さんからはいただきました。それでは、最後の質問をしますね。
最後の質問は、遺言になっても、インタビュー後の感想でもいいんですが、『最後に言い残したことは?』というもので…」

インタビューが終わったとき、葵は不思議な解放感を味わっていた。画面の向こうの鷹匠の声が、優しく微笑んでいるように聞こえた。

「ありがとうございました、萩原さん。とても素晴らしいお話でした。きっと、今日のnoteはとっても長くなりますよ」

パソコンを閉じた後も、葵の頭の中は鷹匠との会話で満ちていた。自分の言葉、鷹匠の反応、そこから生まれた新しい気づき。そして「もしも自分が疲れなかったら何がしたいのか」という質問。あんなこと、自分ではまったく考えたことがなかった。

(そっか、自分は、疲れているっていう、今現在にとらわれすぎていたんだな)

その夜、葵は鷹匠が予言したように長い記事をnoteに書いた。インタビューの経験と、そこから得た新たな自己理解について綴った。

投稿を終えると、スマートフォンに鷹匠からのメールが届いていた。


『萩原さん

今日は貴重なお話をありがとうございました。
noteの記事もお読みさせていただきました。
あなたの言葉が、きっと多くの人の心に届くと信じています。

これからも、萩原さんらしい輝きを大切にしてください。
何かあればいつでも相談してくださいね。

鷹匠麗子』

メールを読み終えた葵の目に、小さな涙が光った。
と思うと、ぼろぼろ大粒の涙がこぼれた。ほほをつたって床のカーペットに落ちる。涙が止まらなくなった。手はわなわな震える。胸はかき抱かれる。膝をつく。
自分が、こんな映画のワンシーンみたいな感動を覚える経験をするなんて、思ってもみなかった。
嗚咽がもれた。それを自分の耳で聞いてしまうと、もうそれがきっかけになってわんわん泣きだした。生まれたばかりの赤ん坊みたいになった。

(どうしてだろう、なんで私、こんなに?)

突然襲われた子供じみた慟哭に、葵は自分でも驚いていた。
顔を掌で覆う。まだ、どこかで冷静な自分がいて、自分を見つめていた。
いつも、自分を監視している自分。常に "Quiet"でいる自分。ハアハアハアハアハアハア、自分の喉から音が漏れだした。今まで抑えていたものが、ついに抑えきれなくなって、犬みたい。
胸のどこかの筋肉がひきつけを起こしたみたいで、自分の意志ではもう、肩が上下して、腹筋が小刻みに収縮するのを止められない。流れる涙だってさっきから一体全体止められない。心も、体も、自由になんか今はならなかった。

でもその時に葵は思った。
(私は、私だ)
これが、私だ。人に気を遣ったり、みんなの幸せを考えたりしてるけど、こんな、感情で、なんにも自分の思い通りにできないくらい感情にもがけるのも、私なんだ。
私にだって…私にだってやりたいことは、あるんだ。
(私は、私だ)

私は私だ

インタビューから数日後、葵のnote投稿に少しずつコメントがつき始めた。

『私も同じ悩みを抱えています。葵さんの言葉に勇気をもらいました』
『HSPって、こんな風に活かせるんですね。希望が持てました』

反応を目にするたびに、葵の心は温かくなった。自分の経験が誰かの支えになる。そんな可能性を、初めて実感した瞬間だった。

そんなある日、鷹匠から再びメールが届いた。

『萩原さん

お元気ですか?
実は、「無名人インタビュー」では新しい企画を始めようと思っています。
「インタビューモニター」という、"インタビューをとにかくたくさん受ける側"を体験するプログラムです。

萩原さんにも、ぜひ参加していただきたいのですが、いかがでしょうか?』

葵は思わず息を呑んだ。"インタビューをとにかくたくさん受ける側"? 不安と期待が入り混じる。しかし、これまでの経験が、少しずつ葵に勇気を与えていた。

返信メールを送る。

『鷹匠様

お誘いありがとうございます。
不安もありますが、挑戦してみたいと思います。
よろしくお願いいたします。』

送信ボタンをタップした瞬間、葵の心臓が高鳴った。

インタビューモニターの機会はすぐにやってきた。ある日の仕事終わりの夜。通常の無名人インタビューと同様に、オンラインミーティングをカメラオフで行った。

ひたすらに、インタビュアーから投げられる質問に答えていく。

「はい。私は IT 企業で働いています。最近、HSP、つまり Highly Sensitive Person という特性に気づいて...」

葵は自分の言葉が止まらないことに驚いた。普段は人前で話すのが苦手なはずなのに、今は言いたいことがどんどん湧いてくる。HSP としての日常、仕事での葛藤、そして最近の気づきについて、まるで長年の友人に話すかのように言葉を紡いでいった。

「HSPと気づいてから、自分の感じ方や反応の仕方が少し理解できるようになりました。例えば、オフィスの音や光に敏感なのも、HSPの特徴なんです。でも同時に、細かな変化に気づきやすいという利点もあって...」

話しているうちに、葵は自分の経験を客観的に見つめ直していることに気がついた。今まで「欠点」だと思っていたことが、実は「特徴」なのかもしれない。そう考えると、少し肩の力が抜けた気がした。

「次は、ご家族のことについて、お聞かせください」

「家族のことですか?」葵は少し言葉を詰まらせた。「実は...私の家族関係は少し複雑なんです」葵は幼少期の記憶を辿りながら、ゆっくりと話し始めた。「父は大手企業の営業職で、いつも忙しくしていました。家にいる時間が短く、家族との時間をあまり持てませんでした。母は専業主婦で、私と弟の面倒を見てくれていましたが...」

葵は一瞬言葉を切った。

「母は完璧主義者で、私たち子供に対する期待がとても高かったんです。『もっとしっかりしなさい』『もっと頑張りなさい』という言葉をよく聞きました」

インタビュアーは静かに聞いていた。葵は続けた。

「小学生の頃、私はピアノを習っていました。発表会の前日、緊張のあまり体調を崩してしまって...でも母は『甘えているだけ』と言って、無理やり練習させたんです」葵の声が少し震える。「結局、本番では失敗してしまって...その後、ピアノを辞めました。今思えば、あの時の経験が、私のHSPの特性と関係していたのかもしれません」

インタビュアーがフラットに尋ねた。「その経験は、今の葵さんにどのような影響を与えていると思いますか?」

葵は少し考えてから答える。「完璧を求めすぎてしまうところがあります。それと...人の期待に応えようとしすぎて、自分の気持ちを押し殺してしまうことがあります」そして、明るい声で付け加えた。「でも最近、HSPについて知ってから、少しずつですが自分の感覚を大切にできるようになってきました」

インタビュアーは次の質問を投げかけた。「HSPとしての特性が、仕事や人間関係にどのような影響を与えていますか? 具体的なエピソードがあれば教えてください」

葵は少し笑みを浮かべた。「最近あった出来事を思い出しました」

葵は先日の企画会議の様子を詳しく語り始めた。チームで新しい商品のデザインを考えていたときのことだ。

「みんなが派手なデザインを提案する中で、私は『もっとシンプルで落ち着いたデザインの方が使いやすいのでは』と意見を出したんです。最初は受け入れられませんでしたが...」

葵は自信を持って続けた。「私はHSPとしての感覚を活かして、ユーザーの立場に立って考えました。色の組み合わせや配置を細かく検討して、使う人の気持ちを想像しながら提案したんです」

「結果はどうでしたか?」インタビュアーが興味深そうに尋ねた。

「驚いたことに、最終的に私のアイデアが採用されたんです!」葵の声は弾んでいた。「上司からは『ユーザー目線の細やかな配慮が素晴らしい』と褒められました。HSPの特性が、こんな形で仕事に活かせるんだと実感できた瞬間でした」

インタビュアーは温かい声で言った。「素晴らしいですね。葵さんのHSPとしての感受性が、仕事で大きな強みになっているんですね」

葵は少し照れくさそうに微笑んだ。「はい...まだまだ自信がない部分もありますが、少しずつ自分の特性を受け入れられるようになってきました」

インタビューが終わった後、葵はパソコンの前でしばらく黙って座っていた。そして鷹匠のメールを見て、直後に大泣きした時のことを思いだす。
あれから、自分は、何か、明確に変わった気がする。

そして今日の対話を通じて、自分の過去、現在、そして可能性のある未来が、一直線に結ばれた気がする。ぎゅん、と一気に生命力みたいなエネルギーが収束して、一直線に未来へ突き刺さってしまっているような、強くて否定しようがないような、イメージ。
一回のインタビューだけじゃ足りなかったんだな。鷹匠さんと同じ質問も受けたけど、回答が違うのも同じのもあったけど、でも回答が同じでも、答えている時の自分の気分が、もう、違った。

(私、変わったんだな)葵は思った。(いや違う。私は私のままだったんだ。だって私は、ずっと最初から、私だったんだから)

家族との複雑な関係、仕事での小さな成功、そしてHSPとしての自己理解。これらの出来事は確かにあった。実際に起きたことだし、繊細だというのも事実だと思う。でも、そういうことの以前に、私は私だった。家族からどう思われようが、職場でどう思われようが、HSPと名付けられようが、私は、それ以前に私なんだ。

葵はデスクの引き出しから、幼い頃の写真を取りだした。ピアノの前で緊張した表情を浮かべる小さな自分。その横で厳しい顔をしている母。

(あの時の私に言ってあげたい。あなたはずっとあなただったんだよ、って。でも、環境にもまれてるうちに、周りの人からいろんなことを言われているうちに、自分が何者なのかわからなくなっちゃったんだ、って。私は、最初からずっと私なだけだったんだ)

葵は静かに写真を元の場所に戻した。そして、noteを開き、今日の体験を言葉にし始めた。

「HSPとして生きるということ。それは、時に困難を伴いますが、同時に素晴らしい可能性も秘めています...」

キーボードを打つ音だけが、静かな部屋に響いていた。

(第二部前編:声を聞く 終)

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第一部前編:https://note.com/unknowninterview/n/n7948dce6dd6f
第一部後編:https://note.com/unknowninterview/n/nec3e4c4ce1ff
第二部前編:この記事です。
第二部後編:https://note.com/unknowninterview/n/nd36a82ec0002
第三部前編:https://note.com/unknowninterview/n/n8be14df5411f
第三部後編:https://note.com/unknowninterview/n/n331ba20fb5dd

この物語は、「無名人インタビュー」をテーマに書かれました。
執筆:Claude 3.5 Sonnet by Anthropic
監修:qbc(無名人インタビュー主催・作家)

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