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【カナダ】なんか楽しいか楽しくないか、やりたいかやりたくないか。人

実はカナダ特集のインタビューシリーズをやっていて。
このマガジンでございます。

そうなんですよ、いろいろとありますね。何が? インタビューの種類が。
そうですね、なんというか、その人のインタビューから見る世界って面白いなって思ってるんですよね。面白いですよね? 面白いですよね。
そうなんですよね。今までは、インタビューを通してその人自身をメインに据えているんですが、でもね、今回のテーマは、カナダ(カナダ)×人生×その土地って感じにしていてい、結局移住、留学、みたいなライフイベントって、人生を変えたりするじゃないですか。
なんで、いったんそれを中心に置いた感じでインタビューしてみたらどうなるのかな実験です、まあね、実験ばかりの無名人インタビューですから。そもそもこのプロジェクト自体が実験ですよね。あはは。
というわけで、固定質問として、「カナダで一番好きな風景」を聞かせていただいています。その人の人生の中で、そして選んだその国で一番好きな風景、って興味ありません? 興味ありますよね。面白そうですよね? 面白うそうですよね。
キャッチフレーズは、その人の目線で作るガイドマップ。
カナダ、行きたくなったのであればこれ幸い。ある意味、カナダで生活する日本人の生活誌、みたいな。
と思う2024年4月21日13時4分に書く無名人インタビュー742回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】

今回ご参加いただいたのは 直子 さんです!

年齢:30代後半
性別:女性
職業:主婦
X:https://x.com/naokomasaki
instagram:https://www.instagram.com/masaki_naoko


現在:私は「そうかカナダが好きなんじゃなくてケベックが好きなんだ」っていうことに今すごい気づいてます。

さあや:今何をしてる人ですか?

直子:今ですね、特に何もしてないんですけど、2ヶ月半前に日本からカナダのトロントに引っ越しまして、今は観光ビザで入ってる状態なんですね。
なので仕事もできないし、毎日トロント散策したり、英語の勉強をしたり、自由に昼まで寝てます、大体。

さあや:そうなんですね。今ちなみにトロントは何時ですか。

直子:今はね、朝の11時です。

さあや:そうなんですね。もしかしていつもより早く起きていただいたのかなと。

直子:はい、ちょっと今日はちゃんと起きなきゃと思って。良かったです。本当は起きたいんですけど、なかなかやっぱり時間があると寝ちゃうんで、良かったです今日は。

さあや:早く起きる方がお好きなんですか?

直子:そうですね。昼まで寝てるとあっという間に夜になって、夜もまぁ12時1時2時ぐらいには床に着くんですけど、なかなか寝れなかったりするじゃないですか。あんまり日中活動してないので。その循環が繰り返されると個人的には朝の光浴びたいなとは思うんですけどね。

さあや:日本にいたときはどういう生活だったんですか?

直子:日本にいたときはもうめちゃくちゃ忙しくて。でも仕事は結構自由に…というか昼からとかだったんで仕事の日はゆっくりしてたりしましたけど、基本的にもう朝から活動して、特にカナダに来る前なんかは人と会う約束もすごい多かったんで、もう毎日朝から晩まで外に出てるって感じでした。

さあや:そうなんですね。カナダはどうですか、来てみて?

直子:カナダね、めちゃくちゃ来たくて来たんですけど、正直気づいたことがありまして。私15年前にワーキングホリデーでカナダに来てるんですね。
そのときはケベックシティっていう姉が住んでる場所と、あとバンクーバーにいまして、今トロントで。そこから私はもう絶対カナダに移住するんだと思い続け日本で生活してたんですけど、それでやっと来て、でもトロントじゃないですか今いるのが。
私は「そうかカナダが好きなんじゃなくてケベックが好きなんだ」っていうことに今すごい気づいてます。なんか違ったなみたいな、カナダも広いので。
トロントも全然悪くないんですけど、まだ2ヶ月半でそこまで好きになれてない感じですかね。

さあや:そうなんですね。はい。ケベックとトロントはどう違いますか。直子さんにとって。

直子:トロントってやっぱりカナダの一番大きい町なんで、正直日本とあまり変わらないというか。私大阪からこっちに来たんですけど、なんかね、15年前にトロントに1回観光で立ち寄ったときも感じたことなんですけど、やっぱ人が多い。
町は発展してるんですけど、その分なんだろうな、人が忙しく行き交ってる感じとか、地下鉄でみんな寝てるとか…日本ほどじゃないんですけど。何か大きな街ってそんな世界中見ても変わらないのかなっていう感じがしてて。ちょっとだから忙しいですね。
ケベックはもっとゆったりしてる感じがありますね。

さあや:そうなんですね。ケベックのこういうところが好きっていうのはありますか。

直子:ケベックは、もう本当に街がおしゃれで、どこを切り取っても絵はがきになりそうな、世界遺産の街なんで本当に綺麗なんですよね、まずその景色が。
でも一番やっぱり好きなのは、人が何か楽しそうに歩いてるのが好きで。もう本当、毎日お休みなのかなこの人たち、みたいなハッピーな感じで歩いてて、すごいゆったりしてるなっていうイメージはありますね。
あとはでもやっぱり姉が住んでるので。向こうに姉とカナダ人の夫とあと子供が今3人いて、その家族がいるからっていうのはもちろんめちゃくちゃ大きいですけどね。

さあや:そうなんですね。最近、楽しかったことは何ですか。

直子:楽しかったことは、それこそ1ヶ月前にケベックに遊びに行きまして。そこで2週間ぐらいかな、姉の家に夫と2人で泊まらせてもらって。それでもう毎日パーティーしたことですね。
本当にずっと食べてました。ずっと食べて飲んで。久しぶりに姉家族とも再会できたんですよ。コロナ禍以来だから、何年ぶりだったかな。姉とは去年日本で会ったんですけど、姉の夫なんかはもう6年ぐらい会ってなかったのかな。
私の夫のことも初めて直接紹介ができて。だからもうそういう再会の喜びで、ケベックに友達もたくさんいるので。みんなともう毎日約束して会ってって感じで、もうやっぱりケベックは最高でしたね。

さあや:トロントに多分帰ってこられたと思うんですけど、そのときはどういう気持ちになりますか?

直子:なんか普通ですよね。もう既にトロントが生活の基盤じゃないけど、生活する場所みたいになってるので。そこまでがっくりも来ない、まぁちょっとやっぱり毎日パーティーだったんで反面若干疲れた部分もあったんで、ゆっくりしようかなって感じで。やっぱケベック楽しかったなっていうのを噛みしめながらトロントで普通に過ごしてる感じですかね。

さあや:そうなんですね。今、ご夫婦でトロントに住んでらっしゃるんですか?

直子:そうです。夫婦でトロントの一軒家のひと部屋を借りてます。

さあや:お仕事的にはどういうものがありますか?さっきトロントではお仕事されてないってことだったんですけど。収入とかその辺りはどういう事情になってるんですかね?もし差し支えなければ。

直子:もう本当、正直今垂れ流し状態で、日本で蓄えたものをひたすら使ってる感じで。来月夫の学校が始まるんですね。そうなったら夫もパートタイムジョブができるし、あと私も配偶者ワークビザが無事おりれば、こっちで仕事ができるんですけど。
ちょっとそれも、カナダに渡航する1週間前に急遽カナダ政府移民局から発表があって、何かね、ちょっと配偶者ワークビザっていうのが、おりないかもしれないみたいな状況に今なってるんですよね。
で、おりなかったらこっちで私働けないんで、収入ないじゃないですか。だからもう、2人で帰るかみたいな。今ちょっとそういう、もうただ待ちの状態でわかんないんですよね。もうあと一、二週間で多分結果おりると思うんですけど。
そんな感じで無事ワークビザが下りればこっちで何なりと、レストランでも観光ガイドでも、ホテルのハウスキーピングでも何でもいいんですけど、仕事できたらなとは思ってます。

さあや:そうなんですね。ご主人が学生ビザで、その学生ビザの配偶者ビザ?

直子:そうです。それで、えーとね、学校に行く2年間と卒業したら3年間のビザが下りるっていうやつなんで、5年ほど2人で滞在して、どっちかが永住権取れたら夫婦だから付随してくるので、それで移民しようかっていう道を選んできましたね。
なんかね、エージェントの方が、それが一番遠回りのようで近道だ、みたいなね。30代以降で、移民したいっていう人がいたら確実にできる方法。確実とは言わないですけど一番堅実な方法っていうことで、相談に乗ってくれてそれで進めてますね。

さあや:そうなんですね。じゃあこの目的としてはその学ぶというよりも、移民するというところが強いですか?

直子:そうなんですよ。別に夫がカナダで学びたいことがあったわけでもなく。一応カレッジのベーカリーって言って、パン職人になるための勉強をするんですけど、それは別に、パン作りに興味があったわけでもなく、ただエージェントさんのおすすめ。
パン職人だったら仕事がいっぱいあるし、比較的その英語力も、学校に入るための英語力もそこまで必要じゃないみたいなところで、それだったら楽しそうだし、やってみようかぐらいの感じで来ました。

さあや:そうなんですね。直子さんは人からは性格についてなんて言われることが多いですか?

直子:性格はとにかく明るいですかね。明るいと優しいはよく言ってもらえますかね。

さあや:そうなんですね。ご自身ではそれを聞いてどう思われますか。

直子:そうだなと思います。笑 前向きやねって言われて、うんそうやなって思います。

さあや:優しいのほうはどういう感じですか?

直子:そうですね、優しいも、最近になって優しいのかもなと思えてきましたかね。なんかもうちょっと人からきつい感じで見られてるんかなって昔は思ってたんですけど、どうやら、私が思ってるより人は私のことソフトだと思ってるんだなっていうのが年々わかってきて、それと同時に、そうか私はそうかもしれないなと思ってますね。

さあや:前はちなみにどうしてきつく見られてるのかなと思われてたんですか?

直子:何でだろうな。何でだろう…話し方かな。なんかその優しいっていうイメージがふわ~んとした、なんか穏やかな感じが私の中であるんですよねきっと。
でも私はそうじゃないだろうな、もっとパンッと元気な感じなんだろうな、みたいに思ってたんです。優しいよりは、元気、パワフル、みたいな方かなと思ってたんでしょうね。

さあや:今も優しいと言われるときは、穏やかなイメージと少し違うんですか。

直子:いやでもそうなのかな、どうなんだろう。穏やかなイメージもありますよね、もちろん優しいの中に。だから、意外と私は多分自分が思ってるより、自己主張をしてないのかなと。そうですね。それに気づいたって感じじゃないですかね。
周りはどう思ってるかわかんないけど自分が思ってたより、そんなに自分を出せてなかったんだろうなって。自分出してなかった、なんだろう、なんて言うのかな。
そうですね、自己主張するってよりかは相手の言ってることを聞き入れるというか、「そうなんや~」みたいな、受け入れるというか。

さあや:気づいたときはご自身の中に何か変化があったりしたんですか?もしかして私優しいかもっていう気づきがあったってことかなと聞きながら思ったんですけど。

直子:徐々にっていう感じですけど、でもやっぱりなんだろう、仕事的に日本にいたときに結構自分を客観的に見る機会が多かったんですよね。ラジオの仕事をしてたんですけど。自分が喋って番組をするっていう出る方の、出る立場の仕事だったんで、放送を後で聞けるじゃないですか。
そういうのを聞きつつ私は思ってたより、優しいとはまたちょっと違うんですけど、そうですね…思ってたより何て言ったらいいんだろう…自己主張してないってことなのかな。徐々にそれをきっと客観視していく中で気づいていった感じですかね。

さあや:今カナダに来て、結構いろんな場所の話をお伺いしたんですけど、カナダで一番好きな場所。ここが好きだっていうところありますか?

直子:場所ですか。またケベックの話になるんですけど、ケベックのセンジャン通りですね。

さあや:センジャン通りですか。

直子:はい。ケベックの世界遺産に指定されている旧市街っていう昔からある城塞都市っていうのかな、本当にお城の門みたいなのがあって、そこから入ってく街があるんですよ。
で、そこに繋がるセンジャン通りっていう、大通りでもないんですけどメインな道があって、そこのセンジャン通りにあるアパートに15年前姉夫婦と住んでたんで、もうやっぱり一番思い出深い。そこ歩いたら、当時のことがよみがえってうわーって思う場所ですね。

【カナダの風景】センジャン通りにあるアパート!!!!!

さあや:そうなんですね。

直子:はい。

さあや:思い出があるから好きっていう感じで。

直子:まさにそうですね。思い出があるから好きですね。でも本当、そこを歩くだけでめっちゃ楽しいですよ。おしゃれなお店もいっぱいあるし、普通にそういうアパートとかもあるような生活する場所から、だんだんそういう観光地の旧市街に入っていく道なんで、すごい楽しいですよ。

さあや:そうなんですね。

直子:でも私は個人的に一番好きっていうのはもう完全にその思い出ですね。めちゃくちゃそこ歩いたんで。

さあや:逆に日本で好きな場所、ありますか?

直子:うわー日本で好きな場所かあ。今ぱっと出てきたのは、めっちゃ自宅のマンションが出てきた。意外ですね。別になんてことない毎日通ったマンションの敷地内の道。
自転車とか停めてあるような…グリーンロードって言うんですけど、グリーンロードが出てきたな。でも、言っても、私が育ったマンションなんですよ。

さあや:そうなんですね。

直子:そうなんですよ。家族で私が1歳ぐらいのときに引っ越した場所で、そこに私は夫とカナダに来るまで住んでたんですよ。だから、もう両親はもちろん出て…母は他界してますし、父はもう私が4歳のときに離婚して出ていってるんで。
誰ももう住む人がいないし、私がずっと母と住んでたのでそのままもらったという感じですね、家を。だから本当に40年近くそこをウロウロしてたんでグリーンロードが出てきました。

さあや:そうなんですね。

直子:意外ですけど、パッと出てきたのはそれでした。

さあや:そのグリーンロードとセンジャン通り、共通点を挙げるとしたらどういうところですか?

直子:共通点があるとすれば緑が多い、人と会う。そうですね、知り合いと会うって感じですかね。そうですね。めっちゃいい質問されますね。

さあや:ありがとうございます。

直子:すごい。そんな感じですかね共通点は。

過去:やっぱり15年前に感じたカナダの楽しさ。あのときの。めちゃくちゃ楽しかったんですよ本当に。大変なこともありましたけど、とにかく伸び伸びしてて。あー私はここで生きるんだと。

さあや:少し過去の話をさせていただきたいなと思うんですけど。直子さんは小学校とか中学校とか振り返っていただいて、子どものときどんな子どもでした?

直子:大人びたというか、なんでしょう。あんまり子どもらしい子どもではなかった気はしますね。ちっちゃいときは本当に楽しかったんですけど小学校が本当楽しくなくて

さあや:楽しくない。

直子:もう小学校が一番嫌だったんですよ。あの、今までの人生振り返って、どの学校が嫌だったかって言ったら。学校好きで毎日行ってます!みたいな感じは全くなく、もうできたら休みたいし。なんかね、なんて言ったらいいんだろうな。
ちょっと難しい子だったでしょうね。表面上はそうでもなかったかもしれないですけど、心の中はもうすごいしんどかったし。
でも、片や何か目立つことも好きだったり、自分で野球チーム作ったりとか、放課後みんなでちょっとこんなことやってみようよみたいな、仕切ってやったりするのは好きだったんですけど。でも、そうですね。小学校って言っても6年あるんでね、結構変わってはいったと思うんですけどね。

さあや:何が楽しくないと思う要因でした?

直子:何だろうな。基本的に保育園のときから家が好きだったんで、学校に毎日行くのが嫌だったっていうのもあると思うんですけど。でもやっぱり、何だろうな。
中学年のときっていうんですか、3年生4年生ぐらいのときにちょっとちっちゃいいじめみたいなのがあって。それもさらに、行きたくない気持ちを加速はさせましたかね。元々1年生のときもそんな、わーい学校だ~!みたいな感じじゃなかったんですけどね。

さあや:小学校中学校で力を入れてたことってどんなことですか?

直子:力を入れてたことは何だろうな。小学校中学校なんだろう…ずっと音楽はやってたんですけどね。

さあや:音楽と言うと?

直子:小学校の時からバイオリンを習っていて。中学も吹奏楽部で、それから高校軽音楽部とかっていうふうになっていくんですけど。音楽はずっとやってましたかね。
でも力入れてたかって言ったら、別にバイオリンも好きでやってたわけでなく、母の知り合いがバイオリンの先生だったんで行ってたっていう話で。その先生が好きだったから通えたぐらいの感じなんですけど。
でも強いて言うなら、何か恥ずかしいですけど自分を認めることに力を入れてたかもしれません。それは小学校高学年から中学校ぐらいの話ですけどね。とにかくなんかもう自分をすごい嫌いになった時期があって、何かそこからどうやったら好きになれるんだろうみたいなのをずっと考えてたのが、小学校高学年から中学生のときとかですかね。

さあや:認められなかったのはどうしてですか。

直子:多分ね完璧主義なんですよね。何かちょっとでも嫌だなと思ったら嫌だみたいな。駄目な自分が嫌だったんでしょうね。
思春期のややこしい時期って多分みんな何かしらあると思うんですけど、すごく私は自意識が過剰な子どもだったんで。

さあや:自意識が過剰。

直子:そうなんですよ。もう誰もそんな気にしないよみたいなことを、いや、みんなが変だと思うんじゃないか、みたいなところを気にする子どもだったんすよ。人の目を。で、それもすごい嫌だったんですよね。

さあや:それって、元々ですかそれとも何かきっかけがあってそうなったんですか?

直子:いやあ、わかんないですね、なんなんだろう。元々持ってたとは思うんですけど、何かきっかけがあったのかな。
はっきりとはこれがきっかけっていうのは出てこないですけどね。まぁでももしかしたらちょっと、いじめられたみたいなのがあるのかもしれないですね。そこから余計気になりだしたのかもしれないですね。

さあや:高校生のときはどういう思い出がありますか?

直子:高校生は軽音楽部に入って、音楽をすごい楽しんでましたね。自分がやるのもそうだしライブに行ったし。学校はもうめちゃくちゃ入りたくて入った学校だったんですけど、なんか入ったら燃え尽き症候群だったのか、全然学校が楽しくなくて、学校めちゃくちゃさぼってましたけど、でも軽音楽部は行って。文化祭で披露したりとかやってましたかね。あとアルバイトもめっちゃしてましたね。高校生のときは。

さあや:そうなんですね。

直子:はい。

さあや:入った後にどういう高校生活を描いてたんですか?入りたかったっておっしゃってた、その理想の高校生活のモチベーション。

直子:学校が全然楽しくなかったってさっき言った通り、中学卒業したら別に高校行かなくてもいいかなと思ってたんですよ。親もやりたいようにやったらいいよっていうようなタイプだったので、多分そこまで反対してなかったと思うんですけど。
たまたま友達についていった学校見学会で、その高校の軽音楽部の先輩が歌を披露してくれて、それがめちゃくちゃかっこよかったんですよ。で、私はもう絶対この高校に入って軽音楽部に入るぞみたいな、そこでもうビビッときて
結構進学校だったんで、その当時の私の成績から無理しないとちょっと入れなかったんですけど、頑張って頑張って勉強したら奇跡的に入れて。多分なんだろうな、そこで友達いっぱい作って、高校生活を謳歌するぞ、みたいに思ってたんでしょうけど、もしかしたらあんまり気の合う友達がいなかったのかな。
なんかわかんないですけど…もちろん偏差値イコール人柄じゃないんですけどね。でもやっぱり中学っていろんな友達がいて、家庭環境とかもみんなバラバラで、すごい楽しかったなって思うんですけど、高校ってある程度…そのなんだろうな、それだけ勉強ができる子たちってやっぱり昔から結構勉強できてた子たちで、家庭環境とかもある程度の…何て言ったらいいんですか。ちゃんと勉強する機会が与えられるぐらいの環境にいた子たちだからか
、わかんないですけど、何か私の中ではあんまり面白くなかったんですよね、多分。
今言ったら偉そうですけど。何か思っちゃったんでしょうね。あれ思ってたたんとちゃうなみたいな。あんまり気の合う感じじゃなかったんですよね、入ったらね。今でも付き合いのある友達はいますけど、高校のときからの友達で。
そうですね、だからもう外に。軽音楽部も頑張ってましたけど、他の学校の友達とライブに行ったり、アルバイト先で知り合った彼と遊んだりとか、結構学校でというよりかは学校の外で活動してましたかね。

さあや:高校でその軽音楽部に入って、いつまでバンド活動とかそういう音楽活動をされてたんですか?

直子:音楽はね今もやってるんですよ。もう高校生活のその軽音楽部で唯一感謝できることと言ったら何ですけど、めっちゃ頑張ってドラムの基礎から学ばせてもらったんですよ。すごい体育会系の軽音楽部だったんで。
先輩と並んで何か週刊少年ジャンプとかね、ああいう太い漫画あるじゃないすか。あれをガムテープでぐるぐる巻きにして、言ったら、パットっていうんですけど、そこにスティックを当てて、ドラム代わり…ドラムって数限られてるんで、誰かが練習してるときは使えないじゃないすか。
それをドラム代わりにしてメトロノームを置いて基礎練習って言ってね、メトロノームに合わせて叩くんですよ。なんでこんなことやらなきゃいけないんだろうとずっと思いながらやってたんですけど。
それがもう本当に今も生きてて、リズムキープはすごいねって褒めてもらえるのはそのおかげだなって思ってるんですけど。とにかくそういう経験がありドラムを習得できたので
。ドラマーってやっぱ少ないんですよね、絶対数が少ない。ギター弾ける人は多いけどドラム叩ける人ってあんまりなくて、何かと重宝されるんですよ。
だからその後専門学校行ってもバンド組んでましたし、社会人になってもずっとやってますバンドは。何かしら誰かと。今の夫ともバンドで知り合いました。

さあや:そうなんですね。バンド活動は楽しいですか。

直子:バンド活動楽しいです。やっぱりね、聞くのもめっちゃ楽しいですけど、やるのは楽しいですね。こっちにもスティックだけ持ってきました。

さあや:そうなんですね。

直子:はい。早くやりたいです。

さあや:ドラムを叩いてるときはどういう感情なんですか?気持ちとしては。

直子:なんだろうな。なんか気持ちいいって感じですね。ピシャンと決まったりしたら、何か解放される感じですかね。

さあや:解放される感じですか。

直子:そうですね。感情を言葉にするのがちょっと難しいんですけど、どんな感じですかって今聞かれて、出てきたのは何かピシャっとオレンジが弾けるみたいな。ピシャって飛び出るみたいな感じでした。

さあや:解放されるっていうのは、その飛び散るってことなんですね。

直子:そうそうそうですね。果汁がバーって出るみたいな感じでした。

さあや:トロントでも生きてく上でバンド活動をしていきたいなっていう今、準備段階なんですか?

直子:そうですね。それを仕事にとかっていうわけじゃないですけど、ずっとバンドはやってたいですね。もちろんそれで食べられたらめちゃくちゃいいですけど、そこまで私は思ってないかな。
でもコミュニケーションの手段として。あと自分の楽しみですよね。そのためにバンドがあってよかったなと思います。

さあや:日本ではバンド活動の他は何をされてたんですか?

直子:仕事ですか?

さあや:はい。さっきラジオのお仕事っておっしゃってたんですけど。その経緯とかはどういう流れだったんですか?

直子:中学生のときにラジオのDJになろうと思ったんですよ。もう鍵っ子だったもんで。家に帰ってラジオを聞くのが結構習慣づいてて。音楽は本当昔から大好きで、ずっと歌ってるような子供だったんで、音楽楽しいプラス喋るのもすごい好きだったんですよ。
だからラジオDJいいやんみたいな、どっちもできるやんみたいな感じで、なろうって思って、そうやってずっと過ごしてきて。で、高校卒業するときも大学行くか、そういうラジオDJ科みたいなコースがある専門学校に行くか悩んで、結局専門学校に行って、2年勉強してその後、事務所に入って。
そこでちょいちょいキャラクターショーのお姉さんとか…ラジオのDJってやっぱり枠が限られてるのでなかなかたどり着けなかったんですけど、小さいコミュニティFMであったりとか、イベントの司会したりとかしつつ、一旦ちょっとやめてそこでカナダに行くんですよ。
ワーキングホリデー25歳のときに行って帰ってきて、そこからまた、もうやらないかなと思ってたけど呼んでいただけて、ラジオの世界にまた帰って。10年ぐらい、今度はコミュニティFMじゃなくて、いわゆるキー局って呼ばれる、京都のFM京都αステーションというところでやらせてもらってたんですけど音楽で言ったらメジャーデビューみたいな感じですよね。すごくいい経験をさせてもらいました。

さあや:途中ワーホリに行こうってなったのはどうしてですか?

直子:それも、事務所に入って4年で多分辞めちゃったんですよねワーホリに行くために。すごくいいとこまで行くのに、最終でオーディション落ちるみたいなのが続いて。なんかちょっとヤケになったんですよね。何が駄目なんだみたいな。もう辞めてやるみたいな感じで。1回リセットだって感じで。
それで、ちょうど当時、付き合ってた人が南米に旅に出たタイミングもあって。何かそれも重なって。私がワーホリに行く1年前に姉がカナダに嫁いだっていうのもあって。なんかふと思い立ったんですよね。
そうかワーキングホリデー20代だったら使えるし、姉がカナダにいて、せっかくそういう安全な環境で過ごせるんだし、1回行ってみようかみたいな感じで。もう仕事も全部やめて事務所も辞めて、来ましたね。

さあや:直子さんのキャリアとキャリア変遷というか、今振り返ってどう思われますか?

直子:そうですね。なんかでもすごいラッキーな人生だなと思いますね本当に。結局やりたいことやらせてもらって。そうですね、でも、なんか仕事って呼ばれるって言いません?
自分が仕事を選ぶというよりかは仕事側に呼ばれるみたいな、聞いたことあるんですけど。本当に私もやりたかったし、でも途中で何度ももうDJやめようとは思ったんですけど。やっぱり引き留めてくれる人がいたりとか、何か必要としてくれる人がいて続けられたっていうのがあるんで。
おこがましいですけど向いてたんだなって。やっぱすごい自分も好きな仕事だし、必要とされてやらせてもらえたんだなって思いますね。

さあや:人生に影響を与えた重大な出来事を挙げるとしたらどんなことですか?

直子:やっぱり4歳のときに両親が離婚したっていうところが原点ですかね。おそらく。

さあや:その出来事はどういう意味を持ってるんですか?

直子:そうですね。自分の中ではそれがあったからしんどかったし、でもそれがあったからじゃあどうしようかって考えられたし。自分の中ではそれがすごい大きな要因になっていると思うんですよ、自分を認められなかったとか人からの目が気になるとか。
私が4歳のときの出来事なんでほとんど覚えてないんですけど。親が家で喧嘩してたとかも姉はすごい覚えてるんですけど私は全然知らなくて。でも多分少なからずすごい影響はされてるんだろうなとは思っていて。うんなんかそれが原点にあるので。でもだからこそどうしたらいいかなっていうのを考えられたし、そういう人の気持ちも分かる気がするし。
だから、ラジオDJもできたというか。なんか全部ハッピーな人生だったら、あんまり苦しんでる人の気持ちも分からないし、かけられる言葉も変わるのかなと思いますね。
ラジオ聞いてる人って、皆さんね、普通に通勤とか普通に聞かれる方もいますけど、やっぱラジオがすごい好きっていう人って私もそうだったんでわかるんですけど、結構何か変わった人多くて。

さあや:ええそうなんですね。

直子:面白いんですよ。どっかしんどいもの抱えてる人も多いしやっぱり。だからどっかに繋がりを求めてるのかなみたいなのもあったり。みんながみんなじゃないですけど、そうですね。その経験が生きてると思います。

さあや:人生を今までの人生を三つの章に分けるとしたら、区切りはどこになりますか?

直子:三つ。難しい。三つか~。でも三つ大まかに言ったら、カナダに来るまでの25年。と、カナダに来てから今まで。で、えっと三つ目が今始まったばっかりです。2ヶ月半前にこっちに引っ越したときからが三つ目ですかね。そうかな。

さあや:どうしてその区切りになったんでしょう?

直子:そうですね。いろんな大きな出来事がそれまでもありましたけど、やっぱりカナダに来て25歳の自分がすごい衝撃を受けたっていうのが大きかったので、そこからちょっと人生変わりましたかね。
日本に帰ってからだから15年か。本当いろんなことがありましたけど。母が他界したり、自分が病気したり、ラジオが決まったり。でもその15年はやっぱりずっとカナダに帰りたいと思い続け日本で活動した期間でした。
それはそれですごい幸せだったし、苦しかったけど、なんかめっちゃでも特別な15年ですね。三つかー。すごく難しいですね。

さあや:今からまた、2ヶ月半前に始まった章。

直子:そうですそうです。ちょうど始まったんで、次の二つ目の区切りを持ってくるしかなかったんですけど。

さあや:移民したいっていうモチベーションの源泉はどこにありますか。どういうものですか。

直子:そうですね、やっぱり15年前に感じたカナダの楽しさ。あのときの。めちゃくちゃ楽しかったんですよ本当に。大変なこともありましたけど、とにかく伸び伸びしてて。あー私はここで生きるんだと。なんかそれまでやっぱりどっか生きづらさをずっと感じてきてたので。なんかそれがなくなった感じというか。
こっちの人は良い意味で、まぁ悪い意味でもかもしれないですけど、隣の人のことを気にしないので、みんな違って当たり前なんで、誰も何も言わないし。何かそれがすごい心地よかったんでしょうね。
でもまぁどこかで、やっぱりワーキングホリデーって限られた時間じゃないですか。1年っていう時間だし、当時は「どうせいつか日本に帰るしな」って思いながら過ごしてたから、それで余計楽しかったっていうか、余計大事に感じるじゃないですか、そのときを。
それに嫌なことがあってもどうせ帰るしみたいな、良い意味で俯瞰して見てるみたいなところもあったので余計楽しかったのかなと思いますけど。
だからやっぱり試したかったっていうのありますよね、今回実際に。本当に住むってなったら、またちょっと当時とは違うのかなっていうのもやってみないとわかんないんで、やってみようと思って

未来:5年後10年後に結果的にこれで良かったねみたいになってたらいいなと思いますね。多分できると思います、何かの方法で。

さあや:これから未来について聞いていこうと思うんですけど、5年後10年後、あるいはあの死ぬときまで想像してみて、未来についてはどういったイメージをお持ちですか?

直子:未来についてのイメージは、いいものですね。

さあや:いいもの。

直子:楽しそうだなと思うんですけど、漠然とね。何してんだろうな、5年後10年後。正直、今トロント楽しいですけど、日本めっちゃいいなって思いますし。

さあや:そうなんですね。

直子:そうなんですよ。いやあ、15年前とえらく状況が変わっていて今家賃の高騰がもう半端ないですし。そういう面でもね、日本すごい住みやすいなって思ってるんですけど。
でも本当にカナダに移住したいっていう夢ももちろんですけど、ほんっとの本当の理想を言うと日本とカナダを行き来する生活がしたいんですよ。いいとこ取りしたくて。夏はカナダ、冬は日本みたいなね。もう日本の夏は多分耐えられないので。

さあや:そういうことですね。

直子:そうですそうです。冬はカナダ寒いし、日本はね、楽しいこと…冬はお正月もあるし、M-1グランプリもあるしみたいな感じで。

さあや:M-1グランプリ。

直子:そう。観たいし。とか、日本はやっぱ年末年始楽しいよなみたいなのもあるので、本当の理想はそれで。
それが永住権が取れたからできるのか、それとも別に取れなくてもやろうと思えばいくらでも方法はあると思うので、ベストな方法は今は分かんないですけど、5年後10年後に結果的にこれで良かったねみたいになってたらいいなと思いますね。多分できると思います、何かの方法で。わかんないけど。

さあや:もしもの未来の質問なんですけど、もしもカナダに来てなかったら、ワーホリで来てなかったらどういう人生になってたと思いますか?

直子:あんまり面白くなかったかもな。そうですね、もし来てなかったら、もしかしたらラジオも京都でできなかったかもしれないですね。なんかそれなりに楽しかったと思うんですけど。
今より刺激が少ないというか、日本で普通の…普通の生活って言ったらあれですけど、淡々と過ごしてたかもしれないですね。もう違う仕事をしてたかもしれないですね。辞めてラジオっていうのを。

さあや:カナダに来て、直子さんのいろんなものの判断軸に、カナダはどういう影響をもたらしてますか?

直子:ええ。判断軸に。

さあや:はい。

直子:楽しいか楽しくないかですかね。

さあや:カナダに来たことでそういう軸ができた、ということですか?

直子:多分元々あったと思うんですけど、より。やりたくなければ別にやらなくていいみたいなのは出来たと思いますね。楽しいか楽しくないか、やりたいかやりたくないか。無理しなくていいというか。そうですね。それはできたんじゃないですかね。

さあや:最後に読者向けでも、感想でも自分に対してでもいいんですけど、最後に言い残したことはありますか。

直子:うわー言い残したことかあ。ないかな。

さあや:ない。ないですか。言い切れましたか。

直子:言い切ったのかな。そうですね。読者向け…自分に対しては特にないんですけど、読者向けにって言われたら難しいな。
やりたいことやりましょうっていうのもなんかね。いやでも、それで何とかなるなとは思います。何とかなるんですよね。

さあや:何とかなる。

直子:何とかなるから、だからやりたい方やった方がいいと思う。そうですね。自分にも言ってると思います、それを。大体なるようになるからやりたいことをやったらいい。

さあや:はい。わかりました。ありがとうございます。

今回のインタビューは、カナダで留学コーディネーターをしているharuさんにご協力いただきました。

haruさんありがとうございます!!!!!
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カナダ留学相談のinstagram
https://www.instagram.com/harunglish/

モチベーショナルスピーカーのinstagram
https://www.instagram.com/haru.tamin/

haruさんの無名人インタビューはこちら!
https://note.com/unknowninterview/n/n67839f61d08a

カナダに関するマガジンはこちら。
https://note.com/unknowninterview/m/m3c85d60194fb

あとがき

少し前に「人生の伏線を回収する」という言葉を聞いたんです。それを聞いたときに、点が線になるイメージを持ったんです。一見何の脈絡もないような行動や出来事があると、それらが点として孤立しているように思えるかもしれないけれど、いつか線に見えるようになるのかなって。直子さんのお話を聞きながら、人生で打たれる全部の点が線にならない可能性を感じつつではありますが、点をたくさん持っていたいなと思いました。

【インタビュー・編集・あとがき:さあや】

【編集:本州】

#無名人インタビュー #インタビュー #海外 #移住 #ラジオDJ #ラジオDJ #カナダ

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