磔の女肉

僕が、自らのおかしな性的趣味に気がついたのは子供の頃だった。 

僕は一人っ子で、その頃は両親とともに3人で暮らしていた。 

専業主婦の母はとても優しく、会社員の父の稼ぎはよく、周囲からは羨ましがられるくらいに何不自由なく生活できていた。 

だが、父は極度に酒癖が悪く、酔うと母に容赦無く手を挙げる鬼と化す。 

度々飲み会などで遅くなる日は母が僕をさっさと寝かせ、酔った父親のストレス発散の標的となっていた。 

とはいえ父は、僕には暴力を振るわなかったし、母への暴力を僕に見せるようなこともなかった。 

なので、僕がその暴力のことを知ったのは、小学校の高学年になった頃だった。 

ある夜中、猛烈な尿意を感じて目を覚ましてしまった。 

普段は夜中に目を覚ますことなどほとんどないのだが、その日は母に早く寝なさいとしつこく言われたものだから、トイレに行くのを忘れていたのだ。 

ちらっと時計を確認すると深夜一時を過ぎた頃。家中は静かでどことなく心細い感じがするが、用を足す以外にやり過ごせない尿意に覚悟を決めて自室を出た。 

今日が飲み会の日であることは母から聞いていたが、流石にもう父親も帰宅しているだろう。夜中の一時という時間は、子供だった僕にとってみればとても遅い時間だ。 

二人とも眠っているだろうと思い、気をつけて静かに階段を降りていった。外の風の音でさえ聞こえない。そんな夜中という時間が奇妙で、早く済ませて眠ろう、と少し急ぎ足になったそのとき。 

浴室の方で、ドシンドシンという物音が聞こえてきた。 

何かいる。そう頭で理解した瞬間、反射的に末端から血液が一気に引いていき冷や汗が吹き出てきた。 

震え上がってしまって尿意も一瞬は忘れてしまったほどだ。 

部屋へ戻ろうかと階段を数段登ったが、今度は、音の正体が何だか分からないままではもう一度眠ることもできないのではと思い、怯えながらも恐る恐る浴室の方へと近づいていった。 

脱衣所のドアをそっと開けると、浴室が正面に見える。 

うちの浴室のドアはすりガラスで、中に誰がいるのかくらいのことはわかるようになっている。 

中を覗くと物音の正体であろう人影がすりガラスの向こうにぼやけて見えていた。 

しかし、明かりもなく暗い浴室の中では人影が誰だか判別することができない。 

耳をすませると微かに話し声が聞こえたので、僕は音を立てないよう慎重に脱衣所に入り、浴室の声を拾おうとしてみた。我ながら勇気ある行動であったと思う。 

今になって思えばこの時、さっさと部屋に帰っていれば僕はこんな風にはならなかったのだろうか。   

”さっさとやれ、ほら早く” 
”いや、ごめんなさい、許してください、” 
”謝るな、そんな謝罪じゃ余計腹が立つんだよ!何度言ったらわかるんだバカが” 
”やめてください、、顔だけは殴らないで、、!” 
”大人しくいうことを聞けば殴らねぇって言ってんだろ” 
”できません、そんなことできません、、許して”   

浴室内にこもった声が外に漏れ聞こえてくる。その声は、紛れもなく父と母の声だった。 

父の怒った声と、母の泣きながら縋るような声、そして父が母を冷たいタイルに打ち据える音が聞こえてくるという光景は、とても恐ろしいものだった。 

普段の優しい父と母の姿がまるで獣にでもなったかのように荒々しい。 

父は泣き続ける母を打ち続けた。見てはいけないものを見た。ということだけは一瞬で判断できた。 

初めて自分の勘の良さが嫌になってしまった。すりガラス越しに蠢めいている色が肌色しかないことに気づいたからだ。そう、二人とも裸なのだということに。 

ガラスの向こう、いや、優しい両親の皮膚の向こうにこんな獣が潜んでいたこと。だんだん気分が悪くなってくる。昨日までは父も母も、僕にとってはただの父と母だったはずなのだ。 

暴力はエスカレートしていく。 

父が、大きな声で何かを言いながら、母の体をガラス戸に押さえ付けた。その叫び声に僕は一瞬びくりと跳ねたが、目の前で繰り広げられた衝撃の光景に思わず目が離せなくなってしまった。 

ガラス戸に押し付けられた母の背面は、太腿から臀部、背中にかけての肉の肌色が、ぴったりと隙間なくガラスに張り付き、平らに潰れて、柔らかいはずの肉はまっすぐな面になってしまったようだった。 

力の強い父が、目一杯に押し付けるので、こちら側からは逃げ場を失った母の肉達が苦しそうにしているのが見える。 

母の、重力に負けつつある弛んだ皮膚も、ガラス越しに押し付けられていると、パツパツとして弾力がありそうに見えた。 

人の肉が、あんな風に表情を変えてしまうのか。一種の興奮とも言えるような感情が湧いてくる。どんどんのめり込むように、僕はその面にカタチを変えた肉を眺めていた。 

長く思えた折檻も、終わりが近いようだ。父の力はだんだんと弱まっていき、磔にされた肉たちは解放され、押し付けられた跡が消えていく。 

今度は父が、母の体に自分の体を擦りつけ始めた。 

先ほどまで聞こえていた母の泣き声が、だんだん甘えたような声に変わっていく。 

僕は、暴力によって屹立した欲求が、すりガラスにぼやけて映っているのを確認してしまった。 

それは父の行為が、完全なる性行為へと化した瞬間だった。察知した僕は一気に吐き気が込み上げてくる。 

これ以上は、だめだ。 

僕は、音を立てないようにしてその場から逃げ、やっとの思いでベッドへと駆け戻った。 

布団の中に潜り込むと、ばくばくと動きを激しくした心音がうるさい。僕がいたことは気づかれていないだろうかという焦り、いや、違うわかっている。 

熱い手でその違和感に触れると激しい脈動を感じる。落ち着かないのもそのはず、僕は先ほどの光景に対し完全に陰茎を反りかえらせてしまっていたのだ。 

磔の女の肉。という見たこともない光景に。 

鎮まれ、鎮まれ、と唱えながら布団をぎゅっと強く抱きしめているのが、次第に、身体を布団に押し付けるようにしてしまっている。 

わずかに腰を擦り付けると、快楽が体の中に拡がり、僕の中枢をつきぬけていった。 

もぞもぞと格好悪く下半身を動かしていると頭の中で、あぁ、僕もさっきの父と同じなんだ、などという嫌悪感が人並みに湧いてきてしまう。だが、そんな嫌悪は僕の腰の動きを早めるだけだ。救えない。 

無情にも、それは僕にとって人生初めての自慰行為であった。 


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