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自然言語処理のアプローチから、ロボットの「心」をつくりたい!理化学研究所の吉野幸一郎さんと語ってみた【コモさんの「ロボっていいとも!」第17回】

こんにちは、コモリでございます。

おひるやすみはロボロボウォッチング、ロボティクス業界のキーパーソンの友達の輪を広げるインタビューコーナー「ロボっていいとも!」のお時間となりました。

前回のゲスト、同志社大学ソーシャルロボティクス研究室の飯尾尊優さんには、人間とロボットの相互作用、とくに「ソーシャルキャピタル(社会関係資本)」としてのロボットの在り方について、興味深いお話をたくさん聞かせていただきました。

今回のゲストは、そんな飯尾さんと共同研究をされている方だそうで、「ロボットの言語処理においては、日本でも指折りの研究者だ」とのご推薦をいただいております。

それでは早速お呼びしましょう。本日のゲストは飯尾尊優さんからのご紹介、特定国立研究開発法人理化学研究所ガーディアンロボットプロジェクトの吉野幸一郎さんです!

機械とロボットの違いを教えてくれた『ツインシグナル』

コモ:本日はよろしくお願いします。まずは、幼少期を聞かせてください。吉野さんは子どもの頃から、ロボットに興味を持っていらっしゃいましたか?

吉野:はい。わりとオタク気質で、マンガやアニメにはよく触れていて、ロボットが出てくる作品は好きでしたね。

ロボットに興味を持った一番古い記憶は……小学2年生くらいの時から、月刊少年ガンガンで連載していた大清水さち先生の『ツインシグナル』じゃないかなと。作中の描写で、ロボットの体と心が明確に切り分けられていて、心はプログラミングで作り出せるものとして描かれていたんです。子どもながらに、それがとても印象的で。

コモ:『攻殻機動隊』シリーズでいうところの「ゴースト」に近い設定ですね。少年誌でそんな深いテーマ性を持った連載があったとは……!

吉野:それを読みながら「ロボットと機械の違いって『心と呼べるものがあるかどうか』なんだな」と思ったんです。じゃあ、人間やロボットの心や意識って、どのように生み出されるものなんだろう……と気になり始めて。思い返してみると、ここで浮かんだ問いが、今の私の研究テーマでも根底にあるんですよね。

心を解き明かすために「言語」へアプローチ

コモ:ご専門は自然言語処理ですよね。人間やロボットの心の追究が、言語に結びついたのはいつ頃だったのでしょうか?

吉野:大学3年生の時ですね。慶應義塾大学の環境情報学部で、いろんな研究室に出入りしていたのですが、特に言語処理や認知科学に関するテーマを扱っていた石崎俊先生の研究室に惹かれていって。

そこで自然言語処理のお話を伺っているうちに、「人間を人間たらしめているのは言語なんだろうな」と考えるようになったんです。人間やロボットの心の謎を解くカギは、きっと言語にあるのだろうと。

コモ:言語が生み出されるそもそものメカニズムを探究したい。その思いが、自然言語処理の道へとつながったのですね。

吉野:そうですね。修士課程からは京都大学の河原達也先生の研究室に入って、音声対話の研究を本格的に始めました。

自然言語処理の中でも音声対話は、対話の制御に加えて、音声言語のインプットとアウトプットなど様々な知識や技術に精通していないと研究が成り立ちません。いわば総合格闘技のような分野です。そこで本当に幅広く、さまざまなプログラムやハードウェアに触れていたことが、その後にロボットへ取り組み始めるハードルを下げてくれました。

心の働きのカギとなる「推論」という行為

コモ:吉野さんがロボットを作り始めたのは、2020年頃だったとお聞きしています。今は、どんなロボットを?

吉野:ちょっと説明が難しいのですが、一言で表すと「気が利くお手伝いロボット」でしょうか。たとえば、目の前の人が「ごちそうさま」と言ったら、それに反応して食卓にあるケチャップを片付ける……そんなロボットをつくっています。

コモ:「特定の状況に反応して決められたものを片付ける」というのは、ロボットにやってもらおうとすると複雑な指示になるのでしょうか?

吉野:人間と同じように、状況を判断しながら適切なタイミングで片付けをするのって、とても難しいんです。

まずは「ごちそうさま」という言葉の意味を理解し、次に発話者や食卓の状況を確認して「食事を終えているかどうか」を判断する。そこから「食べ終わっていたら、ケチャップはもう使わないだろう」という推論を働かせ、「ケチャップを片付ける」という動作につなげる──ここまでを自力でロボットにやってもらおう、と試行錯誤しています。

コモ:人間が当たり前にできることでも、こんなにも高度なプロセスが必要になるのですね……!

吉野:特に「推論」が重要なポイントです。ここで言う推論とは、これまで得た知識や経験則を総動員して「自分が相手の立場だったら、おそらくこうするだろう/こうしてほしいだろう」と予測する行為です。

「自分が相手の立場だったら」という想像を働かせるには、文字通り“自分”という意思の主体が必要です。つまり、主体的な推論のシステムが作り出せれば、それはロボットにおける「自分の意思≒心」に近づくのではないか、と考えています。

コモ:なるほど。思いやりと呼べるような相手への気遣い、想像力の働かせ方にこそ心の根幹があるのかと思うと、とてもうれしい気持ちになりますね。

ChatGPTにはできない?真の「対話」に必要な要素

コモ:ロボットとの対話というと、最近ではChatGPTをはじめとした「対話型AI」が大きな話題になっていますね。この流行を、どのように感じられていますか?

吉野:有用性の高さは感じつつも、やはり現段階の精度でもって、あの出力を「対話」と表現するには、まだまだ不完全な側面が多いなと思います。

ChatGPTはこちらの問いに対して一般的な回答はしてくれるものの、相手の意図を汲み取った情報のパーソナライズはできません。思った通りの回答をしてもらおうとすると、回答してもらいたい内容を詳細化するような要求をプロンプトとして与える必要があります。

相手の発言を解釈し、そこから意図を推し測って、自らの意思で「相手はきっとこういう情報を求めているのだろう」と決めてから、発言内容を決定する……といったプロセスを持たないので、それは当然ではあるのですが。

コモ:いま、ChatGPTにすこし質問してみたんですが、「文脈を理解して返答する設計だけれど、完全に人間と同様に理解することはできない」と言っていました。

ChatGPTに質問してみたスクリーンショット(作成日:2023年3月23日)

吉野:人間的な対話を生成するには、主体的な解釈をしながら、お互いの意図や価値観のすり合わせを行うことが肝心です。工学的には必要ない要素なのかもしれませんが、こうした対話の基盤を構成するためには、やはり「心」の存在がカギになってきます。

心というのは、とても優れた機能なんですよね。今や人間の情報処理能力は、機械と比較するとそれほど高いとは言えません。私たちは4Kのような解像度で視界に入るすべてを捉えられないし、記憶することもできません。機械ならそれができてしまいますよね。

それでも、私たちには心があるからこそ、主観的な推論・判断によって、瞬時に情報の重みづけができます。見ようとしたところは機械以上の解像度で見えるし、そこから今まさに必要な情報を的確に収集できるんです。

コモ:そうした心による情報の重みづけや取捨選択が、対話にも不可欠だと。

吉野:そうですね。心とは、人間的なコミュニケーションのための共通基盤とも言えると思います。ロボットが心を持つことができたら、社会での彼らの活用範囲は今よりもさらに広がっていくと思っています。

「心だけ持ったロボット」が家庭に入ってくる未来は、もうすぐそこ?

コモ:吉野さんにとって「理想のロボット」とはどんな存在でしょうか。これから先、つくりたいロボットのビジョンなどはありますか?

吉野:個人的な目標としては、「役に立つ道具」という枠組みを超えた、人間と支え合いながら共に生きるパートナーになり得るロボットをつくっていきたいです。

コモ:それはとても素敵ですね。欧米では「ロボットはどこまでいっても道具である」といった考え方が主流だというお話も聞いたことがあります。

吉野:たしかに先行研究などを見ても、ロボットに心や主体的な人格を持たせようとするのは、案外、日本人らしいアプローチと言えるかもしれません。

コモ:そこはきっと、日本がこれまで生み出してきたロボットコンテンツの影響が大きいように感じます。はしりである『鉄腕アトム』の主題歌でも、「心やさしい科学の子」と歌われていましたしね。ロボットが人間のよきパートナーになり得る世界を、いろんな作品で見せてもらってきたなと。

吉野:私もそうしたコンテンツの恩恵を受けてきたからこそ、今のような思想を持てている気がします。時に「ロボットが心を持って自律的に行動するようになったら、人間を脅かす存在になるのでは?」といった議論も出てきますが、そこまで到達するにはまだまだ時間がかかりますし、実現する前から頭ごなしに否定するべきではないと思うんです。

コモ:近い将来、たとえば10年後くらいまでの範囲で、「こんなロボットは実際に登場しそうだな」といったイメージはありますか?

吉野:現状のGoogle HomeやAlexaなどのデバイスが進化していくような形で、より主体的に人の生活を支援するようなロボットが、家庭に入ってくるのではないかなと期待しています。

『ツインシグナル』では、「心」だけを持ったロボットがホームセキュリティのような役割を担って、家のテレビやカメラを通して住人の様子を把握しながら、気を利かせてさまざまなサポートをする描写があります。そんなイメージに近いサービスが一般的になってくるのでは、と思っています。

コモ:身体を持たず、心だけを持ったロボットが、もっと身近な存在になってくると。それが実現されると、いよいよ人間とロボットが共に生きる未来が拓けてきますね。

吉野:10年後に「心」と呼べるものを生み出せているかは分かりませんが、これから暮らしに溶け込んでいくロボットが、人々にとってのよき友になってくれることを、切に願っています。そんな未来に自分も寄与できるよう、私も研究に励んでいきたいです。

さ〜て、次回のお友達はー?

コモ:大変名残り惜しいのですが、終わりの時間がやってきてしまいました。最後は恒例の「お友達紹介」です。吉野さん、どなたをご紹介いただけますか?

吉野:筑波大学のモーションコントロール研究室に所属している境野翔さんにバトンをお渡しできたらと思います。境野さんのご専門は制御分野なのですが、それまでの常識を覆すような研究に取り組んでいる方なので、ぜひ皆さんにも彼の取り組みを知ってもらいたいですね。

コモ:常識を覆す研究……とても気になります! 境野さんに何か伝言があればぜひ!

吉野:境野さんの格好いい研究をもっと色んな人に知ってもらいたいです!

コモ:本日のゲストは吉野幸一郎さんでした。どうもありがとうございました!

皆様、次回もお楽しみに 😎
※これまでの「ロボっていいとも!」は、こちらからお読みいただけます!

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