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知能を研究しつつ、トマト栽培も全自動で。早稲田大学次世代ロボット研究機構&株式会社トクイテンの森裕紀さんと語ってみた【コモさんの「ロボっていいとも!」第19回】



こんにちは、コモリでございます。

おひるやすみはロボロボウォッチング、ロボティクス業界のキーパーソンの友達の輪を広げるインタビューコーナー「ロボっていいとも!」のお時間となりました。

前回のゲスト、筑波大学准教授・モーションコントロール研究室の境野翔さんには、バイラテラル制御×ディープラーニングで実現する「人間らしい動作」について、興味深いお話を聞かせていただきました。

今回のゲストは、境野さんより「バイラテラル制御×ディープラーニングの着想を得たのは、この方の研究から」とご紹介いただいております。

それでは早速お呼びしましょう。本日のゲストは早稲田大学次世代ロボット研究機構・主任研究員で、株式会社トクイテンの共同創業者兼取締役を務める森裕紀さんです!

コロ助のように「勝手に賢くなるロボット」が作りたかった

コモ:まずは森さんの「ロボットとの出会い」から教えてください。

森: 物心つく前には科学やロボットに興味があって、小学生になってからは科学館へ行ったり、ロボット関係の本や漫画を読んだりしていました。

コモ:どんなロボットが好きだったんですか?

森:藤子・F・不二雄さんのマンガ『キテレツ大百科』のコロ助みたいに、「賢い知能を持ったロボット」に興味がありました。一旦作ったら勝手に賢くなって欲しくて(笑)。

コモ:ガンダムのように人間が操縦するロボットではなく。

森:そうですね。その思いは今でも変わっていません。

「ロボット」と「人間の脳」を学んだ高専時代

コモ:「賢いロボット」を作りたかった森さんは、中学卒業後に岐阜工業高等専門学校に進学していますね。何を学ばれたんですか?

森:ロボットを学ぼうとして、電子制御工学科を第一志望で受けたのですが叶わず、第二志望の電気工学科(※現在の電気情報工学科)に進みました。第二志望には機械工学科も考えたのですが、ロボットの情報系の側面に興味があったので。そこで、後にトクイテンを共同創業する豊吉(隆一郎氏)とも出会ったんです。1年生のときから同じクラスでした。高専ではクラス替えがないので、留年や休学などしない限りずっと同じクラスなんです。

コモ:お二人は同級生だったんですね!何か印象深いエピソードはありますか?

森:豊吉と、同じクラスの友人と一緒に高専ロボコンに出場したんです。ロボットを作っている団体や部活は他にもありましたが、初挑戦ながら学内選考を勝ち上がることができました。

コモ:初参加なのに!すごいですね。

森:それは、とある非常勤の先生のおかげなんですよ。定年した直後の先生が、校長に頼まれて官舎に住みながら一年だけ非常勤講師をしていました。実は一般企業の技術職経験者で、ロボコンにも精通している人で指導したくてうずうずしていたんです。そんな中で私たちが指導を頼みに行ったら「ロボコンのルールもノウハウも全部知っている。今回の大会のアイディアもある。君たちを本戦に出場させる」と、これ幸いと買って出てくれました。

心強かったです。同時に、今年は先生のやり方に習って、翌年からは自分たちのアイデアで挑戦しようとも思いました。

コモ:ドラマのような出会いですね(笑)。どんなアドバイスをもらったんですか?

森:ロボットの作り方はもちろんですが、学内選考のプレゼンテーションで勝つための方法も教えてくれました。なぜか、その先生が前年度に出場したロボットの残骸を持っていたので、それを切り貼りしてロボットのモデルまで用意できたんです。他のチームは、そんなもの持っていませんからね(笑)。

コモ:ロボコン本戦の結果はいかに?

森:残念ですが全国大会に出ることはできませんでした。でも、次の年に準優勝したんです。

コモ:青春ですねぇ。ロボコンのあとは、何に取り組んだんですか。時期的には、そろそろ高専の卒業論文を書く頃でしょうか。

森:卒論では現在ディープラーニングとして有名なニューラルネットを使った研究をしました。NHKで放送された『脳と心』という養老孟司さんが出演していたテレビ番組を見て、知能について知るためには脳の研究が必要だと思ったんです。

コモ:私も養老孟司さん、大好きです!

森:ただ、研究自体はそれほどうまくいかず、お茶を濁したような結果になってしまいました。その悔しさをバネにして、今の研究を続けているところもあります。僕にとって高専の経験は、豊吉と出会い、ニューラルネットやディープラーニングを研究した意味でも、今につながっていますね。

胎児シミュレーションで見えた「知能の発生過程」

コモ:その後、森さんは豊橋技術科学大学に編入し、修士課程を修了されました。そして、東京大学大学院で博士号をとられています。大学以降はどんな研究をされたんですか?

森:「賢くなるロボット」を実現するために、「人間の知能の根本とはなにか」を研究することにしました。その一歩として、東大の博士課程では「胎児の全身骨格筋シミュレーション」を作り、胎児の「知的な振る舞い」が発生する様子を研究をしたんです。

コモ:おお、どういった研究ですか?

森:胎児は生まれてすぐに目的がわからない一見ランダムな振る舞いをはじめます。「ジェネラルムーブメント」というのですが、そこから徐々に「手で顔を触る」「足でお腹を蹴る」といった行動をとるようになる。これを「知的な振る舞い」と呼んでいます。

コモ:なるほど。目的があるように感じさせる行動ですね。

森:はい。一般的に何かしらの知能獲得のシミュレーションをする場合、こちらが意図した行動に報酬を与えて学習させます。でも、私の研究はちょっと違うんです。胎児に人間らしい触覚を付与することで、勝手に意図的とも思える振る舞いが発生することを実証しました。

胎児シミュレーション。198個の筋肉と1500個の触覚細胞を実装して胎児の行動発達の再現を試みた

コモ:特に目的を設定せずとも、自然発生的に知的な振る舞い、つまり知能のようなものが生まれた……ということですか?

森:そうです。ジェネラルムーブメントで得た感覚や情報の中に関係性を見出し、ヘブ則(*1)に従ってシナプスが強化されることで、徐々にそのような振る舞いが増えていきました。

コモ:面白いですね!

森:胎児でそうなら、母体から出た後の人間についても、同じことが言えるでしょう。つまり、人間の知能は行動によって生まれるのです。

コモ: 行動することで、勝手に人間は賢くなっていくことがわかったと。

森:実際には、環境や他者からの影響も発達には必要です。ただ、自らの行動によって知能を獲得していく側面が、人間にあることがわかりました。私が作りたい「賢くなるロボット」も、「刺激を求め、自分自身で動き回るロボット」と言い換えられるのではないかと思います。

*1)脳内のニューロン(神経細胞)の結合に関する法則。ニューロンを接合するシナプスは、ニューロンが繰り返し発火することによって伝達効率が向上する。カナダの心理学者であるドナルド・ヘッブが提唱。

高度な知能を持つロボット、人間と共存できる?

コモ:賢くなるロボットは、野に生まれて知能を獲ていく「野生動物」のような存在だとイメージしました。もし、それが生まれたら、社会で生きる我々とは、うまく付き合っていけると思いますか?

森:そういうことは、実はあまり考えていません(笑)。現れた事象や技術自体に興味があるんです。どうあるべきかを先に考えるより、出てきた技術をうまく捉えて、付き合い方の道筋をつけていくほうが大事だと捉えています。

コモ:最近は「AIによって人間が支配されるかもしれない」なんて言われることもありますが……。

森:AIや技術に「支配される」みたいな考えはナンセンスだと思います。そもそも、すでに私たちはいろんなものに支配されていますからね。

自然災害だって、社会制度だって、直接的に動かすことができないものの中で、私たちは生きている。人工知能は、そういったものの一つしかありません。結局、適度な距離をとりながら、ある部分は真面目に、ある部分はなあなあに考えていくしかないんですよ。

コモ:なるほど。では、どの部分を真面目に考えるといいんでしょうか?

森:人工知能をどのように人間側に引き寄せていくか、ですかね。人工知能が発達すると、複雑ではあるけれど人間にとって無意味な処理をするケースが発生すると思います。

コモ:人間社会に必要のないほど高度な計算をしたりするかもしれないと。

森:それを防ぐには、人工知能による計算処理の過程に、人間を介在させることが大切です。これを「Human-in-the-Loop(ヒューマン・イン・ザ・ループ)」と言います。

話題のChatGPTでも、人間がチャットで応答することによって、出てくるアウトプットを微調整しているわけです。こうした考え方を使って、人工知能を人間側に引き寄せることには、私も興味があります。

深層学習を使ってロボットに紐を結ばせる研究
強度を増す工夫を施した風船を使ったロボット。1kg程度の重りを持ち上げることができる。このロボットを使った機械学習による動作生成の研究も行っている

最終目標は「生存に必要な労働ゼロ」の世界

コモ:研究の次は、経営されている会社の話も伺いたいと思います。これまでのロボットや知能の研究を活かしたビジネスをされているんでしょうか?

森:ロボットという共通点はありますが、基本的にはまったく別のことをしています。

コモ:そうなんですか!ちょっと意外でしたが、そういう研究者兼経営者もいますよね。

森:株式会社トクイテンでは、AIでトマト栽培を自動化する農業ロボット「ティターン」の開発や、それを用いたトマト農園の経営を行っています。作ったトマトは栽培しているビニールハウスの隣に設置した直売所やスーパーマーケット、自社サイトでも販売しています。

販売するトマト
直売所で自社で有機栽培したトマトを販売している様子

コモ:本当にまったく別ですね(笑)。聞きたいことはたくさんありますが......、まずは社名の「トクイテン」の由来を教えてもらえますか?

森:いくつかあります。例えば、技術的なシンギュラリティの意味。他にも、科学で使われる「通常の理論では説明できない点」、つまり「あたらしい状態や世界」という意味も含まれています。「技術によって、農業界に新しい世界を作る」ことを目指しているんです。

コモ:新しい世界とは?

森:これは個人的な思いですが、私は「人類の“生存に必要な”労働がない世界」を作りたいんです。労働人口の減少や高齢化を考えるならば、一次産業や二次産業に携わる人を減らした方がいいと考えています。

コモ:大きな展望ですね。その第一歩として、全自動でトマト栽培をするロボットを作っている。「全自動」にこだわりがあるんですか?

森:そうです。農園の一部にロボットが入ったとしても、そのロボットが働くための環境を作るのに人手が必要になります。それでは、従事者を減らすことができません。目指しているのは、すべての工程を自動化すること。ボタンひとつで、苗を植え、肥料を撒き、農薬を散布し、収穫も運搬もできるロボットを開発しています。

ロボットは複数の機能を持つ「アタッチメント」を取り付けることで多機能化している

コモ:ロボットを開発している理由はよくわかりましたが、なぜ農場を経営し、トマトの販売まで自社で行っているんでしょうか。

森:2つの理由があります。1つ目は、ロボット販売のみではビジネスとして成り立ちづらいからです。創業前に、農業用ロボットの販売価格について、実際に農家さんへヒアリングをしました。そこで、購入したいと思っている農家さんでも約100万円、大体1年間で回収できる金額が上限だとわかったんです。

農業は天候などによって、収入が減ってしまうリスクが大きいので、機械の導入にはみなさん慎重でした。だから、機械ではなく、トマトの販売自体をビジネスにしています。

コモ:価格的に買い手がつきづらく、ロボット販売以外の収入源も必要だと。もう一つの理由はなんですか?

森:ロボットを開発する「研究フィールド」を自社で持ちたかったんです。一般にロボットベンチャーが失敗する要因のひとつが、開発の実証フィールドを持っていないことだったからです。そのせいで、農家の深いニーズがわからない。他人の農園を借りるにしても、失敗しづらいこともあり、スピーディーに試行錯誤できない。

結果として開発スピードは落ち、作れたとしてもニーズに刺さらないので、最終的に資金ショートに至ってしまうケースが多いんです。

コモ:たしかに、自社で実証フィールドを持てば、その辺りは解決しそうですね。

森:しかも、ロボットを開発しながら、ロボットには難しい工程を極力省いた、最適な栽培方法を探すこともできます。例えば、トマトを太陽光によく当てるために、茎を持ち上げて高所から吊るされた紐にくくりつける「誘引」という作業があります。

それには重いものを持てる小型のアームと、繊細な作業をする技術が求められるため、現状のロボット技術では代替しにくい。それならば、誘引がなくても栽培できるような農法を考える方が、全自動には近づくと思います。

トマト栽培の様子
ロボットが通路を自律的に走行している様子

ロボットだからこその付加価値を生み出していきたい

コモ:なるほど。ロボットと相性のいい栽培方法や農園のあり方も考えられるのが、自社で農園を持つメリットなんですね。トクイテンの今後の展望はどう考えていますか?

森:まずは、トマトを販売する直営農場を広げていくこととしています。「農場にあったロボット、ロボットにあった農場」のセットを広げていくことで、トマトの販売量を増やしていきたいと思います。

コモ:ロボット自体を販売する予定はありますか?

森:今の所ロボット単体で販売する予定はありませんが、特にこれから農業に参入したい企業に向けて、資金や土地を提供してもらいつつ私たちが農園経営に携わったり、ロボットを使った栽培方法・操作方法のノウハウを販売したりすることを考えています。

ロボットによる収穫の様子

コモ:トマト以外の栽培も考えていますか?

森:トマトができたら、次はナス科の植物がいいと思っています。例えばパプリカなどです。トマトみたいに捻れば収穫できるわけではないので、また新しいアーム部分の開発も必要ですが。

コモ:ロボットが作る野菜が増えていったら、それ自体に、安全性などの価値がついていくかもしれませんね。

森:そうなるといいですね。野菜自体の価値が高まるのはひとつの例だと思いますが、ロボットだからこそ実現できる付加価値は、他の方法も追求したいところです。

コモ:例えばどんなものがあるのでしょうか。

森:相模屋食料さんという豆腐の製造会社の事例を気に入っています。そこは、ロボットを導入したことで、人件費の削減だけではなく、売り上げアップも実現しているんです。豆腐をパックに充填する際、通常は出来たてで熱々の豆腐を取り扱うので、人間が行う場合はまず冷まさないとなりません。

相模屋食料さんは、熱々の豆腐を容器に入れる工程にロボットを導入したんです。その結果、保存料を入れずとも保存期間を伸ばせました。出荷可能な範囲が広がり、販路が増え、利益が増えたんです。

コモ:素晴らしい事例です!労働力の削減だけじゃなくて、ビジネスの競争力にもなっている。

森:そうした事例を学びながら、これからもロボットとビジネスの開発を続けていきたいと思います。うちで作ったトマトはすごく美味しいですよ。ぜひ、みなさん買ってください!

コモ:自動で知能を獲得するロボットについて研究しながら、全自動のトマト栽培ロボットの事業化に取り組む、森さんでした。挑戦が成就することを願っています!本日はありがとうございました。

ロボっていいとも! 休載のお知らせ

コモ:さて、みなさまにお知らせがあります。ここまで続いてきた「ロボっていいとも!」の連載ですが、今回をもって一度お休みさせていただこうと考えております。

19回も続けられたのは、ひとえにこれまで登場してくださった方々と、いつも見てくださったみなさまのおかげです。登場していただいたゲストの方が次のお友達を紹介してくれなかったらそこで終了しようと決めていましたが、全くの取り越し苦労でした。この連載を通してロボットは大きく強い友達の輪で出来ているということを実感しています。心より感謝しております!ありがとうございました。

では、最後は元気に、恒例のあの言葉で締めたいと思います!

「それじゃあ、また明日のロボットも、見ていってくれるかな?」

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