インディーゲーム・シーンはコロナ禍でどう変わったか?PLAYISM・水谷俊次さんに聞く
Unityをはじめとしたゲームエンジンや、Steamなどのプラットフォームの普及によって、誰もがゲームをつくり、販売できるようになった昨今。個人または少数のクリエイターが手がける「インディゲーム」が、大手メーカーのタイトルを上回る熱狂を生み出すことは、もはや珍しくはありません。
一方でパンデミックが発生した2020年以降、インディーゲームの展示会・即売会が軒並み中止となりました。はたして、この影響はどれくらいあったのでしょうか。
今回お話を伺ったのは、日本を代表するインディゲーム・パブリッシャーであるPLAYISM(プレーイズム)の水谷俊次さん。コロナ禍においてインディゲーム業界にはどのような変化がもたらされたのか。
また、日頃から数多くのゲームに触れ、一流の「目利き」でもある水谷さんは、どんなゲームクリエイターを求めているのか。インディゲーム・シーンの最前線に迫ります。
かつて世界一面白かった日本のゲームを、もう一度
──PLAYISM立ち上げまでの経緯から伺わせてください。御社の代表であるイバイ・アメストイさんはスペイン出身なのですよね。
そうですね。イバイが来日した理由は日本の漫画やゲームが好きだったからとも、格闘家になるためだったとも言われていて(笑)。真偽はさておき、彼はその語学力を生かして、日本のゲームを英語やスペイン語に翻訳するゲームローカライズ会社を立ち上げました。これがPLAYISMの運営母体でもある、現在の株式会社アクティブゲーミングメディア(AGM)です。
僕自身は元々、広告制作会社のコピーライターとして、たまたまAGMと同じシェアオフィスで働いていたんです。ところが、その会社が倒産してしまい、途方に暮れているときに、イバイが「じゃあウチで働く?」と声をかけてくれて。それが今から10年ほど前のことです。
僕をはじめ広告制作の経験者が数名加入したことで、ローカライズだけではなく、販売のプロモーションも担えるようになった。そこで2011年に、インディゲームのパブリッシング事業として立ち上がったのがPLAYISMです。
──2011年というと、日本ではソーシャルゲームが全盛期でした。
ひとりのゲーム好きとしては、日本のゲームが一番つまらなかった時代です(笑)。ボタンを押すだけのソーシャルゲームの面白さが僕にはわからなかったし、コンシューマーゲームも過去の名作も焼き直しばかり。ゲーム業界が新しいものを生めなくなってしまって、このままだと遊びたいゲームが出てこないかも、と心配で。
でも、海外では『マインクラフト』や『マシナリウム』、『スペースケム』のような画期的なゲームがインディシーンから次々と登場しているのを目の当たりにして、「日本って、もうゲーム後進国なのかも」と思いましたね。
子どもの頃から「日本のゲームが世界で一番面白い」と思い込んでいましたが、インディゲームが日本でも普及しないとまずい、世界の波に乗り遅れてしまうのではと感じて、インディゲームを支援しなきゃと勝手に思うようになっていったんです。
──そこからどのようにパブリッシング事業を展開していったのでしょうか?
当時はインディゲームを販売できるプラットフォームも普及していなかったので、自分たちでECサイトを立ち上げるところからのスタートでした。そこからSteamやPlayStation4でもゲームを販売したいというクリエイターの要望に応える形で、現在のようなプラットフォームを通じたパブリッシング事業に移行していきました。
ちなみに僕自身は現在、PLAYISMの事業責任者という肩書きですが、実際には何でも屋のようなポジションです。事業全体の舵取りも担いますが、クリエイターの発掘から、契約交渉、プロモーションの企画、プレスリリースの作成、日本語版ローカライズの最終チェックまで、必要であればどんな仕事も手がけています。
オンラインイベントの反響が、売上に直結する時代に
──ここからはインディゲーム業界の動向について伺えればと思います。まず、コロナ禍がもたらした影響について教えてください。
パブリッシャーが業務するうえにおいては、コロナ禍の影響はそれほど大きくはありませんでした。海外のクリエイターとも頻繁にやりとりするため、そもそもオンラインでのコミュニケーションが当たり前だったからです。
コロナ禍で大きな影響を受けたのは、クリエイターですね。これまでメディアやパブリッシャーとの関係づくりの場となっていた、東京ゲームショーなどのリアルイベントは軒並み中止になってしまいました。
その代わりにコミュニケーションの新たな舞台となったのが、各種のオンラインイベントです。PLAYISMでもクリエイターの発表の場を守りたいという思いから、インディゲームを紹介する生放送イベント「INDIE Live Expo」の開催には全面的に協力させていただきました。
──INDIE Live Expoには500以上のタイトルが出展したそうですね。開催してみて、手応えはいかがでしたか?
驚いたのは、視聴者の熱量です。あの一体感は、リアルイベントとほとんど遜色がなかったと思います。それ以上に大きな変化だと感じているのは、オンライン化によって、イベントでの反響が売上に直結するようになった点です。
今後、ますますオンラインイベントの重要性が高まっていくことは間違いないでしょう。そもそも観客数自体が、リアルイベントよりもはるかに多いわけですからね。何万人、何百万人に一度にリーチできる機会が生まれたことは、インディゲーム業界にとってポジティブな変化だと感じています。
競争が激化するグローバル市場をサバイブするために必要なもの
──コロナ禍で水谷さんが注目する業界の動向があれば教えてください。
ここ数年で、インディゲームの世界は、急速にビジネスとして完成されつつあります。パブリッシャーがデベロッパー(クリエイター)を買収する事例も増えてきました。それに伴い、一つのタイトルにかけられる予算も、リリースされるタイトルの数も、年々増加しています。
もはや資本規模にしても、作品の質にしても、インディゲームとそうでないゲームの垣根は、かぎりなく低くなりつつある。それはインディゲームが、個人のクリエイターの力で太刀打ちできる世界ではなくなりつつあることも意味しています。そこには一抹の寂しさも感じるのですが、いずれにしても競争が激化していることは間違いないと思います。
昔はSteamに発表される新作は一日数本程度でしたが、今は毎日50本以上の新作がリリースされていますからね。まずはデイリーでランキング上位に食い込まなければ、話にもならないわけです。
グローバルでしっかりと売上を確保していくことを自覚することが大切になると思います。インディゲームユーザーの内、日本の占める割合はせいぜい数%ですからね。「市場は世界にある」ということを、まずは認識するべきでしょう。
海外のユーザーにゲームを届けるからには、今まで以上にローカライズの精度も重要になります。ただ、ローカライズって、実はとても大変な作業なんですよね。実際に現地の人にプレイしてもらったりしながら丁寧に進めていくと、一言語のローカライズに半年くらいは平気でかかってしまいます。多言語対応なら、さらに時間とお金がかかってしまう……。
ちょっと宣伝じみてしまいますが、その厄介なローカライズ作業をしっかりとサポートできるのは、PLAYISMの大きな強みです。外国籍のスタッフも多いので、多言語対応も苦になりません。現地出身者のテストプレイも欠かせないプロセスです。ネイティブだからこそ見つかる違和感というものがありますから。最近だと、「マイティ・グース」というタイトルを、13カ国語でリリースしたりもしました。
どの言語にローカライズするかは、Steamのウィッシュリストがすごく参考になりますね。リリース前に、どの国のユーザーがウィッシュリストに入れてくれているかを分析し、それに応じて戦略的にローカライズを進めています。
──グローバル市場で戦っていくためには、ゲームの内容自体も日本以外のユーザーのニーズを意識すべきでしょうか?
そこはあまり意識しなくてもいいと思います。ユーザーのニーズではなく、むしろクリエイター自身のつくりたいものを最優先してほしいですね。もちろん、国によってNGな表現はありますが、そこはローカライズで対応できます。日本のゲームや漫画は世界中に根強いファンがいるため、無理に日本的な世界観を避ける必要もないでしょう。そこは国内のクリエイターにとってはアドバンテージですね。
何より大切にして欲しいのは、クリエイターの初期衝動
──水谷さん自身は、クリエイターをどのように発掘しているのでしょう?
各種メディアやSNSに加えて、クラウドファンディングも日常的にチェックしています。実際にKickstarterで見かけたクリエイターに声をかけたこともありました。
そこでの一つ裏話をすると、最初は相談のメールを無視されてしまって。ただ、弊社は「AUTOMATON」というゲームメディアも運営しているので、まずは取材依頼という形でコンタクトをとり、パブリッシングの交渉につなげていきました。
──クリエイターがパブリッシャーやメディアに気づいてもらうためには、どのような工夫ができそうでしょうか?
とにかく早めに「こんなゲームを制作中だよ」と告知することが重要です。Steamページも早期に立ち上げるべきだと思います。また、SNSなどを通じて制作過程を発信していくことも大切です。うまくいけば一気にバズる可能性もありますからね。
意外と見落とされがちなのが、プレスリリースの重要性です。つくった本人たちがセールスポイントをきちんと言語化できていなくて、「もったいないなあ」と感じるケースが少なくありません。これは僕がコピーライター出身だから、特にそう感じるのかもしれません。
──クリエイターからピッチ(※売り込み)を受けることも多いと思うのですが、その際はどんな点に注目していますか?
PLAYISMとして何よりも注目するのは、「その人にしかつくれないゲームかどうか」という点です。マーケティング的な発想ではなく、その人が心の底からつくりたいと思っているかどうか。
たとえば、最近話題になったインディゲームといえば『ごく普通の鹿のゲーム』ですが、あんなゲームはマーケティング的な発想からは絶対に生まれません(笑)。僕はああいうクリエイティブを応援したいし、そこにこそ「インディ」であることの面白さがあると感じています。
ピッチについてもう少し具体的に言うなら、これはあくまでもPLAYISMの場合ですが、まずはプレイできる状態にあることが第一条件。どんなにコンセプトが優れていたとしても、ゲームとしての気持ちよさを提供できるクリエイターであるかどうかは、実際にプレイしてみないとわからないからです。
タイトル画面がどれだけ魅力的かにも注目します。経験則として、タイトル画面が平凡なゲームは、内容もありきたりなことがほとんどです。とはいえ、このあたりの判断はパブリッシャーによって異なるので、ケースバイケースでしょうか。
──水谷さんは今後、どのようなクリエイターと出会いたいですか?
「ゲームをつくりたい」という強い初期衝動を持った人と出会いたいですね。インディゲームの名作として名高い『洞窟物語』を手がけた天谷大輔さんにしてもそうですが、最初期のインディゲームクリエイターはほとんど「執念」とも言えるような、ものづくりに対する強いこだわりがありました。
ぼくはそういうクリエイターがつくる、ある種の「得体の知れないゲーム」をもっと見たいし、それを世界に届けるお手伝いをしていきたいんですね。自分の創作意欲に徹底的に忠実になれる、そんなクリエイターとの出会いを待ち望んでいます。