写真の住人
タイトル:(仮)写真の住人
▼登場人物
●加古煮 生流(かこに いきる):男性。50歳。サラリーマン。既婚。過去の古き良き思い出にばかり浸っている。現実に不満足。臆病。
●加古煮 静香(かこに しずか):女性。45歳。生流の妻。思い出を振り返らない性格。結婚当初は優しく愛らしかったが、時が経つにつれぐうたらになった。
●加古煮 希美(かこに のぞみ):女性。16歳。高校生。生流と静香の娘。子供の頃はパパっ子だったが成長するにつれ、生流の事を毛嫌いするようになる。
●夢尾香苗(ゆめお かなえ):女性。30代。生流の「どうしても過去に戻りたい・過去の幸せに永遠に浸りたい」と言う本心から生まれた生霊。
●部下:男性。40歳。生流の会社の部下。
●女子社員:30歳。生流の会社の部下。
▼場所設定
●加古煮宅:一般的な戸建て住宅のイメージで。
●バー「メモリアル」:お洒落な感じのカクテルバー。香苗の行き付け。
●ミルク荘(そう):昔、生流と静香が新婚時代に住んでいた古アパート。2階建て。生流と静香が新婚当時に住んでいた部屋は203号室。
▼アイテム
●特殊なポラロイドカメラ:このポラロイドカメラで写したモノには魔力が宿り、その人を思い出のぬくもりに包んでしまう。この魔力に罹った形で、生流は更に「思い出に帰りたい」と強く思うようになるイメージで。
NAは加古煮 生流でよろしくお願いいたします。
メインシナリオ~
(メインシナリオのみ:ト書き・記号含む=3994字)
ト書き〈朝〉
俺の名前は加古煮 生流(50歳)。
しがないサラリーマンだ。
俺には妻子がいる。
でも最近は心が通じ合わない。
静香「あなた!あーなーた!」
生流「え?なんだい?」
静香「これ!食べた後の食器!ちゃんと洗ってから行って下さい!」
生流「えぇ?そ、そんなのお前が・・・」
静香「今日は町内の奥さんがたと一緒に出掛けるって言ったでしょ!だから今日は忙しいのよ!ちょっとくらい家事を手伝ってくれてもイイでしょ!」
生流「俺ぁ一家の亭主だよ・・・」
希美「じゃアタシも行ってきまーす!」
静香「希美ちゃん、今日は早く帰るんでしょ?」
希美「ううん、お友達と一緒に学校終わったら遊びに行くから遅くなるよん」
生流「おい希美、友達ってまさか男じゃないだろな」
希美「なんでそんなこと一々アンタに報告しなきゃなんないのよ!」
生流「ほ、報告ってお前・・・」
希美「じゃ行ってきまーす」
ト書き〈通勤中〉
生流「はぁ・・・」
俺はやっぱり臆病だ。
一家の大黒柱ながら、その威厳はまるで無い。
生流「俺ぁ父親失格だな・・・」
ト書き〈仕事帰り〉
仕事帰り。
生流「今日は久しぶりに飲みに行くか」
いつもの飲み屋街を歩いていると・・・
生流「ん、あれ?新装か?」
全く見慣れないバーがある。
生流「バー『メモリアル』?・・・ふーん、なんか俺好みの店だな」
中は程好く落ち着いており、客も疎ら。
俺はカウンターで飲む事にした。
するとそこへ・・・
香苗「こんばんは。お1人ですか?ご一緒してもイイかしら?」
1人の女性が声を掛けてきた。
見ると結構な美人。
生流「あ、ど、どうぞ・・・」
少しドギマギしながら答えた。
香苗「どうも」
彼女の名前は夢尾香苗。
見た感じ30代くらい。
悩める人のメンタルコーチをしていると言う。
軽く自己紹介し合い談笑した。
何となく彼女は不思議な人だった。
「昔から自分の事を知っている人・・・」
そんな感覚がどことなく漂ってくる。
それに一緒にいると自分の事を無性に喋りたくなる。
気付くと俺は今の悩みを全て彼女に打ち明けていた。
生流「ホント情けない話です。大黒柱ながら、こんな事ばかり言ってんですから。でもホントに昔は良かった。新婚当時は妻も優しくて、娘もいつだって『パパ、パパ』なんて呼びながら俺のあとをくっ付き回って・・・。それが今じゃ1日じゅう口を利かない毎日。いつからこんなふうになっちゃったのか」
香苗「なるほど。古き良き思い出ってところですか」
生流「ハハ。お恥ずかしいです」
香苗「ですが生流さん。そんなふうに過去ばかり追っていると、思い出にしか生きられなくなりますよ?今を生きるからこそ人生を開拓し、新しい選択肢も生まれます。過去の思い出に浸り過ぎると、今の自分を見失いますよ」
生流「そ、そんな事わかってます!でも僕にはその思い出が貴重なんです!今を楽しんでる人には僕の気持ちなんて絶対分らないでしょうけどね!・・・あ、す、すいません・・・つい。はぁ、ホントもうどうしようもないですね」
香苗「どうぞお気になさらず。わかりました。ここでこうしてお会い出来たのも何かのご縁。私がそのお悩みを、少し軽くして差し上げましょうか?」
生流「え?」
そう言って香苗は小型のポラロイドカメラを差し出した。
生流「こ、これは?」
香苗「このポラロイドカメラで写したモノは、その人にとって思い出のぬくもりを与えてくれます。ぜひ、アルバムの中からお気に入りの写真をこのカメラで撮って、その写真をいつでも懐に入れておくようにしてみて下さい。そうするだけで、あなたはいつでもその思い出に浸る事が出来て、その思い出から得られる優しいぬくもりを心の底から吟味する事が出来るでしょう」
生流「は、はぁ?」
香苗「まぁ信じてやってみて下さい。きっとあなたの心は満たされます」
妙な事を言う。
当然そんなの信じられない。
でもやはり香苗は不思議な人。
彼女にそう言われると、たとえそれがインチキでも信じてしまう。
香苗「私のお仕事は全てボランティアです。無料でそのポラロイドカメラは差し上げます。どうぞ思い出を懐に入れ、幸せな過去を味わってみて下さい」
ト書き〈お気に入りの写真を持ち歩く〉
数日後。
俺は家族の目を盗み、
早速アルバムからお気に入りの写真を何枚かピックアップした。
生流「やっぱりコレだなぁ・・・」
選んだのは、新婚当時の写真。
希美が生れて2年後。
ミルク荘という古ぼけたアパートに住んでいた頃の写真。
その写真を、香苗に貰ったポラロイドカメラでもう1度撮影した。
そして通勤用スーツの懐に入れ、いつでも持ち歩くようにした。
(通勤中)
生流「ああ…この頃は本当に幸せだったなぁ。静香もこんなに可愛くて美しくて、希美も俺に抱っこされながら喜んでいる。はぁ・・・この頃が懐かしい♪」
(昼休憩)
部下「あ、それ奥さんの写真ですか?」
生流「え?あ、ああそうだよ」
部下「へぇ~とっても優しそうで綺麗な方ですねぇ♪」
生流「い、いやぁまぁ、あはは」
女子社員「うわぁ~加古煮さんの奥さんですか?」
生流「え、ああそうだけど」
女子社員「なんだかとっても優しそう♪こんな奥さんがいて幸せですね」
生流「え、ああ、いやぁまぁ♪」
(1人会社ビルの屋上で)
やはり他人から見ても幸せそうに映るらしい。
生流「やっぱりこの頃は幸せだったんだ。・・・戻りたいなぁ」
「過去に戻りたい」
俺の心はこれ一色に染まっていった。
ト書き〈自宅〉
生流「ただいまー」
その日、自宅へ戻ってみると・・・
(キッチン)
生流「な、なんだこれ!?」
食器が台所に散乱。
静香「あら、あなた帰ってたの?」
生流「お、おいお前これ」
静香「ごめんねぇ、今日もいろいろ忙しくてさ。片付けてる暇なかったのよ」
生流「お、おい、俺の飯は?」
静香「あ、そこのカップラーメンでも食べといて」
生流「なんだって・・・」
そのとき2階の希美の部屋から男の声がした。
静香「今、希美の彼氏が来てんのよ。邪魔しないであげてね」
生流「か・・・彼氏って、そ、そんなこと絶対許さんぞ!」
静香「あなた!」
すぐさま2階へ上がった。
希美「うるさいわね!アタシがどうしようとアンタに関係ないでしょ!」
(バタンと部屋の戸を閉める希美)
ト書き〈家の近くの公園〉
生流「もう疲れた・・・。こんな繰り返しでもう何年も。結婚なんてするんじゃなかったなぁ。俺の帰る場所なんてどこにも無い。安心できる居場所は・・・」
(ポラロイドカメラで撮った写真を見る)
生流「この思い出の中・・・。もう現実は嫌だ。思い出の中でずっと生きたい」
写真を見ていると、思い出のオーラに包み込まれる気がした。
そのとき背後から・・・
香苗「どうされました?」
生流「うぉわ!あ、あなたは・・・か、香苗さん?!」
香苗「その様子だと、またご家庭で何かトラブルでも?」
急に現れた香苗に、俺は心底驚いた。
でも俺はこのとき妙な安心を覚えた。
「悩んでいるとき必ず現れてくれる」
そんな気がした。
安心ついでに俺はまた悩みを打ち明けた。
香苗「そんな事、どの家庭にでも普通にありますよ?一家の主(あるじ)となったんなら、その辺りの事は少し大目に見る器量を持ち合わせなければ…」
生流「ダメなんです!僕にはもう耐えられないんですよ!もう父親失格でも何でもいい!どうしようもないんです!思い出に帰りたい!帰りたい!」
香苗「生流さん。たとえ思い出に帰っても、いずれは時が過ぎて今のような状態になるものです。ポラロイドカメラで撮った写真を眺める事で、あなたの心は幾分か慰められた筈。それを土台に新しい人生を開拓すべきです。でなければあなたはもう、思い出にしか生きられなくなってしまいますよ?」
生流「そ、それでもいいです!あの頃の・・・あの幸せだった頃の思い出にずっと生きる事が出来るなら、僕にはそれが本望です!香苗さん、あなたなら出来るんじゃないんですか?きっとそうなんでしょう?僕をあの頃に返して下さい!お願いします!幸せだったあの頃に、僕を連れて行って下さい!」
香苗「そこまで思い出に・・・。仕方がありません」
ト書き〈ミルク荘へ〉
香苗はそれから俺を或る場所へ誘った。
生流「こ、ここは・・・ミルク荘・・・?いやそんな筈ない。このアパートはもうずいぶん前に取り壊された筈だ。な、なのに、どうじてこんな所にまだ・・・」
香苗「ここはあなたと奥様が新婚当時、住まわれていた場所ですね? 203号室。今そこへ行ってごらんなさい。きっとあなたが求める思い出のぬくもりがあるでしょう。但し、いいですか?その部屋に入ればあなたはもう2度とこの現実の世界へは戻れません。それでもいいのなら、どうぞお入り下さい」
俺は香苗の言う事を最後まで聞かず、
速攻で203号室まで駆け上った。
生流「す、凄い。何もかもあの当時のままだ・・・」
ポストに入ってるチラシ。
壁に貼られてるポスター。
そしてアパートの内装。
何もかもあの時のまま。
203号室のドアを開けてみると・・・
希美「パパ~♪おかえり~」
静香「お帰りなさい。ご飯できてるわ♪今日はあなたの好きなすき焼き」
生流「の、希美・・・静香・・・」(次第に笑顔に)
2歳の希美。
新婚当時に若返っている静香。
俺はその喜びを胸に、現実では説明付かない不思議を全て払いのけた。
そして希美を抱き、静香と一緒にその部屋へ入って行った…
ト書き〈ミルク荘を眺めながら〉
香苗「これで生流はもう2度と現実の世界へは戻れない。過去の住人になってしまった。私は生流の『どうしても過去に戻りたい・過去の幸せに永遠に浸りたい』と言う本心から生まれた生霊。その夢を叶える為だけに現れた」
(新婚当時の家族写真に今の生流の姿が写っている)
香苗「過去の思い出は固定された記憶。もう動く事もない。つまり生流はあの幸せな思い出と引き換えに、現実での生(せい)を諦めた。生流にとってはこれが幸せだったのでしょう。夢のような過去にずっと居られるのだから」
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